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青閃と銀閃の灰都探訪  作者: 松脂松明
第3章・上層貴族区画
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第0話・魔都の歪み

 気に入らない人間が、気に入らない人間を陥れようとしている時どうするべきか? 馬の面を持つ槍使いサーレンはこの時、そんな疑問にぶち当たっていた。

 結論としてはまぁより気に入らない人間が破滅するのを願うしか無いだろう。片方は気に入らないとは言っても認めざるを得ない部分を持っている。ところが、もう一方にはそんな者は欠片も無いのだ。



「しっかし、えげつねーな……」



 最初に作られた肉の山。それは探索者達への警句として置かれているのだろう。不思議なことだが、蝿の一匹も集っておらず、腐敗が一定で止まっている。

 上層に当たる区画への扉は開かれた。

 中層区画からこちら、劣勢気味であった探索者達はほとんどが魔都からの撤退を考えていたはずだ。高位冒険者たちも例外ではなく、この地で得られるモノが割に合わないと見切りを付けた者たちもいる。

 高位冒険者……それも第3位浄銀(ミスリル)位階の者達は前言を翻さなかった。この位階の者になるとあぶく銭よりは信用が大事だから、当然だ。


 信義を守った栄誉ある撤退者達が荷造りを始めると、残った者は大きく2種類に別れることになる。分野が何であれ真の実力者と、そして根っこまで腐った連中だ。

 後者は先日まで逃げる算段をしていたとは思えない速度で新しい区画に殺到した。



「中層の時に学ばなかったのかねぇ……お前らじゃ無理だっつうのに」



 結果は眼前にある死体の山だ。

 魔都の事情をろくに知らない、あるいは知っていて上手く行くと思ったのか。何にせよ待ち受けていた灰騎士達によって残らず息絶えた。


 魔都カルコサの上層貴族区画……ここは狭いからこそ攻略が難しい。

 残った僅かな浄銀達は中層から何も学ばなかった者たちを止めようとはしなかった。ある意味ではサーレン達が殺したともいえるが、そこまで責任を負うつもりは最初から無い。

 

 むしろ期待を煽り続けるような言動の浄銀が一人いたので、サーレンとしては糾弾するならそちらに行って欲しいものだ。サーレンが気に入らない者とはそいつのことである。


 役に立たない思考を打ち切ったサーレンは、死体の山を抜けると背を低くして慎重に行動を開始した。

 

 その気性からすれば意外に思われるだろうが、サーレンは下見と準備を欠かさない。影との戦いで手下を失ってからは、魔都でもほとんど見られなくなったソロによる探索者だ。その状態で警戒を怠るほど、サーレンは馬鹿ではなかった。

 魔都上層区画は予想通り、貴族や聖職者階級のためのエリアである。装飾の華美さはこれまでとは比較にならないほどだが、上層で活動するような連中はもう金品には関心をあまり示していない。下手に物を収集などしていれば、影から灰騎士がいつ出るかも分からない。

 これまでと同じ円形だが、でたらめな広さはない。厄介なのは目的地と思われる城の外郭と、そこら中の屋敷が奇妙に捻れて繋がっているところにある。こうなると限られた時間しか探索できない冒険者達には地形が把握できず、地の利を活かしてくるのは敵側だ。


 一刻でも早く、この環境に適応する。灰騎士達はもはや単独では行動せず、必ず複数体で巡回している。浄銀の中でも実力派の自覚があるサーレンだが、複数体の灰騎士を相手にした連続戦闘は不可能だった。



「お、コールマー」

「ぬ……」



 サーレンが屈んだ姿勢のままで器用に壁伝いを進んでいると、巨漢が壁際から何かを覗いている所に出くわした。コールマーは筋骨隆々という言葉が相応しい体格のため、隠れている姿が妙に笑いを誘う。



「何してんだ? 女でもいたか?」



 冗談めかして言えば、コールマーは微妙な顔をしながらも指を口に当てた。誰にでも分かるサインで、要は静かにしろという意味である。

 剛毅なコールマーの奇妙な態度にやや顔を引き締めたサーレンだったが、同じようにのぞき見をして肩を落とした。



「何だよ……灰人じゃねぇか。期待させるなよ」



 魔都の住人、灰人。干からびた死体が未だに動いていると言った具合の存在だ。灰騎士達と同様に何かの力で強制的に生きながらえているようで、マトモな意思疎通は図れない。

 サーレン達の前にいる灰人も口を半開きにしたまま、歩き回っている。



「よく見ろ。様子がおかしい……それに……」

「それに?」

「灰騎士達が活発になってから、あの連中を見かけたことがあるか?」

「いや、無かったような、あったような……」



 灰人達に対して気を払って見ている探索者はほとんどいなかった。灰人に危害を加えることが灰騎士達が出現するスイッチになってはいるものの、灰人自体に戦闘能力は皆無だ。学者達ならばともかく、冒険者達にとっては魔都に付属している風変わりな装置程度の認識に落ち着いていたのだ。


 コールマーの言葉に従って灰人を観察するサーレン。

 灰人は大股でゆっくりと動いている。時折、痙攣をしたと思えば大きく仰け反ったりと……なるほど確かに挙動不審ではある。



「なんつうか、酔っぱらいみてーだな。ぐにゃぐにゃ動いてるわりに、どこかへ進めてもいねぇ」

「ああ。なぜだろうな……今のあれからは奇妙な恐怖を感じるぞ」



 鉄槌を携える大男が似合わないことを言う……そう言おうと思ったサーレンだったが、その言葉には共感できるものがあった。それは強い敵に対する恐怖とは違う、不安に似た感覚だ。

 知らずのうちにツバを飲み込み、魅入られたように灰人の監視を続ける二人。その努力に応えるものがあったのか……彼らが見守っている間に、その変化は起こった。



「おい……」

「……」



 灰人の皮だけの肉体が、浮袋のように大きく膨らんだ。腹部が異常に肥大化した格好で、それに押しのけられるように灰人は頭部を段々と仰け反らせていく。

 あっけにとられている間に、小気味良いながらも驚かせるような音が醜悪な光景と共に響いた。

 灰人が破裂したのだ。


 意味が分からない変化に二人の冒険者は沈黙する他無い。

 灰人は破裂した後、ホコリのような……いや本当に長年の埃なのかもしれないが……汚れを出し切ると、急速に萎んでその後には何も残らなかった。


 豪胆な浄銀達は本能にしたがって、出来る限り空気を吸わないように息を殺してその場を全速で駆け去った。

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