第11話・二人の青神鉄
魔都に訪れる破滅。しかし、それは同時に最後の輝きも放つ。
溢れ出る神秘の力はこれまでを大幅に上回る。ここに来ての灰騎士以外の魔物の出現はそれを示している。
探索者の中で唯一それを恩恵として受け止められるレイシーの感覚は冴え渡っている。しかし、その感覚が眼の前の者に対して警戒を示さない。それゆえにレイシーは警戒を意識して保っている。自分から敵だと主張するような存在よりも、こうした者の方が厄介なことが多い。
「仲間だって主張するなら雑談ぐらいは良いよね? 今までどこにいたの?」
「……貴方方のすぐ近く。具体的に言うと常に……ごく僅かに先を行っていたのです」
「へぇ……」
間違いなくコレは厄介だ。その正体をレイシーは判断することができないが、自分達に対しての毒だと直感する。相手の存在が異常に希薄なために、レイシーが持つ種族のどれが警戒しているのかも分からない。だからこそ、ここで潰しておくべきだ。
多少はマトモになったといってもレイシーは年齢に反して、極めてドライな価値観を有する戦士でもある。身内でも無い相手が障害になると判断したならば躊躇はしない。
予備動作無しの一閃。後ろに立つ者達に見える速度ではなく、眼前の人物が反応できるような暇は与えない。必殺の青閃が首に到着するまでの僅かな間。
「……イサ殿が悲しみますよ?」
その言葉に鎌は首筋で止まった。最高速で放った斬撃を中途で止められるレイシーの技量は怪物だ。しかし、自分の一言で相手は止まる。その確信に命を賭けられる蛇面はレイシー以上の怪物にも見えた。
「どういう意味かな?」
「イサ殿であれば、私のような新参者の顔を見たいはず。そして……殺すにしても自らの手でやりたい気性の持ち主でもある。あなたが先に決定を下してしまうのはイサ殿からその機会を奪うことになる」
蛇神の顎が音を立てる。
柄を握りつぶさんばかりの力が込められている。わざとその体勢に入ったとはいえ、蛇女がこのままレイシーを煽り続けるのは明らかに自殺行為だ。
青神鉄の位階にあるということは相応の戦闘能力を持っていることは疑いない。もしかすればレイシーと互角の怪物なのかもしれない。しかし仮に第一位であったとしても、現状からの打破は不可能だろう。
「気に入らないな……キミがお兄さんの何を知っているの? 何が分かるの?」
「全く知らないからこそ、分かるものもあるということ。貴方は少々イサ殿と距離が近すぎるのだ。私に言わせれば、あれほど哀れな人間は見たことがない……いや、もう1人いたかな?」
回転する舌にレイシーの殺意が膨れ上がっていく。しかし鎌を振り抜くことはできない。眼の前の賢しらな蛇に誘導されているという自覚があるからだ。
止まっている間に、今度は困惑に取り憑かれる。……なぜこいつはこんなにも挑発を続けるのか。まるで殺されることこそが目的と言わんばかりだ。
「ちょっ! 班長! それ以上はマズイです!」
「流石に同じ冒険者は……!」
「……わかってるよ、うるさいなぁ。もう」
相手の思惑通りなのが最も腹立たしい。それがどの選択を選んでも、の場合は特に。
そう思ってレイシーは刃を手元に戻して、肩に立てかけ直した。できる限り興味が失せたように見えることを願いながら、班員の方を向く。
「思っていたよりも賢明。これは骨が折れるかもしれない」
「――!?」
班員達の中に蛇面がいた。
一気にそこまで動いた俊敏さよりも、自分に気取らせもせずに動いたことにレイシーは驚愕した。ただ速いだけならばどうにでも料理できるが、一切の動きを悟らせないとなれば話は別だ。
このような動きはレイシーの相棒にも無理だろう。
「……やっぱりさっき仕留めておくべきだったかな?」
「ご自由に。ただ私は貴方を手助けしたいというのは本当のこと。目障りでしょうから、なるべく目につかないようにしておくのでご安心を」
班員達は蛇面が移動したことにも気付いていなかったようだ。
近くに立っているのを知ると、一気に飛び退った。それと同時にレイシーも動いていた。
「こうやるのかな? 器用だねー」
「……流石」
班員達の動きに紛れて、今度はレイシーが蛇面の後ろに立つ。
一瞬の動揺を突いて高速で動く。人の絶技をレイシーは容易く模倣した。ほとんど性能任せの再現ではあるが、出来栄えに差が無いのはそれだけの能力を備えているから。
「要はびっくりした瞬間に動くわけだ。でも、それだけじゃボクには勝てないよ。もちろんボクのお兄さんにもね? でも足手まといにはならないようだから……連れて行ってはあげる。お代は高いよ~」
今度は刃を突きつけること無く、手をひらひらと振ってから離れる。
その様子を見てローブ姿の蛇は頷いた。それは満足とも不満足とも取れる奇妙な曖昧さを含んでいた。
「そうで無くてはならない。同時に、それだけでは足りない。私を倒せる程度で止まってもらっては困るのですよ、我らは」
言い置くと、蛇面が影に吸い込まれるように消えた。
班員達がまた狼狽えているが、班長はそれを気にもかけない。
一度追ってきていると知れた以上は、並外れた感覚によって大まかな位置が把握できている。要は蛇面は手品師の類に過ぎない、そうレイシーは見きった。
さて問題はその正体と目的だが……どちらも興味を持ってなどやるか。
魔都の主演はレイシーとイサなのだ。その確信がレイシーにはあった。