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青閃と銀閃の灰都探訪  作者: 松脂松明
第2章・中層平民区画
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第14話・戦いの後で

 銀閃が敵の四肢を飛ばす。

 飛ばされた腕や脚が足下に転がったが、あまりの切れ味に未だぴくぴくと蠢いている。それは灰騎士達が持つ超自然的な回復能力の発露でもあるのだが、同等の奇跡によって阻害されて来す混乱で叶わずにいる。


 青閃が首を飛ばす。

 こちらは無貌に近い顔についた、目と口の穴が大きく広がったままだ。

 永劫と輪廻を断つ処刑用の祭具でもある〈蛇神の顎〉の異能は、不死に対するカウンターがそもそもの役割であるため、イサの〈好愛桜〉よりも速攻の毒と化す。

 

 揃った両翼は魔都にとってまさに鬼門と言える存在と化した。

 つい先日までは、両名共に……特にイサにとっては……灰騎士は容易く倒せる存在には遠かった。それを可能にしたのは敗北という経験だ。

 イサはザクロースに。レイシーは魔都に。敗北して、救われた。

 その苦い経験が二人にさらなる熟練を促した。一つの勝利が初心者にとって躍進の機会であるように、初めて舐める辛酸が新たな境地へと導いたのだ。

 敗北が決定的に心をへし折る可能性は低くはないが、もとより超一流であるイサとレイシーは即座に切り替えて払拭を果たしていた。


 戦いの趨勢は決まった。

 この戦いはイサとレイシーの勝利に終わる。



「ふふん。快勝ですね」

「ま、こんなものだよね~」

「どこがよ……」


 カラスの面をつけた、豊かな肉体の持ち主。仮面を付けていても美女と分かる佇まいは女冒険者のリンギだ。

 銀鴉(ぎんあ)の美女は苦々しげにイサとレイシーを睨みつけた。同時に刃鞭を一振りして、小気味いい音と共に鞭の汚れを払う。相手が灰の騎士だっただけに、血はほとんど付いていないが、リンギも相当に戦ったことが見て取れる。

 眼前の二人は今回の戦闘における功労者だが、それでも抑えきれない嫌悪と不満が仮面の下に現れているだろう。大体にして真っ当な冒険者からすれば気味の悪い連中であり、集団を率いるタイプのリンギからすれば厄介事そのものとも言える。



「……私が呼び寄せた冒険者達にも相当な被害が出たわ。木っ端じゃない第4位階や第5位階からもね。出来る限り消耗を避けようとしたけれど、このざまよ。そして前に出た勇猛果敢な騎士様達からは、コレよりも多くでているはず。それがどういう意味か、わかっているのかしら?」



 このざま……灰騎士達がいなくなった後に残されている人々からは、うめき声とすすり泣きが聞こえる。負傷者の嘆きと、死者を痛む声。

 イサがそうであったように、水薬を買う余裕がある者は負傷から早く立ち直れるだろう。だが全ての者がそうではないし、何より死者は蘇らない。

 しかし探索者たちと敵対関係にある灰騎士達は違う。多少の傷ならば修復されてしまう。もっと悪いことに魔物でもあるために、遺物を使用して殺害しなければ復活さえするのだ。イサやレイシーが倒したもの、敵の武器を奪って使った者達が倒したもの以外は、再び攻めてくる。



「ジリ貧よ……このままじゃ負け確定。どうにかしなければ、割りに合わなくなる。そうなればカルコサの探索は絶望的になって、これまでかけた時間も努力も全て無駄に……」

「なんでぇ? 逃げたい人は逃げればいいじゃない」


 

 レイシーの呑気な態度にリンギは頭痛をこらえる。シワを寄せた眉間に手をやってもみほぐしながら、子供に言い聞かせるように続けていく。



「ここしか行く宛の無い冒険者の方が少ないのよ? 割に合わない……単純にそう思われてしまえば、少なくとも新参者達はいなくなる。冒険者がいなくなれば商人だって撤退していくわ。貴方、どうやって食事をするの? 魔物を食べる? それとも一から畑でも耕すのかしら」

「入り口街が無くなるのは困りますねぇ。まぁ人の欲はきりが無いですから、本当に追い詰められるまではそう簡単に引かないとは思いますが」



 イサとレイシーはこの辺りに周囲とのズレがある。

 イサは何事も楽しむ信条だが、未だ見ていない魔都中心と水底を見るまで引くという考えは無い。無様な敗走を楽しむにしろ、一度挑んでからであり、入り口街に関しても本当に無くなってから憂うだろう。遠くを見通せる頭はあっても、自ら近視眼的になりにいくところがあるのだ。


 レイシーはある意味においてイサよりも遥かに視野が狭い。

 そもそも魔都の生まれであり、魔都に生きてきた。外的な縛りがイサによって切り裂かれても、それで出生が変わるわけではない。レイシーにとっては他の国こそが見知らぬ世界である。まず魔都を攻略することがレイシーの始まりなのだから、引くというのは考慮にすら値しなかった。



「気楽でいいわね、あなた達は!」



 外とのつながりが強く、それを利用することに長けるリンギからすれば溜まったものではなかった。利用するにしても相応の見返りか、見てくれの良い何かを吊るす必要はあるのだ。それを用意できなくなれば、リンギはむしられる側に回ってしまう立場にあった。

 リンギは強者であるという自負はあるが、単身で通じると思い込める程でもない。戦士としては技に偏り過ぎているのも問題で、どうしても通じない事態も出てしまうのだ。

 個体として万能型であり、立場も気楽で、脳の中身は狂っている二人に腹を立ててさっさと退場してしまった。配下に対する手配など、やることは腐るほどある。狂人にかまっている暇は無かった。



「怒らせてしまいましたね。私はリンギのことは好きなのですが……」

「むっ……そうなの?」

「ええ、まぁ美人ですし。あと、見ていて面白いですね。余裕の無いところなど特に……しかし、余裕の無さですか」



 イサは視線の先を、歩き去るリンギの尻から外して別のところへと向けた。

 その先には金の髪が美しい女騎士アンティアの姿がある。手際よく、凛とした声で周囲に指示を出して撤収の準備を進めているようだ。彼女の指で人の塊が動いて死体や負傷者を動かしていく。

 イサは異性に対する視線を向けていたのではなく、疑問による目を向けていたのであった。

 


「リンギとアンティアは似た立場……性格的にはむしろリンギより狷介な性質でしょう。だというのに、リンギよりも余裕がある。一体、なぜ……?」



 被害はより前に出た騎士達の方が大きいはずだ。騎士派には兵士上がりや小者も多い。被害がそちらに集中していたのか? ……どうにもそれだけではない気がしてならないのだ。


 一瞬だけアンティアとイサは目が合った。すぐに向こうから目を逸らされたが、不快なものを見た目と同時に勝ち誇ったような色があるのをレイシーは見逃さなかった。

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