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青閃と銀閃の灰都探訪  作者: 松脂松明
第3章・上層貴族区画
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第15話・ザクロース

 この一回目の遠征で数を減らし、二回目で王城を征する。それがカレル率いる最後の探索者たちの計画だった。

 未知の領域への探索行であるだけに当然だが、各班はそれぞれの形で盛り上がりを見せていた。


 予想外の有象無象に加えて上位騎士を相手にすることとなった中央……カレル達3つの班。

 灰騎士達が最後に見せる集団としての役割を潰す事になった右……レイシー班、否、レイシーと蛇女。

 前座が本番よりも盛り上がらないとは限らないのだ。

 それは左翼に位置するイサ班達とて同じことで……



「ザァクロウウゥゥスゥ!」

『来るか、銀狼――!』



 その敵を視認した瞬間、長としての役割を放り投げてイサは突撃を敢行した。

 相手は1人。かつてイサを敗北へと追いやった男……灰の上位騎士ザクロース。地上王の近衛とされる大物である。これまでに遭遇した上位騎士達とのやり取りからも、この騎士が上位騎士の中でも抜きん出た存在であることが窺えた。

 敗北をとりあえず同じ上位騎士を下すことで払拭したイサだが、所詮は偽敵。やはり、本物を地面へと叩きつけてこその雪辱だ。



『〈クーリ〉……〈クーリ〉! ……〈イーラ〉!』

「はっ! 同じ手は食いませんよ!」



 地面から突如として出現する二本の氷柱。突き上げてくる巨大な氷槍を僅かな動きでイサは躱す。氷柱の間に立つことになったイサに対して、次は爆炎が迫る。動きを制限しての大火力。定石だ。



「この私がぁ! 足踏みしていたとでも思いましたか!」



 銀一閃。腰から放たれた一撃は、石壁以上に堅牢な氷柱をあっさりと両断した。そこから火球を回避するのも容易かったが、あえてイサは迫る炎を唐竹割り(・・・・)にした。己の力を誇示するために。

 それは当然、イサの愛刀〈好愛桜〉に宿った異能だ。それを理解して手段に含めるのも流石だが、単純に基礎的な戦闘能力も爆発的な成長が窺えた。

 ザクロースと最初に見えた時は、灰騎士を同時に2体相手取るのが限界だったイサ。だが、現在の彼ならばあるいはレイシーに匹敵する動きが可能かもしれないと思わせた。

 強敵との出会いと、仲間に対する称賛が銀狼を絶え間なく鍛え上げていた。



「もう以前とは違う! さぁ……再戦と行きましょうか、騎士殿!」

『確かに……これほどの力量。我らの内にもそうはいなかった。認めよう、狼よ。貴様こそが我が宿敵にして好敵手。そして、その妖刀。貴殿は確実にここで殺しておかねばならぬ――!』



 この敵とこの武器が玉座へとたどり着けば、取り返しのつかないことになる。そう直感したザクロースもまた、不退転の構え。例え相打ちになろうとも、確実に仕留める気迫に満ちていた。

 綺羅びやかな鎧の輝きを線と残して、今度はザクロースが突撃する。



「オオオオオォォオオオーーン!」

『はああぁぁぁ!』



 古代の神秘をその身に残した朽ちた騎士を、仮面通りの声で吠え立てて迎え撃つ。

 己の術はもう通じないと悟ったザクロースは魔法に頼るのを止めて、騎士としての戦いに挑む。一方のイサは神秘の残り香を十全に活用すべく、思考を巡らせる。

 新旧の戦士は互いを入れ替えたかのように、発揮する力があべこべになっている。


 ザクロースの剣士としての技量はデメトリオに匹敵した。触れようモノなら何であろうと両断する妖刀を相手取り、決して触れないようにしながらも、しっかりとイサの体へと剣撃を届かせようとしてくる。

 直線に見えて曲線。渾身に見せかけたフェイント。そして、その逆。

 蛇のような軌道を見せるザクロースの剣技。恐ろしいのはその動きに淀みが無く、しっかりと根付いた武術の匂いを感じさせるところだ。他の灰騎士とは違うこの技を、ザクロースは生前どこで身に着けたのか? 彼以外使い手がいないのはどういうことか? 必殺を期するザクロースが問に応えることはもう無いだろう。


 対するイサの剣技もかつてのモノとは全く違っていた。

 好愛桜をもってすれば触れればそれだけで断てる。ならば相手を上手く切るための工夫は全て捨てて、当てることだけを考えればいい。

 元々は東方剣術と我流の間の子であった技は、今やどちらにも似つかぬ姿に変貌していた。使いやすければそれまで頼っていた理屈をあっさりと捨ててしまえる。それがイサの弱さであり強さだ。

 

 高度な戦いに割って入れないイサの部下達もそれを見ていた。

 イサが敗れれば、彼らがザクロースに対抗できるはずもなく、自分たちの命運を賭けた戦いでもあるはずなのだが、続く光景に困惑を隠せない。



「この人達は……示し合わせてでもいるのか?」



 剣が届く範囲にとどまり続ける接近戦。幾度も振るわれる互いの武器が全く噛み合わず、相手の体に触れることもない。傍から見ていればわざと長引かせているようにしか見えないのだ。

 しかしその実、終わりは近づいてきていた。徐々にイサが優勢となっていく。


 それは肉体の差だった。

 灰騎士達の怪力は死に体であることから来ている。己の身を労るようなことを意識的にも無意識的にでもしなくて良い肉体は、常時いわば火事場の馬鹿力を発揮している状態にある。

 対してイサは新しい人類……古代人が持っていた魔法力が肉体に作用して強化されている。前提として力を絞り出せるような経験が必要ではあるが、素養自体は生まれてきたときからそうであるために、無理に見えても自然な状態を保ったまま。


 灰騎士は肉体に痛みが無いため気づきにくいが、限界を超えれば自壊が待っている。

 互いに早期決着を狙いながら技量が伯仲して、長引いてしまった戦いではイサが有利になる。



『〈イーラ〉!』



 その状態に終止符を打つべくザクロースは賭けに出た。極大の火球……しかし、もう当たってくれるような相手ではない。故に炸裂させるのは足元。二人の間にある僅かな空間を炎で吹き飛ばした。



「ははっ! その手が――!」



 ありましたか、と続けることはできない。

 破裂した火球が互いを巻き込んで吹き飛ばす。イサが予想していなかったのは、それはザクロースも当然に巻き込まれるからだ。一瞬の爆煙が晴れる。


 巻き込まれるどころではなかった。イサの制服めいた装備は軽装に見えて耐火の力がある。かつてもそのおかげで〈イーラ〉を受けて生き残ったのだ。ザクロースの鎧はそうではなかったようで、明らかにザクロースの方が負傷の度合いがひどい。



『貰ったぞ、銀狼!』



 しかしそれにお構いなし。ザクロースはなんとイサの好愛桜に向けて腕を走らせた。異常な切れ味のカタナは刃先を向けただけで腕を開き(・・)にしたが、ザクロースはその半分に分かれた腕のままカタナの鍔をしっかと掴んだ。既に死人ならばこそできる動きだった。血は一滴も流れない。



『この刀の異能は全て刀身にありと見た! このまま、っ!』

「お返しを貰っていただこう!」



 今度はイサがザクロースのもう片方の腕をへし折った。折ったというが肘を起点に一周回転させるような捻りで、幾ら灰騎士であろうともう動かすことは叶わない様子になってしまう。

 ザクロースは術を唱えんとするが、イサは組打ちの態勢を以て膝を相手の腹へと執拗に打ち付ける。その程度で痛痒にはならないが、態勢は崩す。そのまま転がり回る動きとなったため、双方狙いが定まらない。


 達人同士の戦いが子供の喧嘩へと堕した。しかしそれも長くは続かなかった。今度はザクロースの足がイサの体にめり込み、イサは大きく仰け反った。生者であるイサには恐ろしい苦痛がもたらされた。


 しかし――イサは笑っていた。

 最後の武器を使う。


 互いに揉み合う態勢の中、一瞬姿勢が上になった時を逃さなかった。

 勢いを付けて自分の顔面を相手の顔面に叩きつけた。何度も、何度も。


 ザクロースの兜はへしゃげて、顔へとめり込んでいた。イサは狼の鼻頭部分を槌に見立てて、打ち込んだのだ。しかもその仮面は総浄銀(ミスリル)。ザクロースの兜でも耐えることはできなかった。



『は、は、まさ、に。おおか、み……』

「これから貴方が守ろうとしたものも全て私が奪う。ゆえに私の勝ちです」

『す、きに…………』



 長い長い時代。この街を守ろうとしていただけの騎士。彼はどんな思いで年月を耐えてきたのか?

 人で無くなろうとも最後まで騎士であった男は、残忍な狼によって蹂躙された。


 しかし、干からびて中央に穴が空いた頭部は不思議と嗤っているようでもあった。


 

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