第23話・針の一穴
デメトリオの剣が夕日のような色を発する。
暖かく、穏やかな見守る光を太陽剣が敵すらも愛おしく包む。持ち主の思惑はどうであっても、この剣に敵味方の是非は無い。いや、それはデメトリオも同じだろう。あまりに多くを経験した最強の聖騎士はイサ達を憎んではおらず、むしろ好ましいとさえ思っていた。
しかし、デメトリオは無限の蛇の呪縛を引きずったままだ。
己の過去と真摯に向き合えば向き合うほどに、道を変えることは許されない。それにはある種の図太さが必要で、デメトリオはそうした性質を持ち合わせてはいなかった。
剣を握ったまま、抱擁を待ち構えるような態度でデメトリオが歌う。
「さぁ……私の終わり。君達の始まりだ。私も君たちも全身全霊の遊びなしだ……全員でかかってくるといい」
明らかにデメトリオは死を覚悟している。だが、4人を同時に相手取るというのは最早覚悟を通り越して自暴自棄とさえ呼ばれるものだ。未熟なセイラを数に入れないとしても3対1。しかもその3人は戦士として申し分ない実力の持ち主であり、如何に最強の聖騎士であっても1対1ですらそこまで容易い相手ではないのだ。
「馬鹿にされているような気さえしますが……最後の花を狙うぐらいには目も死んでいない。面白い、あえて乗ってやりましょう。どのような隠し玉があるやら……」
イサは承諾する。
デメトリオの持つ可能性を全て引き出した上で尚勝ちたい。それに相手が人間大では連携で一斉にかかる真似は難しい。相手がデメトリオならば尚更だ。加えて言うならイサ達は実力が平均的ではなく、かなりのばらつきがある。正直に言えば精神的にはともかく、身体的な連携はお粗末と言っていい。
故に案外と勝負は成立するだろう……考えた時にはイサの体は動いている。
何のひねりも無い袈裟懸けの一刀。
別に侮っているわけでもなく、イサのカタナならばそれは必殺の一撃となる。つまりはイサは容赦なく聖騎士を殺害しょうと動いていた。
「面白いな、それが好愛桜か。触れたものは有形無形を問わずに裁断する異郷の異物……つまりは」
イサが持つ〈好愛桜〉の特性を理解しながらもデメトリオは回避ではなく、防御を選択した。夕日のような剣がイサのカタナの側面に微細に触れながら軌道を変えていく。イサが相手がソレ以上踏み込むのならさらなる追撃を見舞う構えを見せているが、その領域には瀬戸際で触れないようにしていた。
イサの剣技を完全に見切っているのだ。
「刃筋に触れなければ良いというわけだ。相手が貴方ではやや難しいが、試みて悪いこともあるまい」
「なるほど、私の実家にあったことを考えるのなら貴方方は私以上にこのカタナに詳しいというわけか。そして私の剣技についても同様」
「東方の剣技だそうですね。向こうではごく標準的な動きというので、私もまた学習済。そうでなくてはイサ殿ほどの剣士を相手に有利は取れない」
「実家にあった古文書を元に再現した武技で、半分は我流なのですよ? 単純に貴方の技量が極まっているだけのこと……こうまで読まれると自信がめりめりと減って、やる気が増してきます」
ニヤニヤと笑いながら実に嬉しそうに、イサは剣戟を続ける。無論楽しいのも本当のことだが、全て狙ってのものだ。わざわざ派手に、それでいて相手が無視できないような剣の結界を築いていく。
「そちらの太陽剣も実に悪辣ですね。切ったものを燃え上がらせる……かすり傷一つであの世へ行きそうです。もともとは怪物を相手にするための物でも、人間相手にも十分に有効ですね」
「立場上不敬な……と言ったほうが良いんだろうな。そして、カレル」
後ろから突きこまれて来たバックソードをあっさりとデメトリオは躱した。いや……躱しただけでなく、カレルのバックソードに剣筋を添えている。黄土色の刀身から熱が伝わり、バックソードの先が歪む。
カレルの力量を誰よりも評価しているのはデメトリオだ。読んだ上で反撃するならば、隙が生まれるのはこちらだと判断して武器を損傷させるに留めた。
「相変わらず良い腕だ。武器を変えたばかりとは思えない。しかし、惜しいかな武器が普通に過ぎる。イサ殿の好愛桜なればこそ太陽と打ち合えているのだ。それでは通じないよ。それとイサ殿は突飛で読めない行動こそが真骨頂。意味のある動きばかりしていれば相手を警戒させてしまう。まぁ相手が知人ならば、という前提があるので悪いことではないが」
「教師か何かかな? てい、ていっと~」
イサが前を張っているために、レイシーは長柄の武器を十全に振るえない。ゆえに突きになるのだが、割って入ったレイシーはサポートなどと生易しいものではない。
レイシーの獲物は槍ではなく、ハルペー。曲線を描く鎌での突きはむしろ引く動きが恐ろしい。引っ掛けて引きずり回すような動きにも、切り裂く動きにもなる。
身体の総合能力ではカルコサ最強のレイシーが放つソレはデメトリオであろうと躱せない。それを見越しての3段階の攻め。イサの剣もまだ振るわれており、やむを得ずデメトリオは引っ掛けのみを回避するが、切り裂きを受けざるを得ない。
甲冑のショルダーカップは紙のように無力で、デメトリオの肩に赤い花を咲かせる。
「おお……蛇神の顎! 噂に名高い最高位の遺物、いや異物……味わえるとは実に光栄。増してレイシー様が使い手となれば……いやはやコレは参った。防ぐので手一杯」
「僕たちを相手に一瞬で落ちないだけでも変だよ。どういうからくりなのかな?」
「からくりは用いておりませんよ……それを使うのはこれからなので」
「じゃあ早く使った方が良いと思うよ~? 普通の物じゃなさそうだから念のために傷いれておいたから」
「……何!?」
瞬間、イサとカレルとレイシーが一斉に武器を無造作に振った。
いくらこの三人でも、そのような攻撃は当然に防がれるが……防がれる事自体が狙いであったとしたら?
ズグっという音が全員の耳朶に奇妙に大きく鳴り、デメトリオの体が僅かに傾いだ。
デメトリオの太ももに小さめの矢が突き立っていた。
「これは……!」
「あ、当たりました~~!」
「大金星だな、セイラ。ここに留まるだけでなく、最強の騎士に傷を負わせた。著しい成長と言えます」
予想外の狙撃手。それは当たり前のようにセイラだった。
三人が動きを止めたときに、レイシーが付けた甲冑の傷へと目がけて矢を放つ。作業としてはそれだけだが、自分なぞ石ころ程に価値もない場で評価を覆して見せたのだ。
「やってくれる……派手な動きは全てこの4段目の備えに対してというわけか」
「そのように甲冑に身を包んでいては、奇襲を空気の流れで読むのは難しかろう」
「ひどいこと言うけど、セイラの気配自体がこの面子に紛れたらゴミより小さく感じるだろうしね」
「あの……せめてネズミとか動物になりませんか? なりませんよね……」
デメトリオは下手に鏃を抜かずに、矢羽と僅かな柄を切り裂いて、鎧下のベルトを締めて止血だけ施した。それぐらいは待ってやると言わんばかりに、締め終わると同時にイサが挑み掛かる。
先ほどと似たような剣戟を繰り広げるが、最後はデメトリオの頬に浅く傷が走る。イサ一人相手にだ。
「そして……技量が伯仲するほどに僅かな差で結果は驚くほど変わる。終わりですね、デメトリオ。貴方はセイラという小さな虫に刺されて倒れる」
古来より英雄は僅かな手違いで命を落とすのだ。それは蠍の針しかり。
デメトリオは苦笑した。自分が英雄とは考えてみたこともない男だ。
「この結果はもとより分かりきっていた。そもそも、貴方方と一対一でも分からないのが勝負というものだ。だから……使わせてもらおう。使いたく無かったものを」