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青閃と銀閃の灰都探訪  作者: 松脂松明
第1章下層貧民区画
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持たざる者が恵まれていないとは限らない

 愛するフィアナへ。

 君の父上が出したおとぎ話のような難題を達成するために、私はこの魔都と呼ばれる僻地にまで赴いてきた。魔物を倒せ、と仰っていたが魔物なんて実在するはずもない。でも、ここならあるいは……と私は考えた! そして、その考えは驚くべきことに的中していた。

 この街には奇怪な姿をした生物が闊歩していたんだ!(多分、何かの動物の変種か何かなのだと思う)。いずれにせよ、ここで少しばかり名を馳せたのならば君の父上も私達の結婚と愛を認めて下さるだろう。

 その日が来るのが待ち遠しい。



「そして、頭陀袋に頭を取られた……と」



 哀れな犠牲者の手記は、どちらかといえば恋文の草稿のようだった。少なくともこの都市の深みに迫れるような内容では無い。酷い言い方をすれば、所詮は最初の区画で倒れるような戦士のモノだ。

 どうやら犠牲者は魔物と呼ばれる異形の怪物とも出会ったことが無いようであった。アレらは確かに世界に実在はするが……滅多に出会えない珍獣のようなモノである。この街には腐るほどいるようであるが、いずれにせよ些か戦闘経験が不足していたと結論づける他はない。


 しかし腑に落ちないこともある。彼の手記にはあの魔犬も巨漢も出てこないのだ。そして、イサ自身もレイシーと出会った日からアレらに出くわしたことはない。

 しばらく考えてから、イサにとっても嫌な結論に達した。



「レイシーめ。やってくれますね……けしかけるつもりで引き連れて来ましたか」



 イサがレイシーの気にいるような人物なら良し。そうでないなら自分の手を汚さずに始末できる。実に単純な理屈だった。

 店主はレイシーのことを一番の問題児だと言っていた。敵をわざわざ誘導してくるような者は確かに問題児だろう。しかも、優秀過ぎるために手放すこともできない。

 心情的にも嵌められた側が“アイツならやりかねないな”で済んでしまうのは、嵌めた側の人徳あるいは魅力というものだろう。イサにとっても不承不承ながらそうだ。


 腹いせに踏みつけていた敵の頭に鉈を叩き込んでから、イサは文字通りの一息をついた。周囲を見渡せば踏んでいた相手と同様の姿をした死骸が16体転がっている。

 骨で出来た槍のようなものを持った人間状の怪物。肌は薄く緑がかっており、頭部は鳥と魚の中間といったところだ。人間状なのは確かだが、骨と皮だけで出来ているような不健康な細さである。

 そして……弱い。駆け出しでもどうにかなる程度の強さであり、四つ目犬などとは比較するのも馬鹿らしい。精々が人間の新兵ぐらいであり、イサにとっては烏合の衆であった。警戒すべきは長柄の武器を持っているという点だが、それも粗雑だ。


 この程度の相手を念入りに潰したのは、イサがこれから行う実験を妨害されたくないからだ。イサの眼前には壁があり、遠くには一際高い王城らしき建造物が霞んで見えている。

 壁の作りは現代と同じ。緻密に組まれてはいるがレンガ状の石材を組んで、漆喰のようなもので固めてあった。

 

 古代の壁は長い年月を耐えたとは思えないほど、しっかりとした姿を保っている。それでも、脆い場所は確実に存在した。それを手探りで少しづつ探し当てながら、露店で購入した安価な短剣を差し込んでいく。


 イサの狙いは誰の目にも明らかだろう。近道である。

 魔都は広い。都市としては異常なほどであるため、それをバカ正直に回っていれば一つ向こうの階層までたどり着くのにさえ何ヶ月経過するか分からない。


 だからそれは自然な発想だった。高すぎるために短剣の数は足りず、一旦降りて骨の槍まで使用して足場を組み上げていく。出来上がる歪な階段、鋼と骨が組み合わさっている姿は邪教の祭壇じみていた。


 そうしてイサはとうとう壁に手をかけた。地面を愛する剣士と言えども、身体能力を活かせば軽業の真似ぐらいは容易いのだ。

 とうとうたどり着く上の階層へと手をかけた。



「――なに? グッ!?」



 壁を超えたと思った瞬間に、イサは先刻まで立っていた地面と接吻していた。それほど勢いを付けていなかったのが幸いしたのか、歯や鼻には損傷がない。



「馬鹿な、まさか本当に魔法の街だとでも……っ!」



 空間を曲げられたとでも言うかのような瞬間移動は、明らかに自然の法則を無視していた。お前はまだ(・・・・・)資格を満たしていないのだ、そう告げられるかのごとく分を弁えない新顔は地に落とされたのだ。



「あっはははっ!」



 遠くから嘲笑が聞こえる。見るまでもなくレイシーだ。

 そんなありきたりな考えは誰かが試していないわけないじゃないか。神秘を認められない者はここでは凡人に成り下がるのだ。生まれながらの強者が笑う。



「……段々腹が立ってきましたね」



 次に会ったら本気で斬り込んでみようか。恥辱を見られた剣士はしばらく本気で考えた。


/


 怒りが収まると腹が減ってきた。死骸の山に腰掛けながら、硬く圧縮して焼かれたパンを齧る。

 この街において飲食をどうするかは極めて問題だった。

 腹が減れば動けないのは言うまでもないことだが、腹が満ちすぎていても戦闘には良くない。それにあまり考えたくは無い事態だが、腹部に大きな損傷を負った際に空腹ならば助かることもある。

 荒くれ者から教わったことだが、消化されかけた食物が臓物に収まったままだと、傷に悪影響を与えることがある……というのがイサの大雑把な理解だった。


 革の袋に詰めたワインを飲む。これも悩みどころだった。本来は真水が嬉しいのだが、ワインで傷を洗うのが応急処置の定番である。

 

 そこまで考えて、イサは己の過ちに気づいた。準備などではない。

 神秘の実在についてだ。そう、この世界には確かに神秘が実在するのだ。例えば名も知れぬ遺骸から頂戴した水薬がそうだ。

 神官たちが神殿で製造しているとされるこの瓶入りのポーションは、自己治癒力を異常に高める。重症を負ってもこれを飲めば、治療が受けられる場まで保つとされるほどに。質は値段に応じて変わる上に、最下級のものですら一般人には縁が無いほど値が張るという欠点はあるが、だ。それゆえに製作者である専門の神官は魔法使いとも呼ばれていた。


 己のが帯びている得物とてそうだ。イサの生家にて保管されていた妖刀の類。目立って火や氷が出たりはしないものの、切れ味と耐久性は常識を超えている。



(今では失伝しているだけで、過去には発達していた? そして現在では極一部の特権階級が秘匿している?)



 だからといって空間や感覚まで干渉されるのは今なお信じ難いが……この街においては初心に戻る必要があるだろう。改めて思わざるを得ないが……それがどれほど難しいことか。珍しいことにイサは余り自信が無かった。


/


 冒険者というのはひどく曖昧な職業だ。熟練の兵士でも相手にできない怪物を、屠ってのける英雄……などというのは高位に限られていた。下の位階にはそんな依頼はそもそも回って来ない。出会うことすら無い。

 生まれた時、あるいは成った(・・・)段階での実力が物を言う先細りの職。名も実も下位の者はそこいらの労働者よろしく、安酒で愚痴りながら害獣駆除でもするのが精々。


 それでも成り手が出るのは、それだけ食い詰めた者が多いという証左でしかなかった。ならばいっその事傭兵にでもなれば良いだろう、と思われるが……人間とは不思議なものでそんな後のない状況でも同じ人と争うには抵抗感があるらしかった。

 そんな者が成れるのはただの便利屋でしかないのだが。


 だから彼女もそうしたその他大勢の一人だった。


 セイラは貧農に生まれたが、家族に負担をかけたくないだとか、死ぬ前に広い世界を見ていたいだとか、そうした甘い考えで冒険者になった。目的に感情、動機も斑模様で一貫していないのが只人というものである。

 何かを死ぬまで貫けるだとか、一つだけの目的に邁進できることこそが選ばれた者の特権、あるいは狂気だ。セイラはそうした素養を持ち合わせては、当然いない。


 そして彼女が属するパーティも同様の下位冒険者ばかり。世間に溢れている連中と違う点があるとすれば、それはこの魔都カルコサにやってきたということだけだろう。



「新しい冒険者が街に来たって聞いたか? 後輩だぜ、後輩。俺達もようやく先輩だ」

「リーダーの、その上澄みだけ聞いて判断する癖は良くない」

「なんでだよ?」



 リーダー役の年若い剣士と彼の幼馴染という無愛想な少女の言い争いを、遠くに感じながらセイラは会話に混ざることにした。



「新しく来た人は浄銀(ミスリル)の人なんだよ。私も話し半分聞いただけだけど……他所では凄い功績を打ち立てて、実質的には神青鉄(オリハルコン)級の実力者だって噂されてた」

「ええー、折角下っ端から抜けれると思っていたのに……」



 そう彼らは下っ端だった。上位の者が下位の者への命令してくるものではないが、役立たずで歯牙にもかけられていない。

 以前、珍しく声をかけられたと思えば肉盾代わりの役であったために、こうして下位同士でつるむ(・・・)ようになったのだった。

 所詮、私達は階級章通りの石ころ。まさに捨て石なのだ。



「でも……良くない噂を聞いた。その男はあの(・・)レイシーと組んでいるって……」



 レイシー。その名を聞くとセイラも、剣士もびくりとした。

 美しい姿とは裏腹に、関われば不幸が訪れると信じられている人物。その強さゆえに誰も面と向かって口にはしないが、その異常さは知られている。

 特に有名なのがその出生の噂であり、古株の者が語るには…



「ああ、止めようぜ! 化物退治の前に怪物の話なんてしてたら、ツキが落ちちまうよ! ……ようやく出会えたみたいだしな!」



 リーダーの目線の先。そこには小さな影があった。


/

 

 ふらふらとした足取りで、敵意があるのかも怪しい痩せこけた羊に似た魔物を確認する。石に相応しい最下層の敵だ。

 それでも油断だけはしてはいけない、そう彼らも学んでいた。少しでも怪我をすれば活動が難しくなり、仕事が中断される。数日ならば良いだろうが、週単位となればセイラ達は生活できなくなる可能性が大だ。


 この街では“中”で取れたものならば、全てが売り物になる。とはいえ門と隣接する区画の採取物など買い叩かれるだけだ。学術的に価値があるものは、とうの昔に取り尽くされていた。


 リーダーの指の動きに合わせて、未だ気付いていない“痩せ羊”を一瞬で仕留めるべく各所に陣取る。弱者であるこのパーティが兎にも角にもやってこれたのは、街の地形を利用して来れたことに尽きる。


 セイラは戦いの度に胃が萎む感覚を覚える。この時もそうだった。貧しい生活で戯れに父から簡単な弓の扱いを教えられたために、遠距離攻撃によって口火を切るのは彼女の役割だからだ。

 痩せた腕でも引ける小さな弓矢は大した威力も無い。それでも先手の有利が取れるのだ。



(神様、今日も上手く行きますように……!)



 どの神様でもいいからと、念じて放つと小さな矢は見事に的中していた。

 悲しげな声とともに揺らいだ四足生物に向かって、他の二人が殺到する。剣士が思いっきり長剣をかざして体当たり、次いで少女の短刀でトドメを刺す。これだけが彼女たちの戦法だった。


 痩せ羊は刺された時点で致命傷だったが、弱者達は念入りに何度も突き刺した。痙攣すらも止まるまで何度も、何度も。無駄と賢明さが合わさった戦いは数分の後に終わった。痩せ羊は腐っても魔物であり、しぶとさだけはあった。


 これで今日も口を糊することができる。羊と言うが頭部は気色の悪い猿のようであり、生首が一日の宿代ぐらいにはなるのであった。


 残心を決めるように、無言のまま頷きあう。この一瞬だけは先も無い一団にほんの少しだけ笑みが灯るのだ。

 次の瞬間、短刀使いの少女の顔が陥没した。


/


 ゆっくりと流れていく景色は現実味が無かった。だが、不思議と納得もしていた。ああ……終わりはやはりこんなものかと。

 羨ましかった凛々しい顔には骨で出来た槍が突き刺さって、原型を留めていない。独特で格好いいと思っていた灰色の髪も赤に染まった。



「ミレイ――!」



 ようやく起こった叫びはリーダーのモノ。誰より親しい人物へ突然訪れた理不尽に、名を呼ばわることしかできない。


 ゲッ、ゲッ、ゲッ。

 骨の槍を持つ痩せた緑色が出す音は……嘲笑だろうか? 人間の脆弱さと愚かさを高らかに歌い上げているようだ。


 死にゆく友ではなく、現れた敵対者に注目した自分はなんと薄情なのだろう。そう思いながらも、目は悍ましい怪物に釘付けになる。



槍持ち(スピアーマン)……なんで……こんな時間に?」



 魔物でありながら道具を使い、さらには群れさえするという、この区画の難敵。但し本来は夜だけに現れるはず。その敵がどういう訳か白昼に出現している。



「くそったれぇぇ! よくもぉ!」



 怒号を上げながら我流の剣を振るう剣士に対して、槍持ちは冷静だった。少し後ろに下がった後、的の大きい胴体に一突き。

 一直線の動きの剣士はそれを自分から迎え入れてしまう。倒れ伏して、喘ぐ苦悶の声。



「あげっ。く……そっ、セイラぁ……ミレイの仇をぉ……!」



 そこは逃げろ、とかじゃないのだろうか? ぼうっと考えながらも自己の手綱も握れない未熟者は、無意識に矢を番えてしまう。だってリーダーの指示だから、セイラには自分で考える頭は付いていないのだ。


 そんな動きをも槍持ちは嘲笑っていた。死体となった少女の髪を掴んで、前へと突き出してくる。心情的にもやり辛く、実際的にも矢を的中させる見込みは無くなった。

 ああ……どうして、こうなってしまうのか? 答えは弱いから。弱い私達は石ころのまま……救いは訪れない。先の見えた戦いに自棄になりかけた、その瞬間。



「んん。駆け出しの頃の気持ちは忘れてしまいましたね。この程度の相手に苦戦したことは……はてさて、あったかな?」



 槍持ちの腕が、掴んだ死体とともに落ちた。

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