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青閃と銀閃の灰都探訪  作者: 松脂松明
第2章・中層平民区画
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第21話・聖騎士と元騎士

 命を奪い合うことなく別れを告げた。

 それはとても素晴らしいことだ。貪欲な狼面すらそう思っている。彼らを食らうことはできなかったが、それもまた次の機会があるということの証拠でもあった。一流の冒険者達は例え魔都を離れても腕を上げ続けるだろう。

 生きて帰れれば、再び会うこともできる。目標を遂げた後には外での再会すらあり得るかもしれない。そのときには熟した酒樽を開けるように、さらなる味わいが待っている。


 しかし……まずはこの男を乗り越えなくてはならない。


 階段の前に陰鬱な男が待っていた。

 うねる黒髪に真白な肌。長身に白い甲冑を纏い、腰に帯びるは伝説の〈太陽の剣〉。大きな影は偉丈夫に見えなくもないのだが、全身から倦怠感に似たモノが漂っており健康体に見えない。

 屈強な病人。そのように相反する印象を自然体で両立させて、最強の聖騎士はイサとレイシーを待っていたのだ。



「貴方らしいのか、貴方らしくないのか。いまいち判断が付きかねますが……回りくどいですね、デメトリオ。勝負を望むならば私もレイシーも拒む性質(たち)ではありませんよ?」

「それは分かっている。だが……我々にも善意が全く無いわけではないのでな。騎士をはじめとした人々を退かせる。そのための理由付けには多少の痛い目と甘い蜜は必要だった」

「言っている意味がわかりませんね」



 素直に告げるイサに、聖騎士デメトリオは後背にある階段を指さした。

 世界の真理を告げる賢者のように、ゆっくりとした仕草だった。



「行って、見てきたまえよ。君になら判ることだろうし、レイシー様に至っては感じられさえするだろう。私はここで待っている。挑戦は拒まないのだろう?」



 何か言い返そうとしたが、イサは興味が勝った。

 白い甲冑の横をすり抜けて階段に足をかける。階段は奇妙に感じられるほどに真っ直ぐで、そして大きい。イサにレイシーとセイラが続いた。



「カレル?」

「頭目殿が見てきてください。いささか気になることもあり……そして一応は聖騎士長を見ている者も必要でしょう?」

「しっかりとしているな、カレル。実にお前らしい」



 デメトリオの言葉は称賛にも似た響きがある。カレルが気付いて、イサが気付かないこともあるのか。

 イサはしばらく興味深げに仲間の顔を見ていたが、結局は先へと進むことにした。レイシーは小首を傾げて、セイラはカレルを気遣わしげにしながら、歩みを再開した。


 思えば元騎士と騎士の顔役。語ることもあるのだろう。

 それを邪魔するほどに一向に無粋さは無かった。



「カレル。冒険者としての位はどこまで上がった?」

「銅。下から三番目だな。まぁ外なら既に金や銀でもおかしくは無いそうだが……その辺りの順番を踏みにじる気はない。こつこつと上がることにしている」

「そうか」



 イサ達が階段を登って行くと、残された二人の間で言葉が交わされた。不思議と穏やかな時間が流れていく。

 陰鬱の騎士が今や隻腕となった元騎士へとかける言葉には、少しだけ温かみが感じられた。

 真実惜しいと思っているのだが……それは騎士としてか、あるいは人としてか。



「お前が冒険者へと鞍替えしたとき、幾分騒ぎになった。とはいえ私はそこまで驚かなかったがな。多くの自由騎士、傭兵騎士……特にこの街に来るような連中が騎士という肩書にしがみつくのはその看板の建て付けすら怪しいからだ。

生まれも育ちも大樹のように根強いお前には、真の道は見えずとも誠の道が見えている」

「単純で悪かったな」

「そう悪く取ってくれるな。私個人としては、お前やアンティアのような者が現れてカルコサの騎士も捨てたものではない。そして、いずれは偉大な存在になるかもしれない……そう期待できたのだ」



 デメトリオとカレルはそこまで親しかったわけではない。だが、それほどに期待されていたということにカレルの胸は傷んだ。それは、年長者であるから仲間よりも多く見てきたその瞳にも気付いたからだ。



「詳しくは知らんが、考え直せデメトリオ。お前はまだ若い。それでいながら最強とまで言われた騎士が、教団の走狗で生を終える気か」

「それほど若いわけではない。それに私はもう疲れた。聖騎士でなく、普通の騎士になっていればとも思うのは確かだが……どの道私に選択肢など無かったのだろう。教団に見出された以上は、な。もはや知りすぎた私は死後も良くは眠れまいが、ここよりはマシだ」



 カレルは表面的にしか知らないが、それでもウロボロス教団が異様だということぐらいは検討がついている。強大な権力基盤を持った組織であるため暗黙の了解となっているが、兵士や傭兵……あるいは何の特徴もない町人が突然いなくなったりした時には多くの者が訳知り顔に声を潜めて「蛇に連れ去られたのだ」と口にするほどだ。


 己よりも若い者に救いが死しか無いというのはカレルにとって認めたくは無いことだ。そして同時にそこから立ち上がったセイラを高く評価していた。

 彼女は外からの助けがあったとはいえ、自虐と諦観の連鎖から抜け出たのだ。



「それに……お前の主達は最後の相手としてはこの上ない相手だ。ミロンでは人間味がなさ過ぎるからな。騎士の最後としてはまずまずだ」

「そのために……ここの灰騎士達を先に片付けておいたのか?」

「気付いていたか」



 この階層全体を舞台にした派手な追いかけっこの最中でも、灰騎士達が出てこなかった理由。それは単純に最強の騎士を相手にしていたため、手が回らなかったのだ。

 


「とはいえ、イサ殿達に見せたものを……主はともかく騎士達は知っているのかもな。上位個体は出てこなかったので楽なものだった」


 

 灰騎士達を相手にするのが楽? カレルは改めてデメトリオの実力に戦慄する。

 当のデメトリオは最後の戦いのような心持ちになっているようだが、果たしてカレルの頭目達はこの男に勝てるのだろうか?


 そんな心配を他所に、デメトリオは安心するように柱に背をもたれかけた。

 デメトリオからすれば、後は戻ってくる相手に何を託すかだけを考えればいいのだから。



「夢は終わるものだ。かつてのカルコサの王はなぜそんなことが分からなかったのかな? あるいは認めたくなかったのか……」



 そこだけは知りたかったというように、デメトリオはカレルとの会話を打ち切った。



 

 

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