第8話・予想外
魔都カルコサの冒険は、外とは違う。どちらが正しい冒険なのかは分からないが……どちらであっても予想通りに行かないのが冒険というものなのは共通している。
当初からカレル隊は再出発を前提に計画を組んでいた。高位遺物と呼ばれる武器を所有するイサとレイシーを両翼にして、カレル自身の本隊がゆっくりと前進していく。この形を取る目的は灰騎士をできる限り減らしておくことにある。
灰騎士達には主がいる。地上王……カルコサの王であり、鐘を鳴らす者。
地下での出会いによりイサはその存在をほぼ確信しており、レイシーも感覚によりそれを支持した。二人を信頼するカレルは、当面の最終目標がカルコサ王の打倒にあると設定した。
カルコサ王がどのような力を持っているのかは不明だが、弱いということは無いだろうと考えたカレルが恐れたのはカルコサ王を相手取る段になって灰騎士との挟み撃ちに会う可能性だ。幾らかの取りこぼしは仕方ないが、相手が隊を保っている状態にでもなれば勝ち目が無くなる。
ゆえにあえて一回目の道中はゆっくりと進む。
単純な方策ではあったが効果は予想以上に高かった。灰騎士達は探索者達から見れば害獣だが、彼らは魔都の守り人。侵略者が現れれば対応をしなくては存在意義が無くなってしまう。
幾度撃退しても続けて騎士を放つということは、恐らくカルコサ王も同様の考えなのだろう。
遺物持ちにならば魔都を壊されかねない、そう思っているのかも知れない。それが事実であれば、探索者達にとっては尚更良いことではあるが。
「……いい加減、見飽きてきたな」
「我輩は流石にまだ慣れん。貴様の順応の早さには呆れる。しかしまぁ緊張感が薄れてきたという点では同意しよう」
本隊の中でサーレンとコールマーの班が前に出て、上層区画の大通りのようにも見える道を行く。かつての街造りには面白みの無い円形都市であるカルコサならば、一番大きい通りを行けば王城へとたどり着けるという安直な発想だ。
確かに安直ではあるが、この場合外れる可能性は無い。
カルコサはかつては大きな国だったのだ。その首都の中におけるど真ん中に奇をてらう必要は全く無い。
当然、灰騎士が行く手を阻もうとしてきたが……どうにも散発的であったためにサーレンとコールマーを超えられないままだ。
「どいつもこいつも顔がない。腕は立っても会話も無し……イサみたく楽しみ過ぎる気は無いが、味気ないにも程があるってものよ」
「いや、充分に強くて厄介だがな。しかし確かに絶望的という気はしない。ふむ……これは我輩達の予想は当たっているのかも知れんな」
「ああ……騎士団の人数か? 簡易遺物案も上手く効いてるみたいだしな。そこは確かなのかもな」
中層区画では比較的大規模な衝突も見られた。そこから探索者達はある種の推測を立てている。それは灰騎士というのはカルコサ王のいわば近衛めいた存在であり、それほど多くないのではないか? そしてカルコサ王がこの都市に広げた奇怪な支配はごく一部の者にだけ適用されたのではないか?
この街がどうやって滅んだのかを探索者達は知らない。知らないが、これほどの大都市に一体何人の人間が住んでいたのか。それを想像すれば灰騎士も灰人も数が少すぎる。
「人望が無かったのかねぇ……カルコサの王様は」
「イサが言うところには地下の住人が“愚かな善人”と評していたそうだが?」
「アレの妄想……と言いたいとこだが、たまにいるよなぁ。そういうご領主様って。変な宗教にハマって新しい決めごと取っ替え引っ替えしたりとか、訳わからん税作ったりとか」
駄弁りながら躊躇なく大股で歩いていく二人を、それぞれの下に付けられた班員達は正気を疑うような眼差しで見ていた。多少腕が立つ程度の戦士からすれば灰騎士は笑えるような相手ではない。同じ末期のカルコサに残った探索者といえども、班長達とは大きな隔たりがあるように感じられるのだ。
しかし……この場合に限っては班員達が正しかった。
鐘の音が無人の貴族街に響き渡る。
「おい……貴様が飽きただの言うからだぞ」
「いや、いや。どう考えても俺のせいではないだろ? しかし、コレはどこから来るんだ?」
「あの班長。来るって何……」
突然に槍と鉄棍を構えた班長に声をかけた班員は、続きを言うことができなかった。
足元から生えた茶色の何かに巻き上げられて、鉄の鎧ごと丸められた。余程の圧力がかけられたのか、一帯に赤い液体が振りまかれて俄雨の様相を呈した。
「散開! ……しても意味ねぇかなコレ!」
「ぬぅ! 後方にいるものはカレルに前進を止めさせて、警戒させろ!」
二人が察知していたのは漠然とした気配……敵意だけだ。強いが、正面から来てばかりの灰騎士に慣れきった浄銀達が相手を読み違えてしまった。
隙無く舗装された石畳がめくれ上がり、穴が開いていく。そこから出てくる何かによって班員が、再び犠牲になる。その攻撃の正体とは……
「ああ、なるほど! そうかい! ある意味こいつらもここの住人ってわけだ!」
穴が開いてからの攻撃はサーレンには遅すぎた。飛び退いて躱し、躱した先に開いた穴からの攻撃もあっさりと躱してのける。
「ふん。兵隊不足というわけか?」
穴が開く、その前にコールマーが鉄槌で石畳を抉りぬく。そこにはもともと彼らの一部があったのだ。別に特別な存在ではないから気にも止めなかったが、カルコサ上層区画のそれは動くのか。
「枯れてるもんとばかり思ってたぜ! 実は脳みそでもあるのか?!」
それは木々。あるいは草花。
貴族の屋敷には庭があり、そこにもある。そして路にも植えられているものだ。花も葉も無い……骨のような幹だけを残したそれ……街路樹が二人の浄銀に飛びかかってきた。
/
ハルペーを担いだまま、灰色の小さな怪物はため息をついた。
単純に眼の前の存在に呆れ返っている……相棒ほど享楽的ではないが、失望をあまりしない性質のレイシーとしては珍しいことだった。
レイシーの部下達も警戒してはいるものの、あからさまに敵視はしていない。レイシーの前に立つ者が仮面をしているからだ。
「ここに来て、ようやく姿を見せたと思えばさぁ。いきなり同行したいっていうのは都合が良すぎない?」
「……それはその通り」
「それは承知の上ってわけ? にしても相変わらず喋らないよね。それじゃボクと同じくらい協調性が無いって言われても仕方が無いよ。というか、たまにしか見ないって今思うと変だよねぇ。前は気にもしてなかったけどさ」
浄銀で作られた蛇の仮面。それも下位の者が鍍金と疑うような雑な作りではなく、神々しさすら感じられる装飾だ。ゆったりとしたローブ姿も相まってまさに蛇を思わせて似合いだ。
そして何よりも……首にかかった飾りは青みがかった金属で作られている。
「よく考えると、君の名前も知らないんだよね。これっておかしくないかなぁ、ねぇ行方不明さん?」
今1人の第2位冒険者、神青鉄の位階を持つ者がそこにいたのだ。
/
「驚きましたね。いや、久しぶりに本当に驚きました。ああ、久しぶりは貴方方に向けて言わないといけませんでしたね……私なりに色々考えていたんですが、てっきり貴方方はこちらには気軽に来れないものかと思っていましたよ」
狼面が笑う。予想外の事態だった。
欲深い銀狼は想像や妄想も楽しむ。あらゆる事態を考慮して動くのも、時にはそれを忘れてみるのも楽しい。そんな彼をしてこの再会は想像もしていなかった。
「ヴァールナ。ヴォルハール。用があって来たのでしょうが、なにかお話したいことでも? まぁ無いというのも完全に予想外で楽しいですけれど」
蠢く肉塊を手にした女……その頭部は鏡でできている。ひび割れたその顔面に何かの光が反射していた。