第18話・第一の伏兵、鉄槌
人の騎士たち。追ってくる彼らの装束を仔細に観察する余裕が、イサにはあった。どの鎧も草臥れて、革紐の質すらあまり良さそうには見えない。それは魔都における活動によるものだけではない。単純に古さから来るものと、整備が行き届いていない証拠だ。
イサ達のような浄銀の一党は羽振りが良い。騎士と冒険者の違いはあれど、イサを頭目とした一党は安定して稼いで生きていける。いや、単純に生活するだけならそれまでの蓄えで可能だった。
日々の生活から装備の充実に怪我の手当まで、イサ達と食い詰め者の間にある差は悲しいほどだ。
「そんなに怯えんでも、その弓ならさほど効果はない。試しに撃ってみると良いぞセイラ」
「はっ! はぁああい!」
「お、一歩前進?」
振り返りざまに放たれたセイラの射撃は実に無様なものだった。セイラ自身成長を続けているが、標的が初の対人。加えて走っている最中ともなれば仕方はない。
やや間の抜ける音と共に飛んだ矢だったが、運良く追ってくる騎士の甲冑に突き立った。突き立ったとは言っても表面に軽く刺さって、運良く落ちなかった程度だ。
「おおっ!」
「矢が飛んでくるぞ! 盾を構えろ!」
「……馬鹿なの? あの人たち……」
元々軽装中心の冒険者であるイサ達と金属鎧がほとんどの騎士たちでは速度差がある。小型でも盾なぞ構えれば差が縮まることは無いのは当然だ。
それもセイラの小弓程度を警戒してなのだから、泣けてくる。
「とりあえず元気そうで良かったです!」
「うちの馬鹿は放って置くとして、あちらは既に勝った気分でいるのでしょう。勝ち戦で怪我をしたくないというのが本音。そこまで自信があるのなら……」
後方ではなく、前方からの足音をまずレイシーが、次いでイサが感知した。
彼らの総人員数よりも後ろで糸を引いている者がどれだけの金を出したかに、一行揃って呆れるほどだ。
「馬鹿は馬鹿なりに、これぐらいはしてくるでしょうね」
流石に騎士ではないが、それなりに装備の整った相手だ。足音はばらつきこそあっても、乱れはない。それらから読み取れることは金で雇われた傭兵か自由戦士ということだ。規律は厳格でないが、修羅場は嫌と言うほどくぐってきた気配。
人が集まれば戦士の需要は生まれる。極端に言えば自身は一切戦えずとも、手足が強ければ良いのだ。質の低い戦士ならば容易く逃散するが、ある程度弁えた連中は契約を大事にする。寝返りは期待できない。
「元騎士としては情けないが、こちらの方が後ろよりも強そうだ。まぁ頭目殿と副頭目の相手になれるほどではないと推察するが……いかがする?」
「組合長には悪いですが、札を一枚切りましょう。殺すのは容易なんですけどね、手加減するとなれば数が多すぎます。というわけで、ここはおねがいしますよコールマー」
相手がイサたちの先に兵を配置していたのは地形の利用だ。イサ以外の者が中層に入っていない訳ではないし、イサ自身受けた以上は中層の調査報告はしっかりと上げている。
だからイサに知識としてのアドバンテージは無い……と考えるのは間違いだ。実際に誰よりも中層を多く歩いたのがイサであり、そして景色を多く見たのもまた同様。
どこなら隠れやすいか? などと考えるのは戦士なら基本だ。
「おう! 我輩の体格で隠れているのは辛い! いい加減に飽きてきたところよ!」
戦士たちの列が曲がり角にさしかかった。まさにその時、屋根の上から巨漢が降ってくる。着地の痺れなど一切気にせぬと、そのまま鉄槌を横殴りに振り抜いた。
後方の騎士たちよりも重厚な鎧。髭を立派に蓄えて、まさに豪放という言葉を体現した上位冒険者コールマーが援軍となって降り立ったのだ。ようやく姿が見えた傭兵たちも大概に強面が多いが、コールマーの放つ威圧感と比較するのは流石に可愛そうだろう。
「あの図体で、結構器用だよねーあのおじさん」
レイシーの感想はそのままイサとカレルと同じものだ。
身を潜めるに適した場所とはいえ、隠形をして待機。さらに相手が死なないようにあの巨大な鉄槌を精密に操っている技量。外見通りの膂力と、予想を裏切る多彩さがコールマーという男の持ち味なのだ。
「では我々はこちらを周りますので、後は任せましたよー」
「はっははぁ! さっさと行け! 路地では邪魔だ!」
「まぁ……そうですよねぇ……どう考えても敵と一緒に潰されてしまいますし」
狭い路地内で巨大な鉄槌を思う様に振り回すコールマー。
技量が高いことは既に告げたことだが、家屋の壁を巨大なやすりのように削り、ノミのように粉砕しながらの進撃を見ればどうしても力任せな印象が残る。あるいはそれを含めての印象操作なのかもしれなかった。
「……仲間を連れて来なかったのはわざとでしょうかね? 素なのか計算なのか判断が難しい人だ。個人としてはサーレンより下と見ていましたが、あの人を食うのも楽しそうですねぇ」
「はいはい、物騒なこと言ってないで次行くよ、お兄さん!」
そう、この騒動はまだまだ収まらない。
狙いは当人達には未だ分からないが……しかし、対手の狙いがレイシーであるというなら敵にはまだ見せていない切り札がある。それだけはイサも確信するところだった。