第4話・イサ班
その日、いつもの宿の広間でイサは部下となる者達と顔を合わせていた。イサの心中は複雑だ。イサは元々部下や上官のような上下関係に馴染みがない。尊敬できるところがあれば丁寧に扱い、そうでなければ駆除するなり排斥するなりするだけだ。しかし状況的にはイサに選択肢はあまりないので、持ち前の奇妙な精神性で変化を受け入れた。
「サグーンです」
「ヨリルケと言います」
「マセラド」
「コルーンです! 名高いイサ殿の下で働けて光栄です!」
「どうも。貴方達の班長になったイサです。上層区画にある地形的な問題から出た班体制に過ぎませんので、そう硬くならずとも良いですよ」
鷹揚なイサの態度に、ホッとしたように見えるのが三名。それを覇気の無さと見て取った者が一名。
イサは鋭敏な感覚でそれを感知はしたが、特に気にしなかった。4名とも内心を態度に出さないぐらいの常識は備えていたので、それで満足だったのだ。
全員が所々を金属で補強した軽装に近い中装。女性はマセラドのみで、他は男。階級は下からただの銀だ。
下級で居残ったというところから想像していたのとは違い、全員それなりに武を身につけた佇まいをしている。
眼の前に行儀よく整列した下級冒険者達を前にして、イサは兵士のようだなと漠然とした感想を抱いた。
同時に彼らがうだつの上がらない冒険者だった理由も分かってくる。欲がない。正確に言えば目立とうとする欲求が薄いのだ。結果を上げれば名声や富は勝手に付いてくるものと考えているタイプだ。
力を示せば勝手に評価が上がる事例が実際にあることが彼らを勘違いさせてしまったのだろう。そういう存在は素地から違うレイシーやミロンといった者に限られるのだが、半端に強いことが目を曇らせている。
「まぁ……全く使えないよりは良いですね。そこは班長としてしっかりと導きましょう」
イサは班長という役割を大変に気に入っていた。いつもの通りに。
イサにはセイラの実力を引き上げた実績があるが、セイラの精神性といっそ感心するほどに元が弱いことがかえって幸運だったのだ。では、目の前に立つ若人達をどうすれば鍛え上げることができるか?
時間を幾らでも費やして良いのなら誰にでもできるだろうが、魔都自体が今にも崩壊しそうなのだ。悠長に待っていられる時間は無い。短期間で成長させるのならやはり実戦が最も手っ取り早い。手っ取り早いのだが、上層はこれまでの情報から見ても間違いなく灰騎士と上位個体の巣窟だ。死ぬ確率が高すぎる。
どこから考えても反論が出てきてしまう。
「こうなれば……」
「班長?」
一人で納得し出したイサにサグーンは訝しげに問いかける。しかしイサは特に返事をする必要を感じないのか、そのまま思考を続けた。
……なるべく実戦に近い形での訓練を経て、探索に同行させる他はない。
イサの頭脳から出た無難な案で、少なくとも当人達にとっては最悪の選択が成されようとしていた。
「とりあえず、組み手といきましょうか。貴方達の実力を測りたいので……いわゆる練習試合というものです」
「はいっ! お願いします!」
コルーンの素直な返事が響き渡る。
元気でいいことだとイサは感じ入る。その元気はこの日、イサ自身で粉砕することになる。
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「ほいっと」
「どぅべっ!」
コルーンの剣が小気味良い音を立てながら下層区の道を転がっていく。
イサの持った木刀で胴を払われたのだが、地味にバランスを崩す方向に力が強く込められていてコルーンが転がされて道に叩きつけられたのだ。その拍子に薄い皮のヘルメットが外れて、薄茶色の髪と意外に整った童顔が露わになる。なった瞬間にイサは顔面を蹴り上げた。
「力量差があるのだから転がされるのは仕方がない。無いのですが、剣を手放すのはいただけません。立ち上がった時に丸腰でいるつもりですか?」
「ありがとうございます! ぐべっ」
礼を言う律儀な男を容赦なく追撃して、もう一度石畳に落下させた。
それでいながら、イサが指摘するのは周りの無様さだった。
「ほら。折角の4対1なのに貴方達がぼうっとしているから、可愛そうなコルーンが二回死んでしまった。灰騎士は私よりも話を聞いてはくれませんよ?」
煽りに他の三人は怒り半分、恐怖半分でそれぞれの得物で突撃してくる。
軽さに加えて脚力が高いらしいマセラドが一番速く、スティレットで挑みかかってくる。イサは相手が飛びかかってから、腹を柄でぶん殴る。先にマセラドが仕掛けたにも関わらず、後から手を出したイサの方が速い。
吹っ飛んでいく最中に見えた珍しい赤髪を眺めたまま、横から手斧を振るってきたヨリルケの頭を無造作に叩いた。軽く当たっただけに見えるのだが、ヨリルケはそのまま地面に這いつくばって痙攣していた。
「いや、横から来るなら仲間とタイミングを合わせてください。昨日今日の仲でも、そう難しくは無いでしょうに」
「ちぇえい!」
「お?」
サグーンが長剣を振りかざして来たのを見たイサは、半歩横にずれて躱した。たった半歩だが、イサがこの“試合”で足を動かしたのはこれが初めてだった。
イサはバランスを崩さずに再び挑みかかってくるサグーンの顔をまじまじと見た。いかにも農民の青年といった風の朴訥とした顔立ちで、背丈も並で戦を生業にしているようには見えない。
だが、この4人の中ではサグーンが間違いなく最も手練だった。それも冒険者にありがちな我流剣術ではなく、どこかの正統な流派の匂いがする動きだ。軽くではあるが、イサも木刀を合わせて撃ち合う。初めて剣戟が成立していることにイサも少しばかり驚いている。
「悪くないじゃないですか。意外に育ちが良いのですか?」
「故郷では平民でも入れる道場があるんですよ!」
そんな国があるのか。ふぅん……と言った具合にイサは首を傾げたあと、設定した手加減の度合いを低くした。イサが返した木目の刃をサグーンはほとんど目に捉えることができずに、剣を弾かれた。
宙に舞う剣をサグーンは呆然と見送った。追撃で打ち据えられると思ったが、それは来なかった。
「今言ったように悪くはないです。ですが灰騎士にはサグーン一人では通じない。少し打ち合いが成立してる間に、他の皆がかかって行かないと無駄に終わりますよ?」
「は、はぁ……ありがとうございます……」
教えに礼を言うサグーン。
イサの目論見の一つは達成された。班の長として彼らでは全く敵わない相手であると認識されることが第一だ。敬意を受けられるだけでなく、造反される可能性を低くする。
肝心要のもう一つの課題をこれから達成せねばならない。彼ら……部下達には少なくとも灰騎士相手に足止めぐらいはできるようになって貰えなければいけないのだ。
「さて……貴方達の実力は大体分かりました。貴方達も漠然とでしょうが私の大体の腕前は分かって貰えたと思います」
言葉に4人はばらばらの姿勢から顔を見合わせた。
4人は真剣に対して、班長イサは木刀だったのだ。遥か遠いということしか分からない。
「なにせ時間が無いので……これから早速訓練に入ります」
「……訓練?」
今の手合わせが試合兼、訓練では無かったのかとマセラドは腹を押さえながら聞き返した。
「私と貴方方双方にとってためになる訓練です。そして、上層に挑むだけの力量を手っ取り早く手に入れて貰うために……」
イサは4人の方に背を向けてから木刀を壁に立てかけた。
そして、腰の好愛桜を引き抜いた。
緑がかった光は吸い寄せられるような感覚を与えたが、続く言葉でイサの部下たちは無情な現実に引き戻された。
「殺さない程度にはしますが、本気の私が延々と襲いかかります。逃げるなり、立ち向かうなりしながら……治療期間に入るまでの間、頑張って戦い続けてくださいね?」
こうして魔都に残った不器用な冒険者達の地獄が幕を開けた。