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青閃と銀閃の灰都探訪  作者: 松脂松明
第2章・中層平民区画
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第13話・ひとまずの報復を

 銀狼と上位騎士はにらみ合う。

 集団同士の激突を横目に、そこは彼らだけの世界だった。レイシーが集団戦に再び加わったことで、このお膳立てをしたのだ。その事実と、これから始まる死闘がイサの胸を熱くさせる。

 イサは一度、上位騎士に敗れている。相手は別人ではあるが、これもまた雪辱戦となることに疑いは無い。先の僅かな接触で、巨漢の灰騎士が自分を上回る手練だと知りつつもイサの必勝の念は揺らがない。



『ふ、ふふ……ザクロースめが。これは虚偽の報告か? やつの底も知れたというものだ。このデウローンが尻拭いをしてやるのだ。むせび泣いて感謝するが良い』

「おやおや、もう勝ったつもりですか。あの御仁と仲が悪いとお見受けしますが、似たところもあるのですね」

『ほざけ、蛮族』



 円筒に似た兜から漏れる声は蛇に似て耳障りだった。

 対手を見下すのが自然体である男のようで、ゆっくりと芝居がかった動きで手をイサへと向けてくる。



『貴様はあの男に一撃で敗れたそうではないか。こんな風にな……〈イーラ〉』



 篭手に包まれた手が赤光を放った。そう思ったときには既に遅し。

 人の胴体ほどもある火球が、目にも止まらぬ速度で直線を描く。そしてその進路上に立つものは、燃え砕かれることになるのだ。それこそが火球の呪文。単純にして強大な魔法である。

 デウローンのそれは威力を重視しており、ほとんど爆破に近いもので着弾と同時に轟音と煙を撒き散らした。



『ふっ、蛮族など……所詮は斯様なものよ』



 煙が晴れる。

 熱球の余波を受けて、赤と黒を加えた石畳だけがそこにはあった。聖都に仇なす愚かな蛮夷の末路は塵も残らぬ……



「……馬鹿なのですか? 貴方」



 はずであったのだ。

 しかしイサは着弾点から僅かにズレた場所に立っており、それが当然であるというように無傷であった。術の性質上、爆破されるか無傷かの二択しかないのだが、心底落胆したかのようなイサの態度がデウローンの精神を滅多打ちにする。



「ザクロースの偉かったところは、蛮族などと侮らずに私が初見であろう技を、躊躇なく選択したところにありました。確かにその火球はそれ自体脅威ではありますが、使えると知っていれば単発を貰ってやる道理も無し」



 武であれ、弁であれ、勝負事において相手の未知をぶつけるというのが基本にして究極だ。ザクロースとイサが交戦したと知りながら、全く同じ手で倒せると思ったデウローンは恥を晒した。

 そして、奇襲の機会でもあった時間を弁舌に割いているのはイサの戦術だ。イサはデウローンを舐めてはいない。〈イーラ〉を放った直後に攻めれば、恐らく手傷を負わせるだけに留まっただろうと判断している。

 だからこその攻撃ならぬ口撃。

 これまでの相手の会話から、相手が嫌がる言葉を徹底的に選択していく。



「なるほど。貴方、ザクロースよりも格下なのですね?」

『……!』



 相手が最も気にしていることを突きつけて、冷静さを失わせる。

 イサが知りうる情報では憶測でしかないが、それが事実であると銀狼はほとんど確信している。

 階級こそ同じでも、王や周囲の信任はザクロースの方が圧倒的に上であり、デウローンがそれに劣等感と不満を抱いていることを想像するのは難しくは無かった。



『目が腐っているようだな……格下? この私が? あの男よりも?』



 円筒兜の下で目が輝いているのも想像できた。

 そしてイサは段々とこの上位騎士という存在がどういった連中(・・)なのかを、薄々察し出していた。


 要はこの連中は我が強いのだ。余りにも端的だが、そうとしか思えない。

 下層の魔物達は鐘の音に従っている節があった。一般の灰騎士達はある程度の個性こそあったが、話したりするようなことはなかった。

 つまりは化物に変えられても、さして変化が無いほどに強靭な自我を元々持っていたのだろう。



「そうなのでしょう? 劣等感丸出しです。本当は僕の方が強いんですぅ。とか思ってるのに、本人に挑むのは躊躇したりしてません? それで大人な自分偉いとか?」

『殺す』



 沸点を即座に超えたのは全てが図星だったからだ。

 イサに自覚は無いが、イサが他人を評価すると相手は異常な程に怒るという稀有な才能があった。さらに性質が悪いことに、自覚は無い癖にそれを利用することができるということ。もっと悪いのはそれで褒めているつもりがある時である。

 

 宣言通りの猛然たる攻めをデウローンは開始した。

 握っているのはランス。俗に馬上槍と呼ばれるもので、探索者達の側では女騎士アンティアや腕が健在であったときのカレルが使用している。

 しかしデウローンが使用している物はこの二人の武器とは全く違っていた。


 まず大きさ。

 馬上槍というだけあり、本来は馬に乗った上で使うが、それもすれ違いざまに勢いで突き刺すためのものだ。アンティアやカレルが使っていた物は地上用にするために小型化したものだ。

 だがデウローンのソレは本来の大きさそのままである。つまりは振り回すのに全く適していないはずなのだが、それを剛力で可能にしている。


 材質と形状の違いも大きい。

 デウローンのランスは総金属製。それも円錐状に太く、頑丈であり、中に空洞など存在しない。

 ここまでくれば槍というよりは鈍器の類だ。


 圧倒的な質量を、並外れた膂力で振り回す。長い上に砕けぬ武器が、剣のような速度で振るわれるのだ。長さから当然に地面にも接触するが、事もあろうに石畳を粉砕して抉り取っていく始末。

 どのような戦士もこれを受け流すことなど出来ないだろう。

 上位騎士に相応しい猛威である。



「かかりましたね」



 短く言ったイサは狼面の下で笑っていたのだろうか。

 迫りくる少竜巻を前にイサは……なんと〈好愛桜〉を構えたまま待ち構えていた。明らかな自殺行為としか見えないが、イサにも流石にその趣味は無かった。


 カタナを硬く保持して、迫る金属の塊に合わせる。

 衝撃で吹き飛ばされ無いように、細心の注意を払って身体を浮かせるようにしながら、決して手から得物が離れていかないように力を込める。


 それは奇妙な光景だった。

 音すら断てずに、総金属のランスが真二つに分かれていく。僅かな時間、デウローンとイサは目が合った。デウローンに顔があるなら、その目は大きく見開かれていただろう。

 そしてイサは笑っていた。


 〈好愛桜〉は無形の概念すら断つが、それは切れ味の極地から来た副産物に過ぎない。この妖刀にかかればどんな物であろうと、熱されたバターとさして変わりはない。

 デウローンのランスは〈好愛桜〉と接した場所から己に込められた力で勝手に切断されていくのだ。

 

 身体能力でデウローンが上であろうと、最初から結果を読んでいたイサが一手早い。

 返す刀で、未だに輝きを保つ神秘の甲冑をも切り裂いて、魔都の守り手を両断した。



「わざわざ、私の土俵まで上がってくれてありがとうございます。貴方は本当に良い人だ……そして勝つのはやはり私だ」



 イサからすれば魔法と武術を併用される事態を避けるのが勝利の絶対条件だった。そのための悪口であったのだ。激情に任せて突進した時点で、デウローンは騎士からただの怪物へと自らを貶めたのだ。


 戦いの趨勢は決まった。

 もうイサとレイシーを止められる者は、この場にいない。

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