第7話・遊びのない凶刃
敵を視認した瞬間に、男たちは陣形めいた形を敷いて対峙した。
相手はやはり灰の騎士。それでも男達に行き過ぎた恐怖は無く、強敵を前にした心地よい緊張感が全身を走るだけである。彼らは第4位、弾力鋼の冒険者達。魔都に残った面子としては班長格に次いで強い。
装備もバラバラなら、気質もそれぞれだ。
しかし淀みなく、手振りだけで敵を包囲していく様は流石の熟練。
灰騎士は浄銀級と評されているが、決して浄銀そのものではない。ひとつ下の第4位でも1対1でさえ勝機が無いわけではないことを彼らは知っている。外見上は心すら無いように見えるが、灰騎士達にはそれぞれ特色がある。それが生前から染み付いたモノの残滓なのか、あるいは今も確かに魂があるためかは人の側からは分からない。
第4位弾力鋼へと登ってから彼らは長い時間を過ごしていた。しかし、浄銀へと至ることはできず。それが魔都に残留した理由でもある。
この街でもう財宝を取る余裕はない。だが、組合長達はまだ残留しているのだ。結果を示せば昇格の可能性が残されており、彼らはそこに賭けている。
出世のためには灰騎士はまたとない獲物にもなっているのだ。なにせ第2位一歩手前とされる現役の浄銀級冒険者のイサが灰騎士の強さを報告書として正式に上げている。それでいて倒せないほどではない。危険ではあるが、それを差し引いてもおいしい相手だ。
先頭の剣士が作った指の形を見て、4人は一斉に灰騎士へと向かう。
その動きはイサ班の若い冒険者たちとは全く違っていた。
灰騎士は油断をしてはいなかった。だが、体術を得意とする冒険者が武器を持つ手だけに組み付いて来て動揺のような動きを見せた。それは彼らの時代には無かった動きで、対応する経験を持っていない。対して探索者達は灰騎士を見慣れていた。
続けて、双剣使いが灰騎士の足を突き刺して縫い付ける。グレイブ使いが慎重に、仲間が組み付いている敵の腕を切り落とす。抑えておく腕が無くなったのを好機として、灰騎士がのけぞったその隙に体術使いが背中から締め付けた。
そして最後に最も腕の立つ剣士が首を切り飛ばした。
流麗ささえ感じさせる、計算されつくした動きだった。
この域の連携を取れる集団は、今の魔都では彼らだけである。かつては上位互換とも言えるハルモアの隊がいたが、今は既に離脱している。
「中層では煮え湯を飲まされてばかりだったが……」
「ああ、もう我々は無力ではない。こいつらも倒せる……それはそうと、班長はどうした?」
その言葉に長柄使いが、灰騎士の体を足先で小突く。魔法が切れたように、塵へと帰るまでの僅かな時間を無碍に扱う……探索者達にとっては当然だ。中層を安定して進んでいたのは上位陣だけであり、大半は仲間を殺されている。
その恨みは骨髄まで染み込んでいる。居残った者の中には、灰騎士への怒りを原動力とする者もいるはずだ、
「こいつらの“混じり物”って話だろ。お仲間殺したくなくて、その辺りに隠れてんじゃねーの?」
言葉は嘲りだが、声には畏怖と警戒の念が強い。
レイシーの出自はかつては噂だったが、今では事実として知られている。とはいえ、大半の探索者は水底の入り口を見ていないために単純に魔物と人間のハーフだという認識だ。
それで好意的に見られることはないが、当のレイシーは今や生まれから来る差別を飲み込んでいる。それがさらに周囲の反感を買うのだが。
「はっ! かもな。でもこの改良された武器があれば、やっこさんが化物の本性を出したとしても……」
「失礼な。幾らボクでもそんな暇なことはしないよ」
幼く、男とも女とも知れない可愛らしい声を聞いた瞬間に、息巻いていた探索者は一瞬で鼻息を鎮められた。
声は前方……灰騎士が向かってきた方向から発せられていた。先に進む道……直線から路地へと入る角から灰の美童が覗いていた。
「班長……我々が戦っている間、何をしていたので?」
「うん? もちろん先への道を探していたんだよ。早くお兄さんに追いつきたいしね~、あ王城へはこっちの方が早いみたいだから、付いてきて」
顔は再び角の先へと引っ込んでいった。
誘われるように班員達は後へと続くが、気乗りしないのも確かで足並みはゆっくりだ。
角を曲がって路地へと入ったところで班員達は絶句した。
「灰騎士……」
森へと誘う妖精のように先へと歩くレイシー。その途上には都合五体の灰騎士が転がっていた。付近には戦ったような跡すらなく、ただ首を刈り取られた姿は現実味がない。
……これをやったのはレイシーなのか? 近くにいたはずなのに戦闘音は聞こえもしなかった……
班員達は頭の中で疑問を浮かべるが、体と本能は事実を認めていた。
「あ、また来た。ボクってここだと勘がかなーり鋭くなるけど、向こうからも見つかりやすいみたいだね」
灰騎士が走って向かってくる。狭い直線の路地で奇襲奇策の類は全く使えない。
それになぜだろうか? 干からびて表情の変わらない灰騎士達だが、焦っているのが分かる。一刻も早くこの驚異を取り除きたい。それが現れている。
そして第4位の精鋭達が武器を構える前にことは終わっていた。
魔の身体能力と、古の技を使う灰騎士。広い世界に存在する魔物達。その中でも手強いと評価されることは確実であるはずの敵は……首を失って路地へと突っ伏していた。
……一瞬の戦闘を班員は見ていた。
レイシーはステップを踏むように、軽く跳ねた。それだけで灰騎士の脇をすり抜けて、その間にハルペーを首に引っ掛けていた。すれ違った後に、ハルペーを手元へと手繰り寄せるだけで強敵の命を終わらせたのだ。
圧倒的な速さを見せつけたわけでもなく。無双の膂力を示したわけでも無い。しかし班員達は無意識に認めざるを得なかった。
レイシー。彼らの指揮官たる怪しい美貌の持ち主こそは、カルコサの探索者達にとって最高戦力だ。
「ば、化け物……」
「そうだよ? 何を今更、ボクは化け物なんだ。それで? 君たちはどうする?」
「どうするって……」
灰騎士は倒れた。それでも班員達は武器を構えたまま、棒立ちとなっている。
班長は味方だ。出自は怪しく、慕うことも愛情を抱くこともできないが、それでも味方だった。例え陰口を叩こうとも、所詮はよくある冒険者同士のいさかい程度で終わる。その中でちょっとした優越感を保てれば彼らはそれでよかったのだ。
「ボクは君たちを殺したくはない。カレルとセイラが悲しむし、お兄さんに嫌われる。でも……もし君たちがボクの足を引っ張って、あの人たちを困らせるつもりなら……」
「し、しません。我々は貴方の導きに従います! 信じてください!」
「そ。なら良かった。命令とかする気は無いから、好きにやってよ。ボクもそうするけど、なるべく早く他の班と合流しちゃおう」
思っていたよりも優しい……わけではないことを部下達は理解した。自分達は班長にとって、どちらでもいい存在なのだ。足手まといだからですらない。単に親しくないからだ。
最も単純な理由で、レイシーは人を区別している。
レイシーは疫病神ではない。
ただ周囲が恐れて、勝手に道を踏み外していくだけだ。そんな吹けば飛ぶような存在をもうレイシーは気にしない。
愛する身内に失望されなければそれで良いのだ。