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青閃と銀閃の灰都探訪  作者: 松脂松明
第2章・中層平民区画
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第3話・介錯の槍

 突如現れた甲冑姿。フルフェイスの兜であるために中身までは見えないが……それでもやはり灰人に良く似た顔相をしているのだろう。イサはそう感じていたし、遭遇した経験のある他の者もそうだろう。


 灰都で活動する冒険者は仮面を付けるため、相手の顔を勝手に想像する癖がある。レイシーのようにほとんど付けない者、サーレンのように時折ズラす者など様々ではあるが行動と印象から連想された顔面はイメージと合っている事が多い。


 彼は一体どのような人物なのか、実は彼ではなく彼女であったりしないかなどとイサはどうでもいいことを考えながら、傭兵風の男が腕を切り落とされる様を眺めていた。

 呻き、次いで叫び声。落とされた腕を引きずりながらゆっくりとどこかへ向かって逃げる灰人によって、どこか滑稽な劇のような場面となってしまっていた。

 逃げるものと戦うものとに有象無象達は別れたが、どちらも斬り伏せられて終わるだろう。それほどまでに灰騎士は強い。イサとて10回やれば負ける時も出ると踏めるほどである。これが魔都全体に何体いるのか……真っ当な神経の持ち主ならば考えたくも無いだろうが、そんな繊細さではそもそも高位には上がれぬ。


 ……とうとう寄せ合わせ共は残り2人になった。佳境を迎えた芝居を狼面の中からのんびりと眺めていると、思わぬ熱演者が現れた。これは先程までの者とは明らかに違い、真っ向から灰騎士と撃ち合っている。馬の面を被ったサーレンである。



「……なんとまぁ人の好いことですね。アレでなぜ私は邪険にしてくるのでしょうか?」



 勝手なことをボヤきながら、イサは残った屋台風の建造物に腰掛けて戦いを見守った。自分では既に3回、灰騎士と見えているが、誰かが戦っているのを観るのは初めてのことだ。

 その相手が類稀な槍使いサーレンとなれば、さらに盛り上がる。影との戦いでは彼の槍さばきをじっくりと堪能する暇もなかったのだ。



「とっとと逃げろバカども! この俺が代わってやるって言ってるんだ。光栄に思え!」

「はっはいぃぃ!」

「おやおや……ますますもって人の好いことですねぇ……仮面なしを逃してやりますか」



 仮面なし……つまりは洗礼を通過していない者のことだ。組合の設けた制度をすり抜けているのだから、もはや冒険者とも言えない。

 かつては存在しようも無かったが、人の増えた現在ではやれないことではない。なにせ今は入り口街の側にある南の門も通過できるし、西にも行けるのだ。隠形か、金でもあればさらに確率は上がる。


 魔都を攻略するにあたって、質を優先するべきなのか? それとも数か? 答えが出るのはまだまだ先のことであろうが、少なくとも今ほうほうの体で逃げていった連中はどちらにせよ必要無いだろう。

 そんな連中を見逃すどころか、命を張って助けるサーレンは善人どころか酔狂と言える。まさか馬の面だからと言って馬鹿なわけでもあるまい。


 サーレンと灰騎士が打ち合う。

 その中で幾つもの要素を解釈しながらの見物と洒落込むのは中々の贅沢であり、イサは近頃のどこか陰りのある心持ちから離れることができた。


 サーレンはイサのような軽装ではなく、コールマーやカレルのような重装備でもない。いわば中装とでも言おうか……チェインメイルを腰帯で絞った兵士風である。

 対する灰騎士はまさに騎士。くすんだ装飾付きの甲冑に、長剣。コールマーのように常人離れした筋力があるのは疑いなく、着慣れない者ならまともに動けないソレを着たまま高速の戦闘を繰り広げていた。


 サーレンの武器は短槍……俗に用心槍などと分類される身長より高い程度の槍だ。相手が盾を持っていないならば、剣に対して有利なはずであり、そして相手の灰騎士は盾を持っていない。長剣を両手で握るタイプの騎士らしい。

 そこでイサは少し首を傾げた。女性ならば可愛らしい仕草なのかもしれないが、狼面の男がやると獲物を前に困惑している風がある。



「これまで、私が出会ったのは盾を持っていましたが……アレは持っていない。案外に個体差がありますね。これは冒険者としてはいよいよ厄介な相手のようで」



 誰にともなく呟いた。

 魔物を相手取る場合、知識として積み上げられていく対抗策が後続を助けてくれる。先駆者も戦いの中で学んでいけるのは、影戦で高位冒険者達が見せた通りだ。

 しかし灰騎士は違うようである。それぞれに個性があり、得物も違えば能力も違うのだろう。人間から見れば灰人同様にほとんど同じ外見にしか見えないのも曲者だ。

 この辺りは全く人間の強者を相手にするのと全く同じ感覚になる。と、すれば人間の強者と同じように高位冒険者や高位騎士に該当する存在がいてもおかしくはない。


 条件を満たした途端に出現する灰騎士ですら浄銀とほぼ五分なのだ。もし灰騎士を束ねる存在などが本当にいたのならば……



「たまらない、たまらない。実に楽しみです。この魔都は全く楽しませてくれます。敵も味方も私と互角以上ばかりで、いつでも挑戦者でいられる!」



 魔都はイサがイサらしく生きられる場所だ。格上も格下も誰もが必死だ。とはいえ負ける趣味があるわけでもないイサは悦に浸りながら観戦する。

 灰騎士はまさに騎士であり、我流ではなくカルコサ式とでも言うべき武術の達人である。武術であるのならば、一定のパターンや偏りがあるのだ。あちらを立てればこちらが立たず。何に優れて、何を不得手とするかじっくりと観る。



「おぅりゃぁ!」

「……!」



 裂帛の気合とともにサーレンが相手の剣を弾き返す。

 その間隙を縫い、変幻自在に相手を追う穂先が光条を残しながら燦めいて目に焼き付いていく。相手が体勢を立て直すまでの僅かな間に、左腕、右太もも、そして左膝を貫いた。



「おや、案外にあっさりと行きましたね。左膝を取ったのは大きい!」

「うるせーぞ外野! 解説者かてめーは!」



 サーレンの苛立たしげな声はもっともであった。なぜならば、灰騎士は未だに倒れていない。

 灰騎士にはある程度の自己修復能力があることが確認されている。それも加味しての浄銀級という評価だが、砕けた四肢がすぐさま修復するようなデタラメさはない。

 それでも灰騎士は立っている。膝頭が砕けてとても動ける状態ではないはずだが……足を震わせて不器用に、それでも確かに倒れない。



「くそが……どう見てもブサイクな化物風情の癖しやがって、気に入らねえ。まさか自分が正しいと思ってるわけか? そんな身体で立ってても何ができるわけじゃねえだろ……おら」

「……!」



 ただ振るわれただけの槍。勢いこそあるものの、特に技巧も凝らされていない一撃を受けた灰騎士はその程度の攻撃によろけた。それでも比較的マシな状態にある右足で踏ん張って、堪える。

 得意であっただろう両手持ちも叶わなくなったが、残った右腕で長剣を構えて戦意を示す。その僅かな動作だけ見ても戦闘前と比べれば緩慢に過ぎて、サーレンは仮面の中で顔を歪めた。



「気が乗らないのなら、変わりましょうか?」

「うっせぇ。本当にクソばっかりだ……楽にしてやる」



 半端な姿勢を嘲弄する狼に吐き捨てて、サーレンは槍を構え直した。

 先のように加減した一撃ではない。文字通り楽にするべく、矢のような裂槍を見舞う。



「……!」



 何かを叫ぼうとしたのか、叫んだのか。兜から見えるほどの勢いで灰騎士は大きく口を開いている。2本ばかり残った歯が汚らわしい。

 その下にはサーレンの槍が突き刺さり、さらに捻られた。喉を突き破り、延髄を貫かれ、さらには捻り抜かれたことにより支えを失った首が右側にダランと(・・・・)垂れた。


 

「お見事です」

「……本当に気に入らないやつだ」



 イサに言ったのか、灰騎士への手向けなのか。

 分からない呟きをして、サーレンは槍を手元へと引き寄せた。


 灰騎士の兜が自然落下して、音を立てる。その素顔は無念の形相に歪められているのが、皮だけのような顔にあっても明らかだった。

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