第1話・新たな問題
元は壮麗な都市だったのだろう。それは無学な者にも伝わってくる。
古典的な大陸式の円形都市……それを考えれば外周部が貧民区画であり、カルコサの初期発掘品からもそれが分かっている。
ここ魔都カルコサも、かつてはごく普通の……規模が異常に大きいことを除けば!……都市であったことが窺える。つまりは平民がいて、貴族がいて、王がいる。そう、かつてここはどこかの国の首都であったとされている。
そして、冒険者達が長い年月の果に辿り着いた新たな領域、第2の階層は本来の城壁のすぐ内側にある。ここは平民区画と呼ばれる地域であった。
この区画が解放されると同時に、南以外の門からも謎の結界が消え去り、中層区画への近道が可能となり一気に探索が進む。誰もがそう信じていた。
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ここが平民区画だ。そう聞いて、頷けるものは他の遺跡を見たことも無いどころか、現在の都市に行ったことすら無い田舎者だろう。
遥かな時を過ごして尚健在な建物、それだけでも驚くべきことだが……石像などにはくすんではいるが金属の装飾が施されてさえいる。金や銀であった。
冒険者組合と騎士の集まり、そして学者達は平民区画への到達と同時にある協定を結ばざるを得なかった。学術的な調査が終了するまでは石像をはじめとした歴史的遺物に手を触れないという協定だ。
これは他の遺跡や迷宮もそうだが、こうした場合真っ先に金箔剥ぎや銀箔剥ぎといった小銭稼ぎ達。そして大胆に石像ごと持ち去ろうとする連中が急増するのだ。
意外なことかもしれないが、表面上は渋々でも内面はあっさりと、この協定はあっさりと締結の儀を迎えた。反対しているのはならず者達と傭兵達だが、彼らはそもそもこうした場で呼ばれる程に組織化されていない。
ならず者達は盗賊ギルド的な組織に属するものも中にはいたが、意外なことにウロボロス教団がこれの介入を阻害してくれた。
冒険者組合は大規模な流入による質の低下を防ぐためと、ここまで残っていた冒険者の中には良く言えばロマンチスト、悪く言えば夢見がちな者が多かった。調査が終われば所有権の優先取得が行われることを表向きの妥協案として賛成した。
騎士団があっさりと同意したのは、清廉という建前があるからだろう。だがその後実施される警備の増強などにも全面的な協力を約束したのは幾ら何でも不思議なことである。
騎士、と言っても絵物語のような騎士はそう多くない。いないわけではないのが世の救いではあるが、魔都に流れてきた騎士の中には元強盗騎士も多かった。
ではなぜそうなったかと考えるならば、ここにもウロボロス教団の関与があったと噂されている。そして、それは事実だろう。カルコサ騎士筆頭のデメトリオがウロボロス教団直属というのはほとんど公然の秘密だった。
元来が公権力の及ばない街だ。
締結は仲介役のウロボロス教団の教会で、密かにではないが観客もまばらなまま行われる。
そして、その場はそのまま会議へと移行した。
「ともあれ、今回は助かる。カルコサを遺跡として見た場合、当時の習慣を知ることのできる貴重な存在だ。文書にはしていないが、組合と騎士からもたらされる文書には通常より高値を付けることを約束するよ」
“学長”と呼ばれる初老の男が穏やかに約束する。
ここを題材に研究する学者と学士達の元締めだが、あまりに大胆な研究発表をやり過ぎて表の学者達から村八分にされたと噂されている人物。彼からすればここの研究が純度を保つことは返り咲きに必須であり、必死にもなる。
「我々としても当然の話だ。礼はありがたく受け取るが……歴史的背景が明らかになっていたほうが価値が付く。身も蓋もない話ではあるがね」
胡散臭い捏造話よりも学者のお墨付きの方が、手に入れたい者が増える。
冒険者組合長はいつもの調子であけすけに事実を口にした。己の欲望を優先している学長が相手でもそれは変わらない。むしろ、己の欲望が明らかな者は商売相手としては好ましい。
全く利のない行動を取る者のほうが安定を損なうのは言うまでもなく……元冒険者として、若者たちには純粋に先へ行ってほしいという願いもある。
そこを語るならば疑わしいのはむしろ教会だ。
「聖騎士デメトリオ。君は今日はどちらの立場で来ているのかね? 騎士たちの筆頭としてか? それとも教団の肝いりとしてかね? そこのところがわからないと実に話がしづらいよ」
「前者です。後者はアリーシャナルに任せていますので。加えて言えば私と彼女では部門が違うので、こうした場では騎士としての振る舞いが私に求められていることです」
「求められている……ね」
学長も組合長もデメトリオを猜疑の目で見るが、陰鬱の騎士はそれに対して肩を竦めただけだ。皮肉好きな一面を持つ彼の笑いの代わりかもしれない。
「ちゃんと騎士として発言していますよ。新しい階層にあのような存在がいるというのは私も知らなかったのです。確かにアリーシャナルは知っていたかもしれませんが、彼女は戦闘者ではない。語る必要性を理解していたかは怪しいというものです」
「確かに、アレは脅威だ。おかげで遅々として探索は進まない。優れた個体はあっさりと集を滅ぼす。人がいくら増えたところで意味がない……今はイサくんが調査してくれているが、彼だけでは……」
「イサ殿ですか、彼は良い戦士です。いささか奇異な性格の御仁だが信頼もでき、なにより彼ならばアレらとも戦える。まぁ最大の問題はイサ殿ほどの腕が無ければ話にもならない、というところですが」
「私達は聞いているだけだが、それほどなのかね?」
「ええ……冒険者に換算すれば浄銀級の実力がありますね。そして、出現条件が今のところはよく分かっていない。確かなのは一つだけですね」
彼らが新しい階層で見つけたのは財宝だけではない。
物語につきものの新しい驚異もおまけに付いてきたのだ。その驚異が本題であることが、話の熱からも分かる。冷たい教会の石材をも温めそうだ。
「……信じられん。浄銀といえば高位冒険者。実質的には人間としての最高峰に近いと聞く。まともに相手をできるのは何人いるのかね?」
「私、ミロン殿、イサ殿、レイシー様……この街でも高名な者だけでしょう。階級と知名度を無視しても十数人程度。トドメをさせるものとなればさらに限られる。私でも同時に3体相手をすれば、神の身許へ行く心構えがいります」
「太陽の騎士たる君にそう言わせるとは……」
謙遜を排してデメトリオは語っている。暗に自分は新しい驚異を相手にしても戦えると語ってさえいた。
街の顔役はデメトリオが実直な人間であると理解はしている。しているが、それでも疑いたくなる。そもそも教会はどこまで知っていたのか、知っているのか。
“現場”の者であるというデメトリオに言っても仕方のないことだ、という理性が無ければ胸ぐらを掴み上げたいと組合長も学長も思ってはいる。
その念を込めて呟いた。
「……聞いていないぞ、魔都に住人がいるなどと!」
当然だ。誰が聞かせるというのか。
八つ当たりの声は虚しく教会に響いた。