第11話・一党の復帰
中層域の攻略はここに来て難渋している。
より正確に言えば頓挫の瀬戸際にさえあったのだ。その原因はやはり灰の騎士達。背後にある民草達を守らんとする気概を持った彼らは勇者となって、おぞましい蛮夷の侵略者共を相手に攻勢へと出た。
魔都の新住人にとっては意味不明な、それでいて彼ら自身には確かに理解できる言葉で鬨の声をあげて灰騎士達が押し寄せる。
戦場は魔都南部。かつて無形の影が守っていた門を抜けてすぐの場所であり、入り口街からやってくる冒険者達にとって、中層で保持している数少ない拠点の一つだ。
旧人達にとっても、新参にとっても譲れぬ地だ。
「下がれ、下がれ、冒険者ども! ここは我ら騎士が受け持つ場だ!」
「うぬぅ……騎士どもめらが。戦となれば張り切りおって……」
凛とした女騎士の声に忌々しげに舌打ちした上位冒険者コールマーはしかし、素直に戦列を譲った。
その横を女騎士アンティアは悠々と駆け去っていく。
馬に乗っておらずとも、地味であろうとも、守勢にあっては集団戦闘の訓練を受けた上位騎士達は冒険者達よりも上手である。その事実を恥とともに飲み込んだのだ。
事実として灰騎士達の軍勢は先程までのように容易く押し込められなくなったのか、戦線は均衡へと戻り始めた。その光景を一部の冒険者達は拳を握って見つめるだけだ。
未知へと挑むことを本懐としてカルコサで活躍してきた上位冒険者達だったが、未知から挑まれるという事態に後手に回っていた。才があって名を為してきた冒険者達は、多くが我流独学の武芸であるから攻めには強くとも守りに置いては本領を発揮できずにいるのだ。
「ま、楽で良いじゃない。火に手を突っ込むのはお嬢さん達に任せましょう?」
美貌の女騎士に含むところでもあるのか、女冒険者リンギは平坦な声で告げた。
コールマーは片眉を上げる。ここでこんな真似をしていいのかという思いがあるのだ。コールマーとて冒険者としての誇りはあるが、一致団結した敵に比べればこちら側のなんと寄せ集めなことか。
しかし一方で冒険者側の軍隊……というよりは愚連隊はリンギの傘下だ。万事顔の広いリンギの意向を無視することはできないという事実がさらに忸怩たる思いを掻き立てた。
「とはいえ、私達も手柄なしでは面目が立つまい。嫌なことに金や命より重要なことがあるからによって、何隊かは少々迂回してでも突っ込むべきだ」
その気持を代弁する者が現れた。
顎に傷のある歴戦の風体。盛りを過ぎたはずの肉体に、コールマー以上の重装備などこの街には一人しかいない。
「ハルモア殿! 身体はもう良いのか!?」
「お前ほどではないが、健康だよコールマー。仲間の復帰も待っていたので随分と遅くなってしまったがな……既に突っ込んでいっているアレはサーレンか? 仲間もなしによくやる」
浄銀の冒険者が揃いつつある。
後はイサだけだが、近頃は行方がしれない。死んでないとすれば、あの狼面もまたミロンやデメトリオのような行動でも取るようになったのかとさえ思える。
戦場は広場めいた場所だが、元が複雑な都市である。回り込む場所には事欠かない。せっかちなサーレンは家屋の屋根伝いに横合いへと移動したようだ。
リンギの部隊にこのまま現状を維持させておけば、他の小規模なチームが動いても目立たない。悪巧みが決まった冒険者達はニヤつきながら篭手を打ち合わせて、別れていった。
鉄と悲鳴の合唱が響く戦争めいた光景の中では小規模の集団は目立たない。
コールマーとハルモアがそうであるように、門の上に立つチームもそうなのだ。
「傷を治して来てみれば随分と混沌としてますね。ハルモアの戦いぶりは見たことが無いので楽しみです……同時に現状を知りたいのですが、セイラはまだ正気に戻らないのですか、カレル?」
「まぁ少しぐらいは許してやってください頭目殿」
主の狼に苦笑した元騎士は、相棒でもある低位冒険者に目をやった。
セイラの背はさほど低くないため、小柄なレイシーに縋り付く光景は奇妙だった。
「レイジ~さぁぁん! 良かったですよぉ~~!」
「ああ、はいはい。何度目なのコレ。後治ったわけじゃないからね。これからだからね?」
「まぁ……レイシーを助けたのは実質的にはセイラですね。そうでないと今頃餓死してたでしょうし……しばらくは好きにさせておきましょう」
「そうですね。それぐらいはセイラの約得でしょう。ともあれ我々は下に加わらなくとも良いので?」
眼下は混戦模様。灰騎士はどこに今まで潜んでいたのか、既に騎士団といえる規模で攻めてきている。魔都側の総数はどれほどとも知れず、さらにその質は異常に高い。
一方の入り口街側は常に全力で防衛に当たっており、いずれ疲弊する。ならばイサが下に降りて同胞の消耗を避けるのもまた手だが……そんな殊勝な心がけをイサは持っていない。
「まだですね。我々で言うところの上位騎士も、敵の中にまだ見えない。どうせ狙うなら大物です」
美人のアンティアやリンギが危機に陥ったのなら、助けないとも限らないがと心中で呟きながら戦いを見守る。こうして他者の観戦をするのもイサには楽しみの一つだが、同時に自分を倒したザクロースへの復讐を企てている。
複数の感情を存分に漲らせる頭目を呆れながらも、カレルは懐かしさもあり悪くないと感じている。
「しかし……灰騎士のさらに上位種ですか。ようやく片腕に慣れてきたところに……堪りませんな」
「今のカレルなら普通の灰騎士にもそう引けは取らないでしょう。ですが上位騎士が敵に出てきたらセイラと共に動き回ることをオススメしますよ。口で言っても実感するのが一番でしょうからね、アレは」
「レイシ~さぁぁん!」
「ああ、鼻水が服に……」
戦模様と同じくらいに混沌とした一行の中でカレルは聞いた。
「ところで頭目殿……門の上に登る意味は?」
「無いよ?」