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青閃と銀閃の灰都探訪  作者: 松脂松明
第1章下層貧民区画
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青と銀は先を望む

 深い青が灰と白の街を飛び回る。

 そう……飛び回っていた。



「あっははっは!」



 声は見た目の通りに幼いが、その笑い声はタガが外れていると感じさせた。狂気と紙一重の稚気を歌いながら灰色の髪の美しい子がハルペーを振るっている。


 ……化物め


 追跡者から協力者となった者の戦い方は無茶苦茶であり、正式に武術を習った者のそれではない。いや、こいつに限っては習わない方が正解だったであろう。それほどにまで隔絶した身体能力。

 高く飛び上がってから、壁を蹴る。その勢いのまま次の壁へと落下するように跳ねながら、敵である巨体の首を狙っている。

 閉所でよく跳ねる鞠を全力で投げたのならこうなるだろう。


 飛び上がって戦うという行為は優れた身体能力の持ち主ならば可能ではある。だが、やろうとは普通は考えない。咄嗟の回避も踏ん張りも効かない空中はリスクが大きすぎるのだ。


 しかし彼……あるいは彼女はそれをやる。

 落下速度を足した鎌の一撃で、的確に首を狙いながらも壁を蹴って高速を維持していた。


 遠心力をさらに加えた青閃が巨漢の首を断つ。

 落下しきるまでの間に、実に二体を屠っていた。



(こっちはまだ一体目ですよ。畜生め)



 不気味さよりも、対抗心を燃やしつつイサも回転速度を上げる。だが、戦闘能力の差は埋まらない。イサが二体目の頭を潰す頃には4体を……という具合に追いつけない。

 それを恥と感じながら、イサは懸命に鉈を振るう。常識の範疇で言えばイサとて異常な速度なのだが、こいつに勝てなくては意味など無いとばかりに。



「おーい、こっち終わったよぉ」

「……ぐぬ。こっちはまだ二体残っています」



(……負けた)


 奇妙な競争は順当にイサの敗北で終わった。

 残りの2体を倒すまでの間をゆっくりと観戦されながら、イサは羞恥で狼面の下を赤くした。


/


 死体が山と積み重なる路地で、二人は向き合って改めて顔を見やる。イサはまじまじと、相手はにこにこと。イサの顔は狼面で覆われているために、見えないはずだが……そう考えてイサは訝しんだ。

 眼前の冒険者はフクロウの面を、顔の横にずらしており被ってはいなかった。



「……まぁ助かりました。私はイサ。今日ここに来た……新人です」

「よろしくねー狼のお兄さん。ボクはレイシーだよ。それにしても……」



 レイシーはイサの腰にある白い布を細い指でつついた。微かに金属が鳴る。



「なんでこっちを使わなかったの? 強そうなのに」

「あまり触ると呪われますよ? それにしても……」



 うひゃっと手を引っ込めたレイシーの仮面をイサはべしべしと叩いた。



「なぜ被っていないんです? ここでの活動には必須と聞いたから、視界が悪いのにも耐えて被っているんですが」

「なんでってただの験担ぎだものソレ。本当にこの街の呪いが空気とかに漂ってるなら、こんなものじゃ防げないと思わない?」



 浄銀(ミスリル)は神聖さを持った銀の中の銀であり、災厄を遠ざける……とされている。いわゆる縁起のいい金属であった。裕福な家庭には子供が生まれた際に浄銀で作られた品物を贈る風習があるほどだ。

 しかし実際にそんな効果があるかといえば、正直なところ誰にもわからないだろう。浄銀製の仮面がこの街の瘴気を遠ざけてくれるかも怪しいところではある。



「そうですか。しかし気に入ったので付けておきますよ」

「狼だと格好いいもんね。兎とかだと人を選ぶし……ボクなんてホラ、フクロウだからあんまり格好良くはないよね?」



 ふむ。とイサは考え込む。

 フクロウ……夜行性の鳥だ。実際はどうであれ、象徴としては幸福や知恵を司る哲学者となる。一方で夜行性であり不意打ちを得意とすることから、イサの母の故郷では死を連想させるとも言われていた。後者を考えれば似合っているとも言えるが…

 母のことを思い出すと、皮が骨に張り付いているだけのような姿を思い出してイサは顔をしかめた。



「ふぅ……似合ってはいませんね。魔法使いとかがつけていそうです」

「魔法使いって、神殿で水薬を作ってる人達だよね。あんまり褒められてる気がしないし……似合ってないのは良いことかな?」



 出会ったばかりの者と随分とおしゃべりをした。

 そうイサが思っていると、鐘の音がした。音は大きいが、近くに鐘楼台は無い。一体どこから? 誰が鳴らしている?

 様々な疑問が浮かんでは消える中でレイシーの笑いが聞こえた。



「あはっ。時間だ。面白いモノが見れるよ、お兄さん」

「なにが……っ!?」



 言葉に周囲を見渡せば、そこに異常はあった。咄嗟に鉈を構えるイサの手を、レイシーの冷たく優しい手が押し留めた。



「大丈夫。襲ってきたりはしないよ」

「いや……しかし、これは……」



 異常は周囲に積み上げられた死体にあった。

 レイシーに首を取られた巨漢の死体。イサに頭と四肢を潰された死骸。どこから見ても行動不能なはずの彼らが、動き出していた。

 流れる血と砕けた骨が奏でる音色は、地獄の賛美歌を思わせる。


 砕けた足をそのままに、離れた首も置いて、亡者の群れが立ち上がり行進を開始する。全員が一列となって、危なっかしい足取りで進んでいく様はおぞましいが、同時に哀れだった。

 死体が自分に見向きもせずに3体ほどが通過したあたりで、イサも腹をくくって鉈を鞘に戻した。



「彼らは……不死なのですか?」

「多分だけど、ちゃんと死んでるんじゃない? 鐘の音が鳴ると、出た時と同じように突然消える。それで次の日にはまた出る。これがこの街が未踏なままな原因だろうねー」



 死骸が動くなど夢物語だ。

 だがこの魔都カルコサにはそれがある。不老不死というのは多くの人が憧れるものであり、イサも貰えるならば貰いたいものだとは思う。



「いくら不老不死でも、こういうのは御免ですね。門限付きでは夜も楽しめない」

「んん。そこで気になるのは門限を定めた厳しいお父さんは誰か、ってことだよねぇ。お父さんいないからよく分かんないけど」



 さらっと出た重そうな身の上話をイサは無視した。他人の不幸など面白くもない。

 ……目の前の奇怪な光景という面白いモノがあるのだから尚更だ。


 この遺跡が未踏なのは怪物たちの驚異もあるが、同時に彼らが何度でも蘇るとなれば……一定以上の実力者ならば何度でも狩れる獲物が無限に湧き出す理想郷だ。

 現に今の巨漢達は頭部など、離れた部位は置いていっている。ゴミの類でも山と積もれば一定の利益が得られるだろう。


 巨漢達は遺跡都市の中央方向へと歩み去っていった。

 全てが夢のようであったが、手応えがまだ手に残っている。


 肉に鋼をめり込ませる感触を反芻していると、レイシーが顔を上目遣いに覗き込んできた。小悪魔的というのはこうした顔を言うのだろう。



「さて、とぉ。それじゃ行こっか?」

「行くとは……先程の勧誘とやらですか?」

「それもあるけど、洗礼はこれぐらいでいいだろうし……一旦戻ると良いよ」



/


 そうしてイサは始まりの店へと戻ってきた。

 玄関口に敷いてあるおが屑で踏みつけた血の残りをこそいでから入店すると、店主の声がかかった。



「おやおや……イサ君。帰ってくるだろうとは思っていたが、この街一の問題児と一緒とはね」

「ただいまー」



 元気よく手を振るレイシーだが、店主が浮かべるのは苦笑いだ。

 店には他の客…格下の同業者達も多いが、彼らは露骨な態度でレイシーから目を逸していた。

 訳ありらしい、と気づくのにさして洞察力は必要なかった。



「凄いよぉこのお兄さん。魔犬さんも巨人さんも、ぐちゃぐちゃにしちゃうんだ」

「私の倍の速度で首を刈ってた貴方に言われると馬鹿にされてる気がしますねぇ……次は負けませんが」

「え? なんの勝負?」

「ほぉ……四つ目犬に頭陀袋。本来は入り口近くに出るような相手ではないが……まぁいい。何か頼むかな、二人共」



 奇妙な目つきでレイシーを一瞥した後、組合長兼店主は飲み物のリストを差し出してきた。

 妙に綺麗な字で描かれているが、店主の筆跡だろうか?



「ボクは果汁水だね」



 あっさりと一番高い飲み物を注文するレイシー。

 このような僻地では新鮮な果物などまず手に入らない。そのため果汁水の値段は酒よりも遥かに高いのだ。



「では私はワインを」

「うわ。水より安いやつだ。貧乏性ー」



 レイシーはからかってくるが、これを飲む者は意外に多い。水質が悪い地域で重宝される安銘柄の酒だ。中身より瓶やフラゴンのほうが高いとも揶揄される。



「悪酔いするぐらいが良いんですよ。酒には大して強くもありませんから、二杯目からは味も分かりませんので」

「ボクはお酒全般おいしいとは思わないけどねー」



 ゴトリと音を立ててカウンターに瓶が置かれる。

 この一瓶丸ごとで、中堅どころのブランドワインのカップ一杯よりも安い。

 実を言えば、イサはこの瓶のラベルに描かれた模様が好きだった。馬車を引かされる山羊の絵がそこにある。

 店主と向かい合う格好で、背の高いカウンターチェアに腰掛けるとイサはラベルを眺めて楽しんだ。似合わないことをさせられている、という揶揄が込められた絵が目を楽しませる。


 陶製のカップに少しずつ手酌で注いで飲むと、渋いとしか感じない苦味が広がる。世の多くの者には不味いと評判だが、イサは薬湯のようで気に入っていた。……薬湯を美味しいと感じる人間が稀なのは置いておいてだが。


 カウンターに置いた銀の狼面を撫でながら、酒で軽くなった口を回らせる。



「それで? 勧誘というのは?」

「おや、イサ君を入れるのか? 確かに適任だとは思うが、レイシーが勧誘するのも珍しい」

「運命の出会い的な? 剣捌きが綺麗でさぁ、こういう人がいるとお城まで行けるんじゃないかなーって。勘だけどね」



 店主が混ぜ返したせいで、肝心の話題が始まらないままだ。しかしイサとしてはレイシーのように美しい人間に褒められるのは満更でもなかったので、気にはならない。



「実用を重視しているだけですがね。そういうレイシーは鎌を使うというのが珍しい」



 元々は農具である鎌を武器として使うのは難しい。上手く斬るには引かねばならず、長柄でありながら実質的な射程は短い……一言で言うならば癖が強すぎるのである。反りがあるために盾などの護りを無視するという利点もあるにはあるが、役立つ状況が限定的に過ぎた。



「結構曰くがある鎌なんだよ、これ。忘れたけど」

「自由な人だ。まぁ私のコレも曰く付きですがね、由来はちゃんと知っていますよ」



 腰の白包を叩くと、レイシーは目を輝かした。



「いつか見せてねぇ?」

「貴方に振る時で無いことを祈りますよ……あー、話を戻しましょう。勧誘というのは?」



 話を戻せば、レイシーより先に店主の方が先に話し始めた。

 外見と口調が相まって教師のような雰囲気が漂う。



「その前に一応補足しておこう。現時点におけるこの街の上位冒険者の人数だ。……第三位浄銀(ミスリル)はイサ君を含めて5人。もしかすると6人だが、一人は先月に行方不明となった」

「数えないほうが良いだろうねぇ」



 ドライなレイシーの感想にイサも頷く。

 街に食糧の類が転がっているわけでも無し。一月もの期間、魔都の中で生活できるというのは希望的観測に過ぎるだろう。



「そして第2位神青鉄(オリハルコン)がレイシーを含めて二人。どちらも協調性は皆無だ」

「うわーひどいなぁ。ボクほど真面目な冒険者はいないと思うよ?」



 言ってる本人からして信じていない言葉を店主は無視した。



「そして第1位非実在鋼(アンオブタニウム)が一人。これがこの魔都カルコサの精鋭の現状というわけだ」

「……第1位がいるのですか!?」



 これには流石のイサも酔いが飛んだ。

 象徴となる金属の通りに実在するかも怪しいとされる最高位の冒険者。噂では大陸全土で5人程度としか知られていない。そのため紛い物も多く出るが……



「ああ、いる。本物だよ。ただ……なんというか、全くここに帰って来ない男でなぁ……。時折、物だけ寄越してくるから生きてはいるんだろうがねぇ」

「殺しても死ぬか怪しい人だから大丈夫でしょ。で、その人がボクらの頭目、というか旗印みたいになってる。先へ進む興味の象徴みたいな」

「……第1位に興味はありますが、派閥争いとかは御免ですよ?」



 レイシーのような怪しげな者さえ下に置いているとなれば、その実力は計り知れない。少なくともイサよりは上であることは間違いないだろう。

 矜持が崩れると同時に、這い上がることへの楽しみが酒の熱とともに湧き出してくるのをイサは感じた。

 が、どれだけ偉大な御仁であろうとも走狗となるのは御免被りたいのも彼の正直な気持ちだった。それをレイシーは笑って否定した。



「違う、違う。集まりってわけですらないんだ。ボクらが君に望むのは、この街を真面目に攻略しないか? って誘いなのさ。協力するのも時々でいいんだ」



 奇妙な勧誘もあったものである。

 言われずともイサはこの街の未知を喰らいつくしたい。そして、そう願うのは皆ではないか……? そこで薄々は感じていたことを言語化した。



「無限に湧き出す魔物じみた存在。大量の遺物。そうですか……つまりは」

「そう。この街で活動する冒険者、傭兵、自由戦士……色々あるけど大抵の人は未知は未知のままあることを望んでいる。その方が手軽に生きていけるから」



 遥か中央に見える王城も、異常事態の真相も、どうでもいい。ただ体のいい食い扶持が永遠に生まれることを望む人々の群れ。

 それが魔都の新たな住人の大多数だった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ここまでの感想なので、的外れかも知れませんが。 由緒正しいハクスラの気配がしてワクワクします! (リソース残量見誤って、ランダムエンカウントでフルボッコにされて涙目になる系のヤツ)
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