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青閃と銀閃の灰都探訪  作者: 松脂松明
第3章・上層貴族区画
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第12話・幕間ー〈蛇神の顎〉ー

 処刑とは古代において神事であり、そして娯楽でもあった。悪が正義によって裁かれる盛大な見世物にして、単純に日常では見れない刺激的な光景でもあるのだ。

 だが、その日行われる処刑には野次馬の類はいなかった。敬虔そうな者が僅かばかりにいるだけで、それも揃って沈痛な面持ちで俯いている。

 だからといって誰かが不条理に処刑されるというわけではない。この日処刑される罪人は、人を殺害して金品を強奪することを生業としている自業自得の男だ。捕縛された後も一向に反省の様子はなく、それどころかこれまでの悪事をひけらかすような人物であった。


 感覚が麻痺しているのか自棄なのかは分からない。……処刑の当日に牢屋から連れ出される時も彼は兵に暴言を吐いては挑発していた。

 そんな男でも処刑場の静けさには異常を感じたらしい。落ち着かない様子で辺りを見回しては、不安を打ち払うように怒号を上げる。しかし幾ら吠えても周囲の痛ましい者を見るような視線はそのまま。さらに不安を煽る結果となる。


 やがて男は背中を足で押されて、木製の首枷に頭を突っ込まれた。

 しばらくすると蛇の面を付けた処刑人が現れ……男は絶叫した。


 男が叫んだのは処刑人が恐ろしげな大男だったから……ではない。極悪人である彼はそんな者は見飽きていた。その男が持っている鎌を見たから叫んだのだった。


 通常の処刑であれば大刀が用いられていた。処刑人が持つ鎌はそれに比べれば、見た目に異様さはない。湾曲した刀身を持つだけの風変わりな鎌だった。その刃の付け根には蛇の装飾があしらわれていた。



 ――やめろ! 俺を殺すつもりなのか!?



 今を生きる者が聞いたならば噴飯もののセリフだろう。この土壇場になって今更何を言っているのか……だが、男は真剣だった。僅かな観客もその言葉を聞いて、両手で顔を覆った。処刑人ですら小刻みに震えている。


 生と死に対する意識は時代と環境……そして宗教で大きく変わる。

 無限の蛇を奉じる地域で生まれた者にとって、明確な死とは縁遠いはずのものだった。世界は尾を咥えた蛇の上にあり、肉体を一時的に失おうともすぐさま別の生を生きる。それが世の理なのだ。

 この地域に生まれた者ならば、どんなに無教養なものでさえ人生とはそうしたものだと考えていた。だから、この男のように利己のためにしか生きないものも稀に現れた。

 どんなに非道を働こうとも無限の世界にとってはごく僅かな時間に過ぎない……そうした考えが凶行をもたらすのだ。無限に続く生を奉じようとも、そこには罰が必要だった。


 そのためにこの〈蛇神の顎〉はある。偉大なる永遠を断ち切ることができるのは、尾を咥える蛇神だけが可能なのだ。あらゆる秘技と神秘を込められ、願いとともに作られた祭物。その権能は当然、不死の否定にある。



 ――止めてください、ごめんなさい、もうしません――



 童のように泣き叫ぶ男の首に刃は振り下ろされる。

 男の眼下にある籠に入った薄汚い首達……それすら羨ましいと思いながら男は首を刎ねられるのだ。



/


 処刑祭具、〈蛇神の顎〉。いかなる偶然か、あるいは必然なのか。魔都カルコサの下層探索時代に発見された遺物。

 決して次の世代に残すことができぬ恥を雪ぐために用いられた断頭の鎌である。


 不死不滅の類ですら、この鎌で斬られたのならば普通の生命がごとくに血を流し、命を失う。

 魔法全盛期に作られたと見られ、ウロボロス教と関わりのない存在にすら効果を発揮する。現在では解析すら不能……というよりは神秘の衰退した時代にはそれが有効である存在もいないはずだったのだが……


 単純に刃物として見た場合も極めて鋭い代物であるが、特殊な形状から戦闘には向かない。そもそも祭祀のための物であるため、武器ではないのだから致し方ないことではある。

 細身の外観からは意外なことに、かなりの重量があるため発掘当時から武器として使おうという者は長くいなかった。


 完全に余談であるが発掘した探索者は女性であり、身籠っていたらしい。


 現在の所有者は第2位冒険者レイシー。双頭の蛇が血を引くと同時に、蛇神の子でもあり、また人の子でもある。

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