第16話・極点のみが目的
三箇所に分かれた班……その全ての面子が疲労と苦痛を感じていた。レイシーとイサですらも気質によって意気軒昂なだけで、戦闘時の肉体的な負荷が負債となってのしかかっている状態だ。
特に中央のカレル本隊がひどい。
唯一の乱戦と言っていいこの地では班員に幾らかの被害者が出てもいた。異形化した生物との戦いに加えて、上位灰騎士二名の襲撃。セイラ達下位の集団が魔物を懸命に抑えたからこそ、勝利することができたが……
「これが、上位騎士か……イサの報告が無ければ敗北していたのは我輩らの側だったな」
「火の玉がヤバイなんてもんじゃなかった……上手く位置どらねぇと避けた先で仲間が死ぬし、太陽剣様様だったな……見直したぞカレル隊長さんよ」
「ははっ。今までは不合格だったわけで? 全くとんだ部下達だ……しかし、太陽剣なら火を止められると気付かなければ、そう思うとゾッとする」
三人の勇者達はそれぞれの得物を杖のようにして、体重を預けていた。肉体的な疲労よりも、魂を削られるような戦いで心が疲れ切っていた。
「その太陽剣でトドメを刺したんだから、蘇っても来ないと見て良かろうさ。我らの第一陣……これで成功だな。いや、成功と見なければ……」
ウロボロス教団が離脱したことによって水薬の供給は実質的に停止していた。残された水薬を全員で服用すれば、このまま王城を目指すことも不可能ではないが……王城における戦いで不覚を取る可能性が大きい。勝ったとしても離脱に難があった。
ここは退くのが利口な選択というものだ。
「遺骸が残っている魔物は復活の可能性がある! 簡易遺物でトドメを刺した後に撤退するぞ! レイシー班とイサ班にも伝令を出せ! 三人一組で行け!」
疲れた体に鞭打って、慌ただしく準備を始めた探索者達。疲れてはいるが、勝利の後で警戒しつつ退くことぐらいはまだ行ける気力が残っている。
弓使いであったことも幸いして、比較的余力が多く残ったセイラは副官らしくカレルに近づいていく。その中でセイラは違和感を覚えた。腐っても弓手である彼女は人よりも目が優れていたし、上に目を向ける余裕があったのだ。
「どうした、セイラ?」
「いえ……気のせいだと思うんですけど……お城の上の方がちょっと揺れた気がして……」
同刻。戦いの後でまだ先へと行けないかと、未練がましく王城を見ていたイサとレイシー、蛇女もそれを察知した。
セイラの見間違いなどではない。確かに王城の上部に異変が生じていた。揺れてもいたし、周囲が僅かに歪んでいる。それはあの忌まわしい鐘があると思われる尖塔から発せられているように見えるのだ。
「やられた……! その手がありましたか……!」
「あっちゃぁ……本当に協調性が無いや。お兄さんがどうするかな?」
「4つの力のうち、3つは必然によって集う。ならばあの男がそこに居合わせたこともまた……それにしても、つくづく予想を上回ってくれる」
魔都に対してこれほどの影響を与える者。そして先駆者であったはずのカレル隊よりも先に行く可能性がある者。永劫の閉じられた安定を目指した魔都の住人達がこのようなことを引き起こすはずもない。
それらを合わせて考えれば、答えは一つしかない。
「「「第一位……非実在鋼。ミロン!」」」
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そこは一つのことを除けば、人々が頭の中に作り上げる豪華な城そのものであった。時経ても色褪せぬ金銀の調度品が並び、白の壁には何かの草や蛇があしらった彫刻が施されていた。その蛇の彫刻には奇妙にも2つの頭がある。
このおとぎの城に唯一あるおかしな点は、奇妙に捻れていることだった。上下左右、どこかしら湾曲した部分があって、それもどうやら意図的なものではないらしい。まるで空間ごと飴細工のように歪められたようだ。
その曲がった廊下を、曲がらぬ姿勢の者がゆっくりと歩いている。
ボロを纏ってはいるが、恐るべき巨漢だ。そして大きな宝石のついた無骨な大剣を手にして、全く特徴のない無貌の仮面を付けていた。ミロンだ。
ミロンの足取りには全く淀みがない。敵の城内を歩いているのだから、当然に、そして思い出したように灰の騎士が向かってくる。言葉こそ喋らぬが、普通の灰騎士よりも数段速い。
その上位灰騎士達をミロンは無造作に叩き割っていく。足取りの速度は変わらず、戦いにすらなっていない。それがまた奇妙なことだった。ミロンはレイシーなどとは違い、あくまでも人間なのだ。敵の上位灰騎士より優れてはいたが、一蹴できるほどの差があるわけでもない。ないはずなのだが、なぜか灰騎士達は相手にもなっていなかった。
この灰騎士たちは地上王の親衛隊だ。上位灰騎士と同じ存在ながら、地上王に対する忠誠のほかは何も持ち合わせていない。同じ近衛でも、騎士達の顔であるザクロースとはそこが違っていた。知恵も無くして喋ることもできなくなった強いだけの人形たちである。
ここまで同じようにして進んで来たのだろう。ミロンの通ってきた通路には、血を流さない死体が何体か転がっている。敵本拠地にしては数は非常に少なかった。
……カレル達が立てた策が利口なら、ミロンの動きは賢かった。邪魔な敵達を排除した後に本丸へと進むという方針は同じでも、それをカレルたちに押し付けて、第二陣の役割を乗っ取って自分だけが乗り込んだのだ。
やがてミロンは大きな扉の前にたどり着いた。左右にはかつての門衛であろう兵の装備だけが転がっている。
扉を叩かず、押し開けず。ミロンはやはり、断頭の刃で扉を無言のまま開いた。
「死者では生者に届くことはない。すなわち、雑魚に用はない。さらばだ、灰王よ」
僧侶のように低くて静かな声が虚しい玉座へと響き渡った。
幾ら強かろうと、意思持たぬ者に自分は倒せない。まして灰王と人形共では……、そうミロンは考えている。あるいは……ザクロースがイサの前に敗れていなければ、彼の到達が少し遅れたかもしれない。しかしそうはならなかった。
結果として狼も間に合わないだろう。