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青閃と銀閃の灰都探訪  作者: 松脂松明
第2章・中層平民区画
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第22話・崩壊のハジマリ

 カレルとデメトリオが会話をしている間に、イサは階段を登りきった。

 古代に栄華を極めた文明の名残を感じさせる石段だったが、途中からさらに模様が緻密になったのが気にかかった。数多の経験を持つイサでも不安を感じた程だ。それでも好奇心の赴くままに会話すら無く、それでいて注意深く進み……そしてたどり着いてしまった。終着へと。



「あ……鐘の音が……近い(・・)。でもどうして――」

「馬鹿な……」


 

 階段の終わりには未だに頑健さを保った、黒ずんだ鉄格子が嵌められた扉があった。その格子の間から先の様子を見ることもできた。

 視線の先に朧気に映るのは豪奢を極めた建造物と、それらを統べて一際威容を誇る城。中層区画でもかなりの装飾が施されていたが、“先”はその比ではなかった。

 上位の灰騎士の甲冑と同様に、全ての物が輝きを保ったまま。まるでこの幾星霜の間にも手入れを欠かしていなかったような佇まいで、見るものを魅了してくる。


 しかし、視覚よりも聴覚と心に訴えかけてくるモノがあった。高く高く伸びた尖塔の頂上から美しい鐘の音が響き渡るのだ。

 イサが……いいや、この地に集った探索者達全てが夢見た、魔都の中心地であった。


 あり得ないことであった。

 この魔都カルコサは小国にも匹敵すると言われた、超古代の遺跡なのだ。圧巻なのは何よりもその広大さであり、それが常に探索者達の道を阻む第一の壁だった。


 ところがどうだ。

 イサ達は中層区画を確かにかなりの距離走り回った。だが精々が一日程度の時間だ。

 中央へ近くなればなるほど距離は短くなるとは言え、所々に拠点を設けて長い計画の下に駆けずり回った下層区画と比べれば……この距離は短いにも程があった。


 全てを快楽とする信条のイサにさえ、この変化に戸惑いを隠せない。

 例え後方からの援助がか細くなろうとも、かつてのようにこの中層区画を長い時間をかけて攻略していくつもりだったのだ。その決意が空振ってしまった。



「レイシー、あれは幻覚ですか? 私には我らが最終目的地に見えて仕方がありません」

「間違いないと思うよ……鐘が呼んでいるのが僕にはもう感じられる。少なくとも、魔物と灰騎士……そして僕を縛る鐘があそこにあるっていうことは確かだよ……」

「えーっと、でも良いことじゃないですか。何ていうか……楽になったことは確かですから! 強そうな化物も見当たりませんし……」



 セイラの言うとおりである。何事も楽な方が良いし、楽にするために入念な準備と鍛錬を行うのだ。その方法は一つも間違っていなければ、現状はむしろ好転したと言えるだろう。

 上層まで攻略したいと願う探索者は、大幅に減少するのだ。距離が短くなって灰騎士達の驚異が目減りしたのならば、イサ達自身と誰かの攻略確率は飛躍的に上昇する。



「一旦、戻りましょう。このことについてデメトリオに聞くのが良い。レイシー、鐘を眼の前にして離れるのは貴方には耐え難いでしょうが……」

「ああ、大丈夫だよお兄さん。不思議と前ほどは引き付けられないんだ……鐘の言葉がはっきりと聞こえて、ちょっとぼーっとしちゃうけど」

「調子が悪くなったら言ってくださいね、レイシーさん」



 再び階段を降り始めるが、一行の足取りは焦りから速くなっていた。

 進むときよりも早く元の中層区画へと戻ってくる。


/


 デメトリオとカレルは話し終えていて、気まずい沈黙を保っていた。

 頭目であるイサ達が帰ると、少しばかりほっとしたような顔で年かさの元騎士は出迎えようとした。だが、イサ達の険しい顔を見て軽口はやめておくことにしたようだった。



「頭目殿……ここはやはり?」

「カレルは気付いていたのですか。誰よりもこの区画を歩き回ったという肩書が恥ずかしいですね。実際に見るまで思いもしませんでしたよ……それで? 教えて貰えるんでしょうね、デメトリオ?」



 聖騎士は背を預けていた柱から体を離して、うねる髪の下で目を開いた。

 その目には憐憫と疲労の色が濃いように感じられて、イサは奇妙に思った。



「勿論だ、イサ殿。戦うことにはなるだろうが、疑問は少ないほうが良い。それだけが私がこれまでに得てきた教訓だ。知らぬまま戦うことは神経を削るからな」

「……この上が見たまま、次の領域なのですね?」

「そうだ。我々は特殊な方法でこの魔都を監視してきたが、あの奇妙な鐘は一つしか無い。ゆえにこの上こそがこの魔都の中心地、カルコサの王城だ」

「それがなぜこうもあっさりと? 古代の魔法かなにかで我々が距離を一跨ぎにしているとでも?」



 イサが言うと、デメトリオは考え込む仕草を見せて一同をむしろ驚かせた。イサからすれば最も信じられない可能性を挙げたつもりだったのだが、その可能性があるというような態度だった。



「……我々はその可能性を考慮していなかった。おそらくですまないが、違うのではないかな?」



 真摯に知らないというデメトリオの言葉でイサは奇妙な心持ちでほっとした。だが、続けられる言葉で再び不安に陥れられることになる。

 ウロボロス教団の考えていた。あるいは感知していた可能性はある意味でイサの冗談よりも現実味の無い話になったのだ。



「イサ殿は既にあらかたの事情は把握していることと思う。この魔都と我々が呼ぶ都市は、かつて地上を統べた王が水底に眠るという存在の力を借りて作り出した理想郷だ」

「あ、本当だったんだ」

「嘘は言いませんよ。面白くありませんので」

「……理想郷というのはいささか誇張が過ぎるかも知れんな。我々からすれば魔物が跋扈する魔都にしか見えぬのだから、箱庭と呼んだ方が正解か。ともあれこの街は古代の王の理想通りに変わらぬ営みを、悠久の時を超えて維持してきた」



 デメトリオはそこで一息置いた。

 気付けばイサ達は話の続きを待ち望んでいた。



「この街の守りは硬く、いかなる勢力の侵入も拒み続けてその形を保ってきたが……今から十数年前に変化が現れてしまった。ミロンという男が下層を超えて、魔都カルコサへと侵入を果たしてしまう」

「はぁ!?」

「とりあえず聞いてくれないか? ……本来カルコサと呼ばれているのはここ中層区画と王たちの上層区画だけを指して、下層は含まない。探索者達がそこで留まっている内は、王の理想と相反しなかったが……このミロンの働きによって箱庭に異分子が混入してしまうこととなる」

 


 街の秘密が明かされている中で、あの野郎というごく低次元な感想が全員の頭をよぎる。

 下層区すら未踏破であったはずの古代都市。そこでミロンは常にその他の先を行っていたが、理由は何のことはなくとうの昔に突破していただけのことだった。



「ってあれ? 影の魔物は? ミロンが昔通ったのなら、なんでまだいたのさ」

「特殊な遺物を使えば通れる場合もあります。私が下層区の最終段階にいなかったのも、そのためだな。ある種の法則が支配する場ではあるが、同等の神秘を持って相対すれば絶対ではない。……イサ殿とレイシー様の遺物で通れる道も探せば見つかるでしょう」



 レイシーに対しては敬語のデメトリオが腰の太陽剣をこつこつと叩いて示す。

 確かにイサ達は早々に壁を乗り越えられるかを実験して、そこで順序を踏まなければ不可能だと見切ってしまっていた。違う道に気付けと言うのは難しいだろうが……イサの〈好愛桜〉とレイシーの〈蛇神の顎〉も同格の代物だとデメトリオは言っていた。



「多くの物事がそうであるように、緻密に作られた物ほどわずかな傷で破綻しやすい。ミロンという遺物が混入したことにより、古代都市を覆う神秘は破綻をきたし始めた。そしてここにイサ殿とレイシー様が現れたことで、傷はヒビへと変わって致命的な傷となった。距離が近くなったのも、もはや地上王には理想郷を留めておける領域が狭くなってきているということだ」



 そこでデメトリオは挨拶でもするような自然な仕草で剣を抜いた。

 咄嗟に反応して腰の物に手をかけて構えたのはイサだけである。それほどに淀みのない洗練された動きだった。



「遠からず、魔都カルコサは崩壊する。ゆえに我らはその前に最大の成果物を収穫することに決めた……レイシー様、私とともに来ていただけますかな?」



 貴人に対する仕草でデメトリオはレイシーを差し招いた。

 レイシーがそれに応じることは無いだろうが、その前に貪欲なる狼はそれを許しはしない。



「私を無視しないでくださいよ。寂しいじゃないですか。カルコサが崩壊するというのなら、その前にやることは有り余っている。あの城を制覇しなければならないし……あなたとミロンを下さねばならない。まずは目の前……最強の聖騎士と戦う機会を私が逃すとでも?」

「狼というよりは狂犬だな、イサ殿。どの道そうなるとは思っていたが……良いだろう。これが私の最後の冒険というわけだ」

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