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青閃と銀閃の灰都探訪  作者: 松脂松明
第2章・中層平民区画
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第5話・失伝の力

 高位騎士。高位冒険者。歴戦の傭兵たち。

 常人ではあり得ざる力を持った彼らは大槌で岩を砕き、針の穴を穂先で通し、その剣で鉄すら断つ。鍛錬や戦の経験などでは説明もつかないほどの、まさに常人離れ。


 しかし、それは所詮人の範疇に留まる。普通の石工でも時間をかければ岩は砕ける。槍で針を狙う必要も無ければ、剣で鉄を斬ろうとする意味もない。

 とはいえかつてはソレでよかったのだ。人の視点での化物であれば、世を渡るに困難は無い。時折現れるごく少数の怪物でも無ければどんな敵も彼らの前には鎧袖一触。ソレ以上を求める意味はそれこそ無い。

 突き詰めれば誰もが楽になるために強さを得るのだ。自己の極点を追い求めても、自身の生活の糧にならぬ。ただ単に苦労の種が増えるだけのこと。


 それがあの日、新しい階層への道が開かれた時変わった。


 敵は強さを増して、最低でも自分と同じ化物の領域にある。新しい物が見つかる度に下落していく“かつての”値段。生活のため、理想のため、矜持のため……思うところは様々だが人の頂点に座していたはずの彼らはさらに強くなる必要に駆られた。


 イサもまたそうだ。

 新しく見つかった灰騎士を招くスイッチ、“特定のガラクタに手を出す”。イサはその行為をわざと行い、灰騎士を呼び出す。さらにその足で付近の灰人を転ばして、もう一体追加していた。水が流れる現役の水路脇で死闘が幕開けて、既に四半刻近かった。


 イサという男はやや奇怪な性格をしているが、本質的には勝つことが好きな人間である。灰騎士は浄銀とほぼ同等の強敵。つまりイサはわざと危機的状況に自分を追いやっている。



「シェィアッ!」



 セイラが見ていれば目と耳を疑っただろう。イサが掛け声で劣勢の自身を鼓舞している。皆がさらなる強さを欲している中で、灰騎士は確かに手頃な強敵だが、それは一体が相手の場合だ。

 正式の剣術を身に付けている灰騎士は数を増せば増すほど脅威度は飛躍的に跳ね上がる。そこらのチンピラとはわけが違うのだ。



「少々自信を無くしてきましたよ……! もっと、もっと、もっとです! 私はこの街を食らう侵略者なのですから、貴方方はもっと必死になってください!」



 自分を追い込み、その状況を打破することで飛躍を図る。一般的な修行の形ではあるが、命を代償に差し出してまで行う彼は狂っていると評されても仕方がない。

 現にイサは二体を相手取り、徐々に押され始めている。わざわざ貪欲なる狼が宣言するまでもなく、冒険者はこの街の者にとっては侵略者。手を抜いてやる道理はない。


 重いが短めで取り回しやすい大鉈で、灰騎士の剣戟をひたすら捌く。

 回転する独楽同士のぶつかり合いのように、一瞬で戦況が幾度も変わる。



「……!」

「………!」

「はっはぁ! 流石にやりますね! それにどうやら意思も知恵もあるようで素晴らしい……喋ることが独り言にならずに済みますからねっ!」



 喜悦に似た感情を発露させながら、イサが攻勢に出る。

 押されている現状では悪手のように見えるが……実際には逆というのがイサの発想だ。このまま守勢に回っていれば首がついている時間がわずかに増えるだけ。

 


(そもそも……今までのは守勢とは言わない。考えなさい、私よ!)



 襲いかかる剣を死なないように捌く。それは咄嗟の防御ではあっても、最終的な勝利を得るための守勢とはなり得ない。そもそもイサという貪欲な銀狼が目指すは全ての収奪。

 すなわち攻防一体こそが、彼の本領だ。



「「……!?」」



 しかし、イサの心中を知る由もない灰騎士達は若干の動揺を見せる。

 ほんの僅かな時間でもイサが天秤を揺り戻す切っ掛けとなるが、これまで理知的な戦士と見えていた狼が突然、特攻まがいの戦法に出たのだから彼らを責めるのは酷だろう。


 その寸毫を利用してイサはそれまで以上の回転速度で大鉈を振り回す。

 困惑のまま受けに回ってしまった灰騎士達だが、二人いるため立ち直りも早い。これまで多くの同胞の仇であり、蛮族の首魁と見られる狼を討ち果たす好機。相手が愚かな真似に出たのなら、その気を逃すまい。


 これは、彼らからすれば決闘ではない害虫駆除なのだ。

 そしてそれが明暗を分けた。


 砕ける鋼。

 それは古びていた(・・・・・)

 破壊されたのは大鉈ではなく、灰騎士たちの剣。攻防一体によりイサが狙っていたのは武器破壊であった。


 回転数を上げたのは相手の得物に無理をさせるため。どういった技術で作られているのか、未だに切れ味を保っている灰騎士達の剣は遺物なのかもしれないが……少なくとも壊せる武器であると見抜いたのは自身も遺物を持つ身であるからか。

 恐らくは予備のナイフを取り出そうとしていたのだろう。灰騎士達は咄嗟に何かをしようとしているように、腰を探ったまま兜を大鉈で一撃された。兜が肉に食い込み、再生を遅らせる。それを見たイサは腰のカタナで首を飛ばしてトドメとした。



「はぁ……まだまだ未熟。両方共剣使いでなければ負けていたのは私でしたね。二体を相手にはまだ難しいか……」



 槍持ちなら材質次第で同じ手が通用するかもしれないが、鉄棍などを持っている灰騎士がいないとは言えない。そうした意味でイサは満足とは程遠かった。


 本来灰騎士は出現した際には隊で相手をするのが推奨されている。冒険者の中で言っても浄銀ですら1対1で挑もうとするのはイサとサーレンぐらいのものだ。現状では遺物を持っていなければトドメ自体が難しい。遺物持ちでないのなら灰騎士の剣を奪って使う他はない。

 

 様々な要素を考えても、そもそも単独で灰騎士を安定して倒せることが異常なのだが……そこで自賛に耽ることはイサにはできない。なぜならばイサの目標は灰騎士程度(・・)ではない。

 いずれはデメトリオを下し、ミロンを超えるのだ。確かに灰騎士は難敵だったがあの二人には遠く及ばない。

 


(いずれ、いずれ……全く我ながら情けない! 今この瞬間にも彼らと戦う時が来るとも限らないのに!)



 戦いはいつ起こるか分からぬ者。そしてそこでは現在持てる力量で戦う他はないのだ。

 だがイサはいずれを期している。そのことが自分で愚かしいほどに情けない。そして何よりも――



(忘れてはいけません、その前に倒さねばならない相手の名を)



 ミロンとデメトリオは確かに倒さねばならない。だがその前にもっと因縁があり、身近な相手がいる。しかし、アレを倒して得られるものが無い。少なくとも今は。

 いや、こうした自己鍛錬ですらそこから目をそらすためでは無いか? 疑問が水のように溢れて止まらない。



「本当になさけな……」

『もう何も気にすることは無い』

「――!?」



 自分はそれほどに集中していただろうか?

 イサは久しぶりの驚愕を味わった。


 陰鬱な声。だがデメトリオのような声とはまったく異なる。理知的で、平穏な声音。だというのに聴く者の耳朶と脳をすり抜けていく。

 声の方角に目を向ければ、そこには一人の灰騎士が立っていた。


 心があるのは分かっていたが、灰騎士が口を利くのをイサは初めて知った。いや、この個体が特別だった。雰囲気も他の灰騎士と変わらないが、まず姿からして異なる。

 この灰騎士の装備は甲冑も剣も、全く草臥れていない。鈍い金の輝きで、施された装飾までも鮮明に残っている。ポールドロンに鷹の模様が描かれているのもこの時初めて知った。



『貴殿が我らの同胞の仇、邪悪なる狼か』

「……呼び名が付いていたとは知りませんでした。光栄ですね」

『ほう……人語を解するか。成る程、ただの蛮族とは違うと見える。獣と同じにするには忍びないが、これもお役目。貴殿はよく戦ったが、やりすぎた。ゆえ、このザクロースが遣わされた』

「もう勝ったつもりですか? 流石にそこまで弱くはないと自負しているのですが」

『ふむん。貴殿が剣巧者なのは見て分かる。シュレルトス、ガリードナ、ロウバッシュ……騎士たちが討たれたのも納得が行く。だが……』



 金の灰騎士が腕をかざす。

 いかなる攻撃が来ても対処できるよう、イサは総身を緊張させて構える。例えこの敵がどれほどの剣豪でも、起こり(・・・)を見切って初撃を躱す。そしてそこから敵の力量と技を推測する腹づもりだ。



『〈イーラ〉』 

「……は?」


 だが、完全に予想外。騎士の手から極大の火球(・・)が放たれる、それも超高速で。わけが分からぬまま、稀代の冒険者は炎を叩き込まれて、水路へと落下した。



『我ら上位騎士は王より御力の使用を許可されている。さらばだ、蛮族の勇者よ。たやすい相手であったなどとは言わぬ。このザクロースを動かしたのは実に数百年ぶりであったゆえ』



 金の甲冑はかき消えた。

 跡に残ったのは、煤けた街路だけであった。

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