第2話・新たな場所の新たな敵
新たな階層は実質的に上位の者達にのみ開放されている。
別に門番がいて、位の低い者や実力不足の者を弾いている訳ではない。幾ら人が増えたと言っても流石にそこまで余っている訳でもないのだ。
新人達がいきなり中層区画へと入り込んでも良いのだ。生き残れるかどうかまで保証してやることはできないが、そもそも本当に新人ならば下層の魔物でも充分難敵だ。あえて危険な方向に行くのも良いかも知れなかった。どちらにせよ生命が危ないのなら、どれほどの違いがあるのやら、だ。
新しい階層はやはり上位の者たちのモノだった。
それは実に単純な理屈であり……敵が強いのだ。加えて言えばその正体も問題であり、信頼がおける者だけがそれを街の意向において調べている。
賢いやり方を行うにはまだ段階が浅すぎるのも加わって、少なくとも現時点では冒険と呼べるモノを行えている人間はほとんどいない。
黒い丈夫な服に狼面の男……イサはその数少ない一人だ。
本来、相棒であるレイシーと同時に動くのが良いのであろうが……様々な事情がそれを許さない。というよりは、レイシー自身がそれを拒むだろう。
「全く、何がどうしたのやら……」
あの大鎌が横にあれば、この新区画を思う様駆けることもできただろうに……そう思っても益体はない。人は、とりわけ自分は自由に生きて、楽しむもの。それがイサの考え方であり、方針だ。
である以上はレイシーがこの平民区画で何を思って呆けていようがイサに止める権利はない。そいつが楽しければそれで良く、その上で自分が更に上の幸せを手に入れるまでだ。
以前ならばそう考えていたところだが、現在のレイシーの様子にはあまり納得がいかない。どうにもイサの理念とかけ離れた耽溺に陥っている気がしてならないのである。
イサが組合の意向を受けて中層の入り口近くを調査して回っているのも、それが理由の一つだった。相棒、あるいは既に元相棒は今もこの区画にいるはずなのだから。
歩く。
元は一国の首都とは言うが、現代の国々の首都でもこれほど街路が整備された都市もあるまい。古びてはいるが、それすらも味となって見るものを楽しませる。
これが平民区画だというのだから、全く恐れ入る他はない。かつての世界でもさぞ強国であったのだろう……
イサは大鉈の柄に手をかけたままだが、それでも歩いていた。
下層区画においてもそうであったが、油断には程遠い彼が遺跡の中でこうして警戒を緩めている様子こそが異常であった。既にこの中層区画の序盤の法則を知っているから、こうした態度なのだ。
緩やかな勾配の階段を登り始めると、引きずるような音が響く。イサはそれが足音であることも知っている。
「今日もここは微妙な天気ですね」
「……ァ………」
足音の主の横を通り過ぎる。
この区画はある意味において、下層区画よりむしろ安全と言える。なぜならば……魔物が闊歩している訳ではないからだ。中層区画において、魔物は理由が無ければ現れない。それを積み上げた失敗の果にイサは掴んでいた。
ここにいるのは魔都の住人達。
毛もなく、言葉を失い、目が乾ききった者達。総じて茫洋としており、まともな思考を保っている者など一人として見当たらなくとも……彼らはここで生きている。
幸福なのか、不幸なのか。分からないが確かに生きている。住人達の数は決して少なくないが、イサは彼らが話をするところも、食事をする場面にも一切出くわしていない。
「まさしく魔都の住人。気になりますね……種族的にそもそもこうなのか? タークリンのような例とは違うのか……そして何よりも、この人々は生きているのか、生かされているのか」
興味は尽きじまず。こうした思索も冒険の喜びであると一人堂々と耽るイサだったが、そうした楽しみは長続きしないものである。
「なぁに、一人でぶつぶつ呟いてんだよ」
「おや、サーレン。どこの馬鹿が気配を隠しもしないのかと思っていたら貴方でしたか。というか良く考えれば貴方ぐらいしかいませんね」
「いきなり喧嘩を売ってるのか?買うぞ?」
「なるべく高く買ってもらいたいものです。しかし貴方は遺物を探しているのでしょう? 手に入れてから来てくださいよ、それとももう見つけましたか?」
遺物……遥か古代から今へと姿を残す神秘の残り香。王家などに伝わる聖剣の類などがコレに該当し、所有している者などまずお目にかかれない。
しかし、何の因果か……今の魔都カルコサには少なくとも4つはある。
魔都の入り口を守っていた影との戦いを経て、こうした神秘の力で無ければ倒せない存在が判明。所有者であるイサ、レイシー、ミロン以外の高位冒険者達は遺物を探すことに躍起になっていた。
なにせ遺物が無ければ、超人である彼らすら端役に落ちかねないのがこの魔都だ。そこから来る必死さは推して知るべしというものだろう。
「ふん。今にすげぇのを見つけてやるよ……」
「それは楽しみですね。その時は派手にやりましょう。観客やらも呼んでパーっと」
見せ物かよ、とげんなりするサーレン。煽っているように聞こえるが、イサは本気で同輩との戦いを望んでおり、そこには敬意すらある。だからこそイサは人間的に問題があるのだが……
口調と違い神経質そうな顔を歪めたサーレンは金の髪を手櫛で削った。イサとは反対にサーレンはイサが嫌いだった。敵意すら楽しそうに応じられては、全て相手の手のひらの上のようで全く面白くない。わざわざイサを喜ばせるつもりはサーレンには全く無いのだ。
友人なのか敵同士なのか分からないが、冒険者同士である。それもこの魔都に籍を置く数少ない高位冒険者であるためか、なんとなく連れたって歩く2人。
階段を登りきり、円形の広場めいた場所に出る。周囲にはほとんど原型を残していない屋根の下にある簡素な小屋……屋台か何かであろう建物だけがあった。
イサもサーレンも既にここは到達済みの箇所であるが、それでも再調査は欠かせない。
そこで目にした光景にサーレンとイサは立ちすくんだ。
どちらも多分に呆れを含んだもので、呆然と。
見たことが無い冒険者と傭兵の混成部隊。現在の魔都では表向き人間勢力間は結託している。そこで高位冒険者であるイサとサーレンが見たことが無いというのは、中層への立ち入りが推奨される立場に無い手合だ。
侵入を咎める気は両名にも無い。呆れたのは単純に心配からであり、殺伐とした生業のイサとサーレンには珍しいことであった。
「馬鹿野郎! 何してやがる! さっさとそいつから手を離せ!」
「ちっ! 見つかったか!」
「相手は2人だ、おたつくない! 数で押せばなんとか……」
サーレンが怒号をあげたのは見るからにガラの悪い冒険者の行動にあった。彼らは魔都の住人のボロ布を掴み上げており、いわゆる胸ぐらをつかむような真似をしていた。
「相手は私達ではありませんよ? 入ってくるのは結構ですが、事前に噂ぐらい聞いて来なかったんですか?」
「なにを言って……」
中層区画は下層区画とは違う。
怪物には現れるべきシチュエーションがある。スイッチがどこにあるか……それを探るために選ばれた精鋭だけが立ち入りを許されていたのだ。
イサもサーレンも総身をなで上げるような圧力を感じ取る。そして、資格なくこの場に入った彼らは感じ取れていなかった。だから資格を与えられていないのだから、当然と言える。
「良いから早くそいつから離れろ! 騎士が来る!」
「いや、サーレン。もう遅いです。少なくとも彼らは助からないでしょう」
ソレはどこからともなく現れた。
今のところ人間が唯一把握している出現の法則に従って、役目を果たすため……
「灰人を傷つければ、灰の騎士が現れる。物語の騎士は現実よりも仕事熱心ですね」
くすんだ金属の甲冑。かつては輝いていたであろう鎧を纏っているソレは騎士と呼ぶに相応しい。
侵入者から謂れのない暴力を受ける民の声を聞き届けた救い主が現れたのだ。