第3話・所詮全ては通過点
眼の前に神経質そうな顔と、厳つい顔が並んでいる。コールマーの顔は同じように屈強だった、ハルモアと違って温厚さが無い。サーレンの神経質さはリンギのように計算に頭を悩ませるためでなく、感情によるものだ。
二人とも仁義に厚いのに、随分と損をしそうな顔だな。イサは自分のことを素で棚上げにしてそう思った。
元高級宿に今いるのは班長格だけだった。他の面子は様々な準備に駆け回っており、班長達は戦闘時における連携のすり合わせという名目でただ集まっている。この辺りも込みでイサは班長制を主張した感がある。
「つか、疫病神とイサを引き離して大丈夫なのか? 操縦できるのお前だけだろ」
「あー、疫病神ってまだ言う! でも質問自体は同感だよ。ボク、お兄さんの指示ぐらいしか聞く気ないし」
「自分で言うのか……」
レイシーが班長を務める班には残った弾力鋼級が多く配置されている。多少は丸くなったとは言えレイシーがレイシーである限り、使えないと判断したら下級では切り捨てかねないからだ。下手をすれば文字通りに切り捨てる。
ちなみにイサの班は経験が浅めの者が多い。セイラをとりあえず生き延びさせた経験が買われているらしいが、素直なセイラの性根あればこそで他の者ではどうなるのか……隊長カレルはそのあたりを考えているのか? そう思いたくなる。
「うーん。悩んだんですがね。実際問題として遺物持ちが分かれるのは避けたいですし、なるべく班同士で近くにいるつもりではありますが……あと、これからは室内での戦闘が多い。長柄の得物を振り回されると、射程が短い私が割食うんですよね」
城ならば廊下ですら問題はないだろうが、屋敷程度の建築物を探索する場合にレイシーの攻撃に巻き込まれないように注意しながら敵と渡り合う。それはイサの技量をもってしても実現が怪しい。
レイシーの班はむしろ遠距離支援に特化させたほうが良いのでは……とイサが考えていると、コールマーが今少し得心が行かない顔を見せていた。
「随分と遺物持ちにこだわるな。それほど重要になるのか。確かに灰騎士は脅威だが、再生速度はまたたく間に……というほどでもない。地上王が騎士よりも強いと考えているのか?」
「王様が騎士よりも強かったら、騎士いらないよね」
しかし、そんな冗談のような王もいることは歴史にもしばしばあることだ。大体、魔法などという非常識なモノを使用してくる連中の長だ。もう武才など関係が無くても不思議ではない。
イサは浮かんできた地上王の脅威度を投げ捨てた。恐れていても仕方が無い上に、どうせ城へとたどり着かなければ出会うことすらないだろう。とはいえ出会った時に倒す確率を上げるための班分けでもある。
「この際、王と鐘をいざという時に即死させられる者が多いほうが良いです。それと先に向けて、出来る限り遺物持ちが倒れる確率は避けたい」
「先ぃ?」
「先というか下というか。魔都に常識を歪めるほどの力を与えた存在が、地下にいるらしいのですよ。強いか弱いかは知りませんが」
イサはさらっとこの場で自分しか知らない情報を開示した。
他に知っている者はカルコサにもほとんどいない。デメトリオは知っていたかもしれないが既に墓の下。ミロンは不明であり、アリーシャナルは消え去っている。
勿論理由はある。イサも食をはじめとした要素が無ければ探索行は不可能だ。地上の城を華々しく攻略してから、地下の存在を喧伝してカルコサの街としての機能を復興させる。そのためにはイサだけが知っていても意味が無い情報だ。
地下の攻略を目指すのがイサだけでなくなることは確実だが、それでもイサは自分が一番に地下の攻略することを疑っていない。
そんなイサを場にいる者たちのほとんどが目を丸くして見ている。直感として水底の存在を感じ取るレイシーは例外だが、突然まだまだ先は長いと知らされたのだから無理もない。登山家に実はそこは頂上ではありませんと告げるようなものだ。
「ちょっと待て。王城……そう評していいのならだが、を攻略しても魔都は終わらんということか?」
「その辺りも含めて謎なのですよ。地上と地下では不可侵の関係にあるようですが、現状では搾取しているのは地上側です。地上をどうにかすれば、地下も勝手に終わるかもしれない。かもしれない、かもしれない……まぁ魔都の何時も通りですね」
「全然知らんかったぞ。あのミミズみてーな魔物と関係があるのか?」
サーレンが首を振りながら、ため息をつく。
ミミズ人間……魔都の地下に行けば出会うことの出来る最悪の魔物。かつてイサ達ですら集団を前には撤退するしかなかったほどで、上位灰騎士に匹敵する存在でありながら群れているという怪物だ。あの魔物が水底の標準だとするなら、地上の灰騎士たちが地下へと立ち入らないのも当然である。
「あ、サーレンも一応は下に降りたんだ。強いよねアレ。お兄さんとボクでやっと一匹って感じなのにうじゃうじゃいるし」
「お前ら、アレ倒したのかよ……負けた……」
どうやらサーレンはミミズ人間を倒したことは無いようだ。しかし、イサと違いレイシーのような強力な相棒がいるわけでもないサーレンが逃げ切っているだけでも槍士の非凡さを物語っている。
へこむようなことでも無いだろう、とイサは話を続ける。
「一匹倒せたからどうという話でもないでしょう。そもそもアレは魔物なんですかね? ……脱線しました。とりあえずは王城を倒す。それでいて、地下に潜れる者も生き残らせたいのですよ。欲を言えばこの場に今いる者は全員です」
魔都の新開拓者。その嚆矢には、現在の窮状でも居残っているようなタフな者たちこそが相応しい。余計な権力が入り込むような隙のない実力主義的な新しい冒険の場。
次のカルコサはそうした街であるべきだというイサの考えが見て取れる。理由は勿論、そちらのほうが面白そうだからに過ぎないとしても、次を見据える立派な志ではある。
今からは遠すぎる話だ。王城の攻略に必要な人員も物資もぎりぎりなのだ。
それでもここに集っているのは、それこそ立派な冒険馬鹿だ。にやにやと口を曲げながら、未だに未知を見せ続けてくれるこの地に多大な期待を寄せている。そして、そこで燦然と輝く自分の勇姿を夢想していた。
「古代遺跡の探索……街の次は地下の恐るべき魔境か。悪くない、むしろ最高だ。是が非でも生き残って見せよう」
「ミミズ共を圧倒するためと思えば、灰騎士どもも良い練習相手だな」
「皆やる気が出たようで結構ですが、地上の王に地下の王。その首は両方共、私が貰うことを忘れないでほしいですね」
いいや、それを得るのは俺だ。
サーレン、コールマー、イサはにこやかに睨み合う。そうと決まれば準備をさっさとして、一刻も早く地上の覇権を握らなければ。これ以上は無駄話と切り捨てて、各々が席を立つ。
「まぁお兄さんだけは地下の次に、ボクとの決着があるんだけどねー? 自信ある?」
「勿論。それが無かったことだけは一度もないので」
「あはっ」
探索者達にとってあらゆる場が頂上であり、同時に始まりに過ぎない。偉大なる通過点を手中に収めるべく、貪欲なカルコサの住人、その最後の精鋭達が上層区画へと向けて行動を開始した。




