第20話・伏兵の裏側で
「イサ! 先に進め! これが私達の最後の見せ場だからな、任せて貰おうか!」
「あなた方と別れるのは寂しいです、ハルモア。一太刀交えて見たかった」
「ならば、そら」
カツンとカタナと盾がぶつかる。
軽く拳同士を打ち合わせるようにするソレは奇妙な友情の証だった。〈好愛桜〉に触れた盾に少し切れ目が入って、ハルモアは目を見開いて驚いた後に笑った。
「これで一太刀だな。しかし相性が悪すぎる。私は貴様と戦わなくて良かったと思う……その代わり、いずれ会えたら一杯奢ろう」
「毒入りで無いのを持ってきますよ」
毒を下層で呷らされたハルモアに言う、イサの言葉にこそ毒が入っているが、それをもハルモアは笑った。
器の大きな男だった。
一党のためにコレ以上の躍進を行わないという決断は、良くも悪くもイサには行えない。そうした意味で言えば、頭目としてイサはハルモアの影も踏めてはいまい。
「さぁ行け。いずれ最上層の話を聞こう」
「ポッと出に負けるとはねぇ……」
サーレンやコールマーとは違って、ハルモアは仲間たちも連れてきている。
ハルモアのチームはすれ違い様にイサ達4人の肩を叩いて送り出してから、追ってきた騎士達へと向かい直した。イサ達が辿ってきた道はそのまま、一本道へと収束していく。
入り組んでいようとも、ここは街なのだ。来れる道も行ける先も限られている。だから最後をハルモアが守る。上層へと行くのはやはり冒険者が相応しいと信じるために、気に入らぬ者のためにでも盾を構えた。
「さて……このハルモアの鉄壁を通れるかな、騎士の落ちこぼれ共」
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「こんなものかしらっと。赤では無いけど、かけた時間を考えると微妙に納得行かないわね。ここは何かひっくり返すものでも持って帰りたいところだけれど……欲をかくとろくなことにならない気がするわ」
鴉面の美女リンギは、魔都中層の入り口付近広場で算木を取り出していた。堂々と机を置いて、椅子まで置いている。しばらくすると髭面の巨漢が茶を持ってきて、机の上に置いた。
巨漢に似合わない茶杯は2つあって、それはリンギとその客のためのものだった。
「正直、貴女がこの無謀な作戦に参加しようとしていた……なんて思わなかった。おかげで思わぬ出費と活躍だったわ。精神的には貢献ができてありがたいけど……うちの馬鹿どもに勝てるなんて本気で思ってたの?」
「まさか。流石にそこまで自惚れてはいない。けど信じたくなかったのも確かなのは認める……それはそれとして参加の理由は単純に我々が崩壊寸前だったから」
鴉面の対面に座しているのは美貌の女騎士だった。
金の髪と青を基調とした鎧は今日も輝いているが、表情は自虐の風味があった。女騎士アンティアだ。
個人としての腕前も悪くない上に、高い指揮能力を備えた稀有な人材で、リンギとは同類として幾度か顔を突き合わせていた。満更知らない仲でもない。
だから今回のように、騎士とその手下が体のいい数合わせとして消費される作戦に乗っかるのはおかしいとリンギは言っていた。
「我々のような自由騎士はこの街を探索するには向いてないのよ。冒険者組合に対抗して、騎士会の真似事を始めた先人が呪わしい。互いに協力しあう関係が築けていれば、それこそが花形への道だったのに」
「それはそうね。コールマーやハルモアのように、質実剛健が売りなのは冒険者じゃ希少種だから。チームに騎士が加わっていれば、もっと先に進めた集団も少なくないでしょうね」
「その機会は結局は失われたわけだが……今思えばそれもウロボロス教団の手管だったのかも」
領地を持っているような……そもそも自由騎士にならない連中は別として、この古都に集った騎士達は荒事専門がほとんどだった。骨董品を手にしても、目利きができずに買い叩かれることもしばしばで、そうした面においても冒険者ほど身軽ではなかった。
魔都の攻略が始まってから現在まで、そうした差が積もり積もって決壊しかけていたのだ。
「限界が来て、自棄になった者も多い。実のところ、ここ最近の連戦につぐ連戦で、私にはもう止める力が無かった。灰騎士がいくら手練とはいえ、被害が増えれば指導者の実力は疑われる」
「はぁ……じゃあわざわざ交渉の席を設けた私が一番損ね! あんた達の不参加を条件に、幾らか仕事を回したんだから! おまけに外に戻る連中の世話まで!」
「お前のことだ。どうせ、外でやり直す計画まで立てていたのだろう、リンギ? お前の持つ幅広い人脈もこの魔都ではそろそろ通用しなくなる。それに……契約は当然結んだ後だろう? なら、それに噛ませて貰っても良いじゃないか」
リンギは仮面の下で唸った。
アンティアとした取引は、今回行われた冒険者達への妨害行為に、アンティアとその賛同者は参加しないというものだ。時流に嫌々流されそうだった相手側は、面子が保てるギリギリの報酬で満足する。だからリンギの計算では、それほど高くはつかないつもりだったのだ。
そしてリンギは残留するチームとの間に、更に先の領域で見つけた代物を優先的に売買する契約を結んでいる。あわよくば、それでこの街で使った金を補填する気でいた。
カルコサには劣るが、未踏遺跡はわずかながら残っている。魔物の類も同様で、カルコサで活動していた冒険者は自然と外の世界でも通用する一流になる訓練をしていたようものだ。
そうしたノウハウを元手にした冒険者活動を行うのが、リンギの復帰計画。そこにアンティア達も加わりたいという。
「さて、どうしようかしら……メリットが無いわけじゃ無いんだけど。あなた達騎士って、維持費がねぇ」
「まぁゆっくりと考えればいいさ。私の仲間にしろ、お前の手下にしろ、今すぐ引っ越しを始められるわけでもない……ところで、お茶のお代わりは出ないのか?」
ため息をついて、リンギは巨漢に手で指示を下した。
中層区画の到るところで、戦闘音が響いている。だが、それのほとんどはおまけだ。命運をかけた一戦がもう少しで始まるだろう。
その結果次第で、もう少し赤字が増えるかもしれない。
リンギはもう一度ため息をついた。