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青閃と銀閃の灰都探訪  作者: 松脂松明
第3章・上層貴族区画
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第14話・騎士団の最後

 右翼……上層区画を東廻りに攻め入っているレイシー達の前には、ズラリと同じ顔の怪物が並んでいた。その数は30に届いている。その1人1人が“外の世界”で言えば、一流と称される腕前の騎士なのだ。

 強さ云々を置いておくにしても、揃いの装備とミイラめいた姿が一糸乱れぬ列を作っている様子は怖気を誘う。しかし、魔都の探索者に凶刃とすら呼ばれているレイシーは、その部隊を前にして実に無邪気そうに笑っていた。



「わぁ~これはまた大漁だねぇ。みんな見た目が一緒だから気持ちが悪いや」



 美童と言っていい姿が恐れを見せず、大鎌を肩にかけて大通りの先を見ている。状況が分かっているのか、いないのか……凡人には敵である生きる干物達よりも、よほどおぞましく感じられた。



「は……班長。早く退いて、合流を……!

「え? ああ……ボクはこのまま行くから、君たちは好きにしていいよ」

「な……」



 あの群れに突っ込む……そう言われていると信じるまでに班員には少しの時間が必要だった。

 このヒトは……こいつは、やはり違う(・・)。真っ当な人間ではない。底なしの戦闘力、死地では壊れぬ精神構造。このような者の下に付けられた自分達こそが哀れだった。

 そして、それは間違っていない。レイシーは戦士としてはこの上ない存在だったが、同時にそれがために人の上に立てる器にはなり得ないのだ。

 レイシーを班長に推したのは比較的近しい人物たち……レイシーが人間味を見せる数少ない相手たちだ。だから、彼らは見誤ったのだ。身内以外はどうでもいい……それは良くある性質かもしれないが……



「元々王様を倒すときに余計な横槍を入れられないための派手な行動。ここに沢山集まってくれたのなら万々歳。これで全部なら言うことは無いんだけどなぁ」



 それでもレイシーは変わった。仲間のために動くのだ。

 自分が死ぬとは露程にも思ってはいないが、相棒や仲間達のためならば身を剣林に晒しても良いとは考えていた。

 そのためには現在の状況は願ってもないことだ。灰騎士が二桁揃っている……中層区画で討った数に上層で討った数を足して考えるなら、灰騎士の数は恐らくは限界に来ている。

 逃がす手は無い。きっとお兄さんのためになる。


 腰が引けている班の中で、前を見てぶれていないのはレイシーと蛇仮面だけだった。どうやら蛇の神青鉄もまた、決意しようが表に出ない性質らしい。他人から見ると危機感が無いようだが、その実脱力することで備えている。

 似た性質を持つレイシーはからかい半分に口を利く。



「蛇女さんも逃げていいよぉ?」

「ここが貴方の仕事場ならば、私にとっても同じこと。お役目ゆえに」

「ふーん。まぁ、いいけどさ。言っとくけど死にかけてても助けないからね! それにつけてもお役目さんねぇ……それって楽しい?」

「さぁ……?」



 どこまでも平常心を保つ二人。冒険者は高位になるほどおかしなのが増えていく、という良い見本だった。

 そんな狂った感覚に付き合わされてたまらないのは部下たちだ。レイシーに対して元々忠誠心が薄かった彼らの勇気は崩壊した。



「ふ、ふざけんな。付き合っていられねぇぜ!」



 1人逃げ出せば、釣られるように他の班員達も続いてしまう。

 彼らとて最後までカルコサに残った真の冒険者だったはずだが、見る影もない。足をもつれさせながら駆け去る姿は、素人のようだった。



「良いのですか?」

「うん。本気で戦うから、むしろ邪魔になるし。ただお兄さんとか、他の皆は馬鹿にされるぐらいなら死ぬって感じなのに……逃げるヒトは変わってるねぇ」



 変わっているのはそちらの方だ、と言いたげに蛇面はローブを揺するジェスチャーをした。

 一度は残る選択をしていながらも、土壇場で逃げ出すという行為は最初から逃げるよりも評価を悪くするのでレイシーの言が完全に間違っているわけでもない。

 ただ人が決意を燃やし続けるには薪が必要なのだ。死ぬことなどどうでもないと大言しても、最後は死にたくないと喚く。人とはそうした生き物だ。

 もっともレイシーからすれば、そうした道理とは別のところから出た言葉であろう。素顔さえ見せぬ蛇面の方が人心を解するというのは如何にもおかしいことだ。


 相手が幾らか逃げ出したのを見て、灰騎士の群れは動き出した。あるいはレイシーも逃げると思ったのかもしれない。先頭が盾を構えて、あえてゆっくりと進む姿は顔を見なければ堂々とした騎士団で通じる。



「もしやすれば、本当に全員釣れたのやも……あのこれ見よがしな動き。後ろからも手を回しているのでしょう」

「だったら良いねぇ。敵が増えるのは歓迎だ……じゃあ、そっちが来る前に前は終わらせようかな」



 瞬間、灰騎士達はレイシーを見失った。

 いくらレイシーが速かろうが、まだ些かの距離がある。灰騎士達の目ならば見逃すことは無いはずだが……



「……ばぁ」

「……!」



 現れる時も突然に。レイシーは既に先頭の懐近くにいた。体の小ささを利用して、地面を這うような姿勢のまま高速で動いて目を眩ませた。灰騎士のうち何体かは当然にそれに気付いただろうが、見逃した者がいくらかいれば充分。その間抜けにつけ込む。



「カレルとコールマー直伝! 隊列崩し……! なんちゃって!」

「ヌゥウウウ!?」



 戟と呼ばれる長柄武器の使い方の一つに鎧のつなぎ目に刃を引っ掛けて、引きずり下ろすというものがある。それをレイシーはハルペーで行ってのけた。

 小柄な姿が盾を構えたままの全身鎧を持ち上げて……そのまま放り投げた。


 宙に舞った仲間を受け止めようとしようが、避けようとしようが、どちらであろうと相手は完璧な列を崩してしまう。後はそこに身をねじ込んでいくだけでいい。


 しかも、灰騎士達の兜で唯一守られていない目の部分に赤い花が咲いていく。その細かい技はレイシーのものではない。



「わ、なにこれ魔法?」

「ただの手品です」



 気づけば蛇面も戦闘に参加している。灰騎士達にとっても“いつの間にか”であるらしく、珍しくも慌てたように対応しようとしている。だが、蛇面は宙を舞っていた。

 長いローブを羽のように翻して、時に壁を蹴り、時に敵を踏みつけて高さを維持している。


 通常、無闇に飛び上がるのは戦闘者にとって戒められることである。宙にあっては咄嗟の動きもできず、良い的になるからだ。それをいかなる技なのか、蛇面は滑らかに動き回っていた。

 地上にレイシー、空中に蛇女を相手取る羽目になった灰騎士達はじわじわと数を減らしていく。



「糸……? 違うな、それだけじゃないみたい……あはっ! 良いね! 面白い! お兄さんも会ったら喜びそう!」

「お気に召したようで何より」



 2つの影が動くたび、目は裂け、首が舞う。

 古代に名を轟かせた偉大な騎士団。その残像はこうして消えていくことになるのだ。1人1人に目を向けられぬままに……

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