第16話・冒険者達の今後
入り口街。冒険者組合支部である酒場兼集会所の窓からひょこりと可愛らしい影が2つ覗いていた。
魔都に似合わぬ二人だが、目線の先の光景はあまり可愛らしいとは言えなかった。商人達や通行人の群れの中心で二人の男が殴り合っている。
片方は薄いが金属鎧を着た細めの男で、もう片方は草臥れた革鎧と無精髭のむさ苦しい男だった。恐らくは騎士と傭兵だと思われる組み合わせだ。
「最近、多いですねぇ。喧嘩。まぁこんな街ですから元から多かったですけど、さらに増えました。でもレイシーさんが見物するのは意外ですね」
「いやぁ。何か聞き慣れない言葉が聞こえるからさ」
「こっから聞こえんのかよ……」
馬の面に差し込んだ葦のストローで器用に茶を啜るサーレンが呟いた。目線の先とは言うが結構な距離がある。レイシーの怪力や敏捷性は知られているが、こうした細かいところは知る人も少ない。
「シャクイってなにさ?」
「改めて聞かれると何と説明すれば良いものやら……まぁ、人間の地位を示す一つの指標だ。冒険者も石ころから始まり、アンオブタニウムまであるだろう。それと同じと考えればいい。違うのはまぁ……逆らうのが難しいところか」
レイシーへの世間の対応は以前と変わらず。つまりは相も変わらずの疫病神である。
それでも丁寧に応えるのが人徳の主。猛牛の仮面を上へとズラして解説するハルモア。伊達に唯一真っ当な浄銀だと言われてはいない。相手がレイシーでも内心はどうであれ、未来ある若者のために紡がれる言葉が彼の内面をありありと示している。
「ふーん。お兄さんは持ってるの?」
「いや、持っていませんね。聖職者は似たような扱いを受けることもありますが……実家からも勘当されていますし」
聖職者もある種の特権階級である。帰依する宗教宗派は別として権力者もどこぞの神様の下にあるのが世間の常識だ。影では貧乏と言われようと、イサの実家もそれなりの尊敬を受けていた。
だが、勘当された人間は元が何であれ最下位層の所属となる。法が機能している場所ほどその傾向は強く、そんなイサが冒険者になったのは必然だ。
……とはいえ、イサはその手の悩みを持ったことがない。バカにした奴を見返すのは面白いことであったし、勘当自体が妖刀を持ち出した代償としては安いと思ってさえいる。
「大体、カルコサに来るやつで爵位持ち様なんていないだろ? 爵位持ちの冒険者だの、遊歴騎士なんて外でも少ないぞ。なぁマスター?」
混ぜかえすサーレン。その発言は極めてマトモだった。
冒険者に貴族家出身者がいるのは珍しくない。だが、そうした連中がカルコサまで来るかと言えば答えは否だ。未知の宝庫に返り咲いても危険が大きすぎる。カルコサは後がない人間と、頭がない連中と、頭のネジが外れた連中の楽園として絶賛稼働中なのだ。
しかし冒険者達の代表が返したのは意外な答えであった。
「ふむ? 確か……デメトリオ殿は持っているんじゃなかったかな。切った張ったの現場では彼ぐらいで、学者達の中に二人ぐらいいたはずだよ」
「マジかよ。物好きにも程があるだろ」
開いた顎が仮面の下からちらりと見える。サーレンは本気で驚いたらしい。
サーレンとは違う意味でイサにとってもやや意外だ。デメトリオは聖騎士……つまりはウロボロス教団に仕える騎士だ。それが世俗の顔を持つ事実が意外なのだ。周囲が思っているよりも複雑な男なのかもしれない。
「身分と裕福さは噛み合わないもの。騎士爵か准男爵ならあり得なくもないか」
「生まれはともかくにしても、成功してから爵位を買う人もいるわよ。私も引退したらなにか買ってみようかしら?」
独り言のようにつぶやくコールマーに呼応して、リンギは菓子を突きながら憂鬱に会話に加わった。昨今の情勢で、リンギの先行投資は無駄になりつつある。とっとと逃げ出したくなっていてもおかしくはない。嫌いなレイシーのいる会話に加わってくる辺り、精神的にだいぶ痛めつけられているようだ。
「アンティアは? あの人偉そうだけど」
「あー、その変ややこしいからな。持ってるとすれば女騎士としての騎士位だけで、その上は無いだろうな。冒険者家業って男女平等社会だから意識しないけど、騎士業界ならぬ貴族社会はな……」
「なんだか感無量ですねぇ」
「うむ……」
会話が続く。奇妙な光景だ。
何年も遠巻きにされていたレイシーが友人とまではいかなくとも、受け入れられている。そのことにセイラやカレルは涙が出そうだった。
しかし喜んでばかりもいられない。こうした光景が続くのはここに集うのが上位冒険者達だけになっているからだ。
「……で、全員揃ってるから聞くけどよ。どうするよ、これから」
雑談ばかり楽しんでもいられない。
というか、外の喧嘩も関わっていないわけではないのだ。サーレンが改めて出してきた話題に、街きっての冒険者達は己の答えを告げていく。
「騎士達と反目する雰囲気が強くなっているな。魔都相手の冒険は既に戦のような趣を発し始めた。内も外も難敵なれば、一党のためにここで退くことも考えている。私だけならともかくな……臆病と罵ってくれて構わん」
「やーい、臆病者!」
「殺す」
「罵って良いんじゃないのかよ!」
温厚なハルモアにも面子がある。それは冒険者にとっても大事なものだ。昔の冒険者は臆病者と言われたら即座に殺せ、と教わったという。年齢的にハルモアはその風習を直に教わったのかもしれない。
狭い中で殺し合い初めたサーレンとハルモアを無視して、話は進む。ともあれハルモアも自分の考えを示したのだ。ここで表明しないのはいかにも格好が悪い。
「私もねぇ。違約金何かもあるから中層の遺跡を片っ端から集めたら撤退するかもね。まぁ逆に言えば元を取るまでは帰れないけど。騎士との仲違いは教団の仕込みっぽいけど、情報は有料ね」
「教団ですか。そのうち水薬も満足に手に入らなくなるかもしれませんね」
「……お前はどうするのだイサ」
「多少惜しいですが、入り口街が機能している内に最奥まで行きます。よくいる賢者よりは史上唯一の愚か者の方が面白そうですからね。それに街のごたごたも、魔都の中ではさほど気にする必要もない」
いかにも剛毅な発言だが、地上も地下も含めての最奥だ。戻れなくなる可能性の方が高い。
イサ自身も戻れるかは怪しいと感じているが、それゆえの探検と冒険だ。例え戻れずとも最後まで見届けて、相棒との決着を果たそう。イサが惜しいというのはじっくりと古代の街を観察できないところで、命ではないのだ。
「そうか。我輩も出来る限り、暴れるとしよう。敵に背を向けるのは耐えられん」
「あ、俺も諦めてないぞ。イサの野郎よりも先に進んでやるからな」
ハルモアの手で顔面をわしづかみにされながらサーレンが言う。
それを上等とイサは笑う。イサの場合はミロンを対抗馬と見ているが、似た感情ではあった。
「騎士達も本気で我々に仇なすつもりなら、来るでしょうね。素晴らしいことです。デメトリオは何があっても食って置かなければ……」
騎士達の思惑は香辛料のようなものだ。上等の料理であるデメトリオを食らうための味付けだ。
「カレルとセイラはついてくるの?」
「もちろん!大体、イサさん達からの報酬が私の生命線ですし」
「恩を返さなくてはな。命がけぐらいが丁度良かろうよ」
「こうしてみると皆変わってるねぇ。お兄さんの言ったとおりだ。皆、皆、変なのが普通なんだね」
レイシーはいつもと違う物柔らかな笑みを見せる。
これからの冒険は己を知るためのものである。そして横にはいつも銀狼がいる。ならば恐れることなど何もない。再び鐘の音を聞きに行こう。その音に酔うためでなく、見極めるために。
「お兄さんは、決着って言ったけど。多分、このカルコサでは僕らの決着は着かないだろうね」