第0話 セイラの日記
あの日、ついに開かれた門。それによって全ては変わりました。
私達一党も微妙に変化を見せはじめ……それは今でもほんの少し、それでも大きな疵となって私達を蝕んでいます。
最後に笑うのは誰なのか? そう問われれば誰もが答えます。
「自分こそがこの時代の英雄だ」
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影の魔物はついに倒れた。
私は何もしていない。カレルさんの指示に従って、がむしゃらに弓を引いて引いて、ひたすらに矢を放った。大して頑強なわけでもない弦によって、指に血が滲んだ頃……英雄の一撃によって影はただの影となった。
そのことについては特に不満はない。あの戦いでは私のような木っ端どころか、第4位までの冒険者は皆等しく足手まといだったからだ。
しかし、上昇志向の強い人々……私の主も含む……には大きな影響を及ぼした。
新しく開かれた未踏区域では浄銀達の組は遺物を探し回っている。神秘の残り香とされる遺物がなければ正真正銘の魔物には有効な手立てが無いと知れてしまったからだ。
中堅どころの探索者達は腕を上げようと、無理な冒険に出ることが増えて、魔物による被害者は開門の前よりも遥かに増えた。これからの新区画を探索するには、浄銀級の実力が必要だと皆思ったからだ。
“外”からの流入者も増えた。これまでのカルコサで発掘される品々が好事家にも飽きられ初めていた矢先の新しい冒険の舞台だ。誰もが一攫千金を夢見て押しかけてくる。
まぁ魔都の難易度の高さに、心をへし折られた者も既に相当数に上ったそうだが、生命を手折られた者の方が多いだろう。
さて、我らがリーダー達は開門に多大な貢献をした。
影を討った浄銀と神青鉄の名は知れ渡り、名指しの依頼も増えてきている。
……当の英雄ミロンは元の名声が高いがゆえにさして変わりは無かったらしい。英雄というのも大変だと思うが、本人はどこ吹く風でまた姿を晦ました。そのあたりの無頓着さこそが英雄の資質というものかもしれない。
しかし、影戦に参加した者の中で見込みがありそうと判断した人には何かしらの助言をしたらしく、それが多くの人々を動かした。イサさんもその一人で、最近は荷物持ちも放って置いて、新たな区画で何事かしているようで……正直あまり良い噂は聞かないのは困ったものだ。不敬だろうけど。
しかしレイシーさんに比べれば、イサさんは実にまともとさえ言える。
これまでは思ったよりも優しい美人さんだったのが、疫病神に相応しい狂いっぷりで、後輩としても困惑する。
外からカレルさんが呼ぶ声が聞こえてきたので、ペンを置く。
私は私で腕を上げなければならない。
ちなみにこんな記録をつけるようになったのは、文字を書けるようになったからだ。こうした手記も古代の物なら高く売られているのを見て、頑張ってみたわけだ。
新しく貰った鉄の階級証を触りながら、壮年の騎士の元へと急ぐとしよう……あの人達は今日も宿舎には帰ってこないだろうから、やれることはしておこう。いつの日か、皆でまた集まれて笑える日が来ますように。