第12話・愛が生贄を捧ぐ
門の上に登る意味は無いが、高所に登る意味はある。
イサからは戦況がよく見えていた。
騎士達の防衛線は今にも決壊しそうなほど、綻びを見せていた。
今や50名ほどへと膨れ上がった灰騎士達はもはや騎士団と呼べる規模となっているのだ。それを考えればむしろ良く保ったと称賛しても良いぐらいであろう。
灰騎士は一人一人が高位の冒険者や騎士に匹敵する力量を持つ。そして、全員が同じ旗の下に集う同士で構成されていた。おぞましいほどに連携が取れており、人というよりは蟻を思わせた。
「コールマーとハルモアはやりますね。早々に場所を変えたのも、こうなることが分かっていたからですか。確かにアレを相手取れば多少優れた程度の個人など意味を成さない」
「まぁ……多少ならば、でありますが」
含みをもたせたカレルの言葉で、セイラは懐いている相手が消えたことに思い至った。周囲を小動物のように見渡した後、首を傾げて言う。
「あれ? レイシーさんは?」
「あそこだ、セイラ」
世間話をするような気楽さでカレルが指で示した場所。
そこには水へと小石を放ったように小さな穴ができていた。そしてそれは波紋となって周囲を揺るがせ始めるのだ。それが想像できたイサは苦笑する他ない。
「あのいたずらっ子め。しかし、前より強くなってるような……」
「集による暴力も、突き抜けた個体には無意味というわけで……いやますます堪りませんな」
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灰騎士は浄銀と同程度の力量を持つ怪物である。その強さを疑う余地は無い。
だが、青閃にとってはたかが浄銀と同程度である。イサという浄銀の頂点近い存在であればこそ、辛うじて比較対象となり得ていたのだ。
「あっははぁ~~! みんな、こんなのに苦戦してたの!?」
……正真正銘、生まれつきの怪物が舞い降りる。
着地と同時に独楽と化すレイシーは、状況をひっくり返すに足る実力を持っていることの証を早々に打ち立てた。
嘲りとともに唸る長柄のハルペー。際物でしか無いはずの武器についた刀身に、敵を的確に捉えた挙げ句その勢いでまとめて3体を切り捨てる。
つまり、並の浄銀3人を瞬殺してのける力量をレイシーは備えている。
子供が積み木の玩具を蹴り上げたように転がる四肢。枯れ果てた肉体からは血すら出ないが、それがかえって光景の異様さを増していた。
冷たい路地に手や足の形をした物体が転がって行く。それを行うのが童子めいた外見の持ち主なのは悪夢のようで、敵も味方も目が自然と惹きつけられる。
「ちょっ……」
「おま……」
大部隊を持つリンギとアンティアは何かを言おうとするが、言葉にまでできない。
近頃とうとう気が狂ったと聞いていたが、回復したのか?
戦力の一つとして誰かの指揮下に入れ。
余計なことはせずにどこかへ行け。
問うべきことも言うべきこともごまんとあるのに、名高い女傑ですらそれを口に出せない。
レイシーという存在は忌み嫌われている。生まれがどうと理屈を付けているが、結局の所理由は一つだけだった。レイシーを見ていると誰もが不安になるのだ。
それはあらゆる常識と秩序にヒビが入るのを見てしまうから来る。
子供はか弱く、大人に守られるもの。
――子供めいた小さい体躯。それでもレイシーは単純に強い。むしろ小ささが利点にすら化けている程に。
男が戦うべきか、女が戦うべきか。
――レイシーが男か女か、誰も知らない。そもそもそういった違いがあるのか?
人型を殺すことへの呵責は?
――そもそも自分たちも最終的には殺す。
レイシーは鏡のように見た者の胸中を暴き立てて、かきむしる。
ならばこそ敵である灰騎士たちもまた、恐れるというもの。
「■■■――!」
殺到する灰騎士達だったが、それはらしからぬぎこちなさを含んでいた。振りかぶる剣、突き出される槍に僅かな躊躇が見えている。そんな攻撃を食らってやるレイシーではない。
小馬鹿にして、わざと大げさな動きで躱していく。
レイシーという混ざりものは、魔都の騎士達にとっては致命的な存在である。
なにせレイシーは幾らかは彼らと同じ楽園を共有しているのだ。カルコサ騎士からすれば守る対象である。
だが、同時におぞましい蛮夷で、得体の知れぬ存在でもある。
人は異教よりも異端を憎む。その道理に従えば徹底して排除すれば済む話。
……であるはずだが……
灰騎士達は軽業師のごとく飛び跳ねるレイシーによって、ただひたすらに撹乱され続けた。
なぜか?
それは灰騎士達の使命とは、地上王によって押し付けられたに等しいものだからだ。得物の違いなど幾らかの個性は残ってはいるものの、根幹を同じくしているのは文字通りの根っこを掌握している者がいるから。
植え付けられた純粋な衝動は僅かな影響で染まりやすかった。
高い能力以上に脅威であった群体としての機能が揺らげば、決して倒せぬ存在ではなくなる。レイシーはただ現れただけで灰騎士の脅威を半減させてしまうのだ。
『どけ、雑魚ども!』
それでも変わらぬ者もある。
他の灰騎士達とは全く違う、きらびやかな甲冑に装飾の入ったランスを手にした騎士が、仲間を力づくでどかしながら最前線へとたどり着く。
王とより密接に繋がっている彼らは内面までもが他の灰騎士とは違っていた。使命と精神を合一化させた上位騎士は余分な要素を宿すことが可能。
王の直属でもあるカルコサ上位騎士が自ら陣頭へ立つのだ。
『うぬれ、外道めが。容姿を盾にしたとて、この俺は貴様を捻り潰すことに何の躊躇も無いぞ。我らが聖都の威光を這って拝むが良い! ぬぅりあ!』
本来は馬上でささげもつ突撃槍を小枝のように振り回し、石畳を破砕しながら迫る上位騎士。馬の要らぬ戦車めいた突撃に、レイシーは未だ余裕を崩さない。
上位騎士を侮っているのではない。ただ狙い通りだからだ。
「ありゃ面白そう。お兄さんに譲らなきゃ良かったかな?」
『戯言を!』
猛然とした突きを宙返りで躱す。
誰かのために戦うということは何も騎士の専売ではない。レイシーにも自己と同じくらい大切なものがある。人としての当たり前。しかしレイシーには今まで無かったものだ。だからこそ余裕は崩れない。
「よくやりました。レイシー」
『!?』
静かな声とほぼ同時に襲い来る横殴りの一刀。放った者の技量も確かながら、その得物の切れ味の凄まじさは使い手が霞むほど。
レイシーの相棒にして好敵手、親愛を捧げる狼がその毒牙によだれを垂らしていた。
「上位騎士。ザクロースでないのが残念ですが、とりあえずの意趣返しと行きましょう。少しばかり大人しくしていろよ我が愛刀」
『銀狼……貴様、生きていたか。ザクロースめが、口ほどにもない』
「お兄さん、頑張って~」
ここから先に進むにはかつての己を超えることが絶対条件。
再開された戦場を背景に、浄銀の狼と黄金の騎士が対峙した。




