第1話・最後の探索者達
イサは宿で一席に腰掛けながら、その話をどう解釈したものかと悩みながら聞いていた。
宿とは言うがここはもう宿ではない。採算が取れないだろうと見込んだ亭主は、あっさりとこの高価そうな内装を放棄して離脱していった。ここを利用するのは高位の実力者が多かったために安定した収入が得られていたのだが、いまや高位の者でもさくりと死んでしまう。
それを考えれば放棄も致し方ない判断で、むしろ早々に離脱を選んだのは商人ならではというべきかも知れない。
元が南部様式の真白な内装も、定期的に専門の掃除が受けられなくなってくすみが微かに漂いだしている。
それでもここが元々高級宿であることに変わらないので、上層開放直後は勝手に住み着こうとする者たちが多く居た。宿は放棄されているので別に勝手ではないかも知れないが、変なところで排他的なところを発揮したイサによってほとんどが叩き出されて今に至る。
「灰人の異変ねぇ……なぜ破裂したのかはともかくとして、大まかには地上王とやらが魔都を維持できなくなっているということに関係があるのでしょうね。ともあれ、その場を迅速に離脱できたのは何よりでした。少々意外ですが」
「なんだよ、俺が安全優先しちゃ悪いか? こっからはロマン重視とはいえあんな所で妙な病気にでもかかったらやってられないだろうが」
馬面を珍しく外しているサーレンがぼやく。
サーレンは元々が神経質そうな顔立ちなので慎重に見えるのだが、イサは容姿を判断材料にしていなかった。イサ的にはサーレンとコールマーはやや突貫しがちな突撃好きに見えていた。
この評価は大幅に外れてもいないが、やや正確さを欠いていた。サーレンとコールマーの二人は人目が無いときでも高位冒険者らしい振る舞いをする必要があると考えており、その“らしさ”には勇敢という成分が多めなのだ。
「ロマンねぇ……それはそのとおりだけど。このままじゃ餓死っていう最高にロマンから程遠い末路が待っているけどねー。ボクも餓死はやだなぁ」
「いやぁ餓死が理想の死に方っていう人は流石にいないんじゃないですかね?」
そんなことを言う割にレイシーは蜂蜜をかけたパンケーキをつついている。もはや金貨で買う値段となっている代物だが気にもしていない。ちなみに現在探索者達の食料源は主に外に行ったリンギによる物が大半を占める。最初は慈善活動としての意味合いが大きかったのだろうが、こうなるとリンギは笑いが止まらないのでは無いだろうか。
安っぽい物を好むイサなどはリンギからすれば良い客ではないが、レイシーは間違いなく上客だった。
「実際問題、私もそれは嫌ですね。しかしサーレンとコールマーの撤退の判断もまた正しい。なにせ……」
イサは安ワインの瓶から目を離して、窓から遠くを見た。視線の先にはかつてこの街でも大きな勢力があった。建物自体は今も残っているのだが、中身は無い。
「そちらの調査の結果は……まぁ顔を見れば分かるが」
「ええ、コールマー。もぬけの殻なのは当然のことながら、奇妙なことに引っ越しを目撃した者さえいない。ウロボロス教団はあの教会を放棄したようですね」
それはもう水薬が手に入らないことを意味していた。当てにあるのは年老いている医師が一人。それと以前から備蓄していた分の薬品と残りの水薬だ。
傷は仕方がないにしても病気は避けるに越したことはない。
コールマーは腹いせに床に敷き詰めているおがくずを蹴った。
床掃除が面倒なので美観を無視して、ばら撒いてあった。
「魔都の最期を見るつもりだったが……このままじゃ間に合わんぞ!」
「ですな。残った面子は神青鉄2名。浄銀3名。弾力鋼4名。それより下級は私とセイラを含めて16名。冒険者側はこんなところで」
「行方不明さんも数に入れてるんだ。とはいえ、まともに考えたら灰騎士の群れに突っ込むのは無理が出るねー」
イサ達は標準灰騎士の相手は慣れた。一対一ならばそうそう負けはしないが、それでも同時に相手できるのは3体まで行けるかどうか。
「ま、灰騎士が総勢何名いるのか知らんので考えたところで分からんですがね」
「残ったのが救いようの無い面子ばっかりだから、そこは誰も心配してねぇよ。全員が死ぬとも思ってないか、死ぬことすら気にしてないようなやつしかいない」
「しかし城に行く前に負けたら夢が無さすぎる。魔都が崩壊するのを待っているのも、これまた夢が無い」
「あのー死ぬのが怖くない組に私も入ってるんでしょうか?」
セイラがおずおずと手を上げているが、相応の実力も持っていない彼女が一番変人だと他は思っているので無視された。いつの間にか、この宿に残った冒険者が全員来ている。
「組合長まで来たので?」
「仕方が無いだろう。もう組合も何もない。この歳で現役復帰とは世の中分からんものだよ」
大体物流がほとんど止まっているので、組合施設は宿としての機能を失ってしまった。そうぐちぐち言う組合長に前の威厳は無いが、目は不思議と輝いている。
「仕方ないからと言って、死に行く組に加わらなくても良いでしょうに。宿ならここでやっててください。経営者不在なので備蓄の管理者とかも必要です」
「おお……そうなのか?」
何故か肩を落としながら、カウンターの側に回った組合長を全員で苦笑した。
どうやら本気で現役に戻る気だったらしい。
「どうせなら確実な機会を作るしか無いな。武器の方はどうする?」
「学者先生が良い提案を来れたので、下級を何人か回して実行中だよ。灰騎士の持っていた剣を溶かして、武器に塗ってみるんだ」
「そりゃ助かる。槍型の遺物って全然見つから無かったからな」
かつて見ることのなかった一致団結。それが人数が減ったことにより実現しようとしていた。本来は魔都に挑む必要が無い事態になって、名実ともに酔狂者の集まりとなれたのだ。
組合長がカウンターの内側から手を叩いて注目を集めた。
「例の提案に戻ろう。この戦力で前と同じように動いても、魔都の城までは行けない。私としてもやや不本意ではあるが、全員で一つのチームを作ろうと思うが、どうかな?」
上層が開放されて、最後の大規模な探索が失敗してはや数ヶ月が経過していた。