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青閃と銀閃の灰都探訪  作者: 松脂松明
第2章・中層平民区画
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第9話・強制覚醒

 灰から金へ。金から灰へ。そして時折重なる濁った青。

 世界が混濁すれば、同時に青閃も混線して異常を来していく。


 正確にはコレが本来のレイシーと呼ばれる生命にとっての世界なのだ。身体にとっては普通でも、ヒトとして育ったレイシーの脳は真実に耐えられるようにはできていなかった。


 冒険者の死体から生まれた。

 レイシーが忌避される理由の源泉である噂だが、それは正しく起きたことだった。そして誰も知らないことがある。


 レイシーはヒトであり、魔物であり、同時に水底の血を引いているのだ。

 それが偶然ならばこれほど出来すぎた話も無い。たまさか母体となった冒険者がカルコサ王族の末裔であったなどと……そして父親は水底の民の末裔であったとくれば最早冗談の類。



「……あっ………はぁっ……」



 法悦にも似た絶望の吐息とともにレイシーは崩れ落ちる。

 手当たり次第に暴れまわった時期もあったが、異なる3つの世界を認識し続けた精神は限界に近い。精神の疲労を肉体的疲労へと転化することで自衛してはいるが、本能による防衛反応では解決には至らない。


 魔都の住人として鐘の音に釣られた結果がコレであり、自滅だ。

 しかし同時に魔都にエネルギーを供給する源である水底でもあるため、死に至る事もない。そして何よりもヒトであるがゆえに双方から同時に排斥される定め。


 生まれが全てを決める。

 レイシーをこれまで生かしてきた、恵まれた素養が裏返って牙をむく。



『私達、現在を生きる人間ではコレを使うことはできない』



 鐘の音に混ざって聞こえてきた声が、レイシーの意識を引き上げた。その声はとても親しみに溢れていて、優しく、恐ろしいものとしてレイシーの精神に響いた。



「お兄さん――?」



 自分の相棒。

 普通の人間でありながら、普通からもっともかけ離れた男。化物であるレイシーを対等に扱い、他者と同じように愛して、同時に誰よりも敵対してくる者。銀色の狼。



『私も試してみたが、駄目でした。手品程度以上にはなり得ない。そこで、ですよ?』

「やめ――」



 分かっていたはずだ。彼がそうした人物であるからこそ、レイシーもまた彼の下に集ったのだと。

 遠くから眺めるだけの他人ならば、弱ったレイシーを遠巻きに笑うだけだ。だが銀閃は違う。


 彼はレイシーを対等に見ているからこそ、親しいからこそ容赦がない。



『私達とは違うというあなたではどうでしょうね? 見ればもう限界の様子。そのまま壊れた人形のようになるのなら……』



 彼にとって、全ては己のためにある。

 他の人と同じに扱うからこそ、レイシーもまた例外には当てはまらない。落ちたフクロウは狼に食われるだけだ。



『実験体になってください、レイシー。そもそも勝ち逃げなどされるのも堪らない。このまま腐るぐらいならば、私に負けてから死ね』

「それ――なに?」



 狼が笑う。何一つ気にすることはないのだと。

 

 優しく押し付けられるのは、宝石に見えたが実際には石ころだ。そのあたりの石と違うのは、表面に美しい青の文様を描く光があること。

 レイシーは恐怖していた。その石だけは何故か、他の光景と一切重ならないでそこにある。


 レイシーの血にはかつて在った神秘の存在が記録されているが、この石はその時代にあってすら唯一無二の代物。神代を伝えるおとぎ話に登場するはずの物。



「――んぅっ!」



 それが入り込んでくる。

 ただでさえ三界に翻弄されるレイシーへと、神界の御力を注ぎ込む。内面を散々に蹂躙されているところに、粗塩を刷り込むような真似だった。



「はぁっ……!だめだ、なにコレ……!」

『聖盤と言うらしい。貴方には馴染み深い物かもしれませんね?』



 神々がヒトに文字を与える際の教本。それは言葉通りの力を世界に齎す、いわば魔法の原型。本来、正しく遺物と言えるのは世界にあってこれだけだ。

 それと比べたならば聖剣魔剣の類も、新品と言えてしまうのだから。

 

 強制的に使用者にされた青閃も、それを押し付ける銀閃も知ることが無いが、それと同じものは現在においてウロボロス教団が一つ保有しているだけ。

 見出された2つ目が今、世へと出る。


 〈増強〉に次ぐ〈混交〉。

 それは世界の本質と行くべき道を指し示している。


 後代が前代より劣るというのは本来は在ってはならないことなのだ。先へと進むほどに、様々なものが混ざり合って強化されていくことこそがあるべき形。

 世界が求める理想像。運び手と同じように、真理もまたレイシーに容赦が無かった。


 種族と時代の垣根を超えたレイシーは誰よりも強くなければならないのだから。


 糸が切れた操り人形が、蛇神の鎌を手に取りゆっくりと立ち上がる姿を、狼は笑って見ていた。



「与太話だと思っていましたが、事実のようですね。私が使えないのは業腹ですが、それならそれで使える者が持っていなければ勿体無い。……さて、出会いからろくでもなかった我々に相応しい、本来やるべきことをやりましょうか? 酔っ払っているところに薬を無理やり……さぞ腹が立っているでしょうし」



 銀閃がその名の通りの銀を抜く。

 無形の概念すら断つという絶世の名刀。かつては半信半疑だった伝承を信じることで、本来の効果を取り戻しつつある。そしてそれをモノにできなければイサは死ぬだろう。

 少し前までですらレイシーはイサより強かったのだ。そこに聖盤を投入すれば力関係がどうなるか。子供でも分かることなのだが、銀狼は優しい笑みすら浮かべている。



「戦いましょうか、レイシー。私も貴方も座して腐る質で無し、どうせならば命を賭けた大博打と行きましょう。死にかけて思ったのですが、命って大事ですから」

 

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