円舞開始
この戦い?
各隊の頭目達は皆、その意味に思いを馳せた。想像力豊かなコールマーなどは、ミロンが相手になるという意味と取ったほどだ。そんな考えはすぐに打ち消されることになる。
この場に集った人数は30名ほど。しかし……その中でミロンの語る最初の試練を、本能で感じ取れた者はわずかに五名。イサ、レイシー、リンギ、コールマー、サーレン。当然ながら、ミロンを除けば疑いなくこの場で最強の冒険者たちだ。
「全員、伏せろ!」
サーレンの凛々しい声が響いた。何が起こるかを察したわけではない。数多の経験から仲間たちにはそれしか選択肢が無いと導き出したのだ。
驚異はすぐにその姿を現したが、それが何なのか分かった者はいない。
頑強な鎧に身を包む大髭……コールマーは両手持ちの槌に全霊を込めて待つ。神経質そうな顔立ちをしたサーレン、そしてリンギは驚くような跳躍を見せる。
そしてイサは迎撃を選択した。
裂帛の気合と共に、イサはまだ何もない空間へと大鉈を突くようにして叩き込んだ。他の浄銀と同様に、目視しないまま直感に従う。
瞬間、痺れるような衝撃と共に感じる手応え。数多の戦いで培った勘ばたらきは実に正確だったが、その正体は完全に予想外だった。
鉈の切っ先が食い込んでいるのは黒い塊……それを人は影としか呼べないだろう。
門から伸びる影。それが敵の正体だった。
…これを倒せ。それがミロンの、そして魔都が作った第一の試練である。
浄銀の看板に伊達はない。彼らの膨大な戦闘経験には様々な形態の怪物を相手にしたことすら含まれる。
イサを例に取れば、外の世界ではいなくなったはずの巨人を倒し、主役では無かったとは言え伝説の竜退治にも末席に名を連ねている。だが、このような生命かどうかすら怪しい不定形の怪物は、聞き得た知識にすらない。
「ふざけろ!」
荒唐無稽な存在をコールマーが石畳ごと砕かんとハンマーを振るう。その威力は相手の甲冑ごとちぎり抜けると言われれる。なるほど、と思うような激烈さだ。
しかし、その時には既に影は引っ込んでおり大槌の一撃は街路を痛めつけただけで終わる。……この怪物でも剛力による損傷は効果的なのかもしれないが……
「冗談きっついわねぇ! これじゃ生き物ですら無いじゃない!」
リンギの刃鞭が振るわれる。音を超える速さの威力を連発して放つ。さしもの影もこれは躱せずにその全てを黒い表面で受け止めてしまう。
だが影に顔は無い。効果があるのかどうか……誰が見ても分からないのだ。これは戦闘者にとって最悪の手合だということを意味する。戦闘とは一種のコミュニケーションであり、相手の状況を伺ったり、あるいは騙し合って相互理解を図るのだ。だが、これでは通じ合うモノなど何もない。
再び撓む影。
黒が弾けた、そう思った瞬間に世界は黒いカーテンで覆われたかに思えた。
しかしそれは優しく包みこむようなものではない。影はどういう仕組みか、先端に触れた物が紙のように切り裂かれていく。4人の浄銀はあらかじめ跳んで避けているが、他の冒険者達は……
「くそっ!指示を出す暇も無かった!」
リンギの組から3人、サーレンの組は2人。胴体を裂かれて転がった。あまりに鋭いためか、落ちた上半身が街路の上で腕をばたばたと回転させていた。
そしてイサの組は……
「カレル! セイラ!」
「い、生きてますぅ!」
「ありゃ、性分じゃないんだけど……ついつい守っちゃった」
他の組とは違い、絶技を持つ戦士が2人いることが幸いした。
レイシーはその小柄な肉体にどれだけの力を隠しているのか……鎌を背負うようにして影を受け止めていた。街路に引きずったような跡が残っているのは、レイシーが押された跡だ。
門の影は生き物と言えるか怪しいが、サイズを見れば巨大と言っていい。それとほぼ五分の力を発揮してのけたのだ。
「浄銀より下は、下がれ! 守ってやる余裕は無い!」
「カレル! 他班も先導して距離を空けろ!」
「下がった後で弓矢が撃てる子だけで臨時班を! 他の連中は石礫でもなんでも投げるものを確保してなさい! 指揮は……ああ、もう! 適当に決めちゃって!」
一方の浄銀達は身内の心配を済ませると、頷きあった。その顔はどれも張り詰めており、余裕が残っているのはレイシーぐらいのものだ。
暗黙の内に役割を決めた。
リンギが全体を見る。コールマーとイサで防御。サーレンが攻撃。
それぞれの武器と技量をわずかの間に測定したのだ。イサとしてもそれに不満はない。トドメは持っていきたいだけで。
とことこと横に並んだ相棒へと、イサは言葉を投げる。レイシーにとってはまだ慌てる段階に無いらしい。
「レイシーも前に出てください。 遊ばせてる余裕なさそうですから」
「はーい。ボクに命令するのはお兄さんぐらいだよ、ホント。でもその役割分担はどうなのかな? 常識で考え過ぎじゃない? お兄さんとボクが前の方が良いと思うんだけどなぁ」
……常識? 何のことかとイサも訝しむ。イサとレイシーはうまくやって行けている間柄ではあるが、共通点はあまりない。高位冒険者であることと、強いて言えば……
「なんだと? 俺の何が不足だ、疫病神」
サーレンは顔の通りに神経質らしい。
短槍を肩に担ぎ、奇妙なリズムを取りながらも噛み付いて来た。レイシーはそんな威圧感などどこ吹く風。受け流して、さらに煽る。
「持ってないからだよ。力とか技の前に資格ってね」
「訳のわからないことを……!」
影の範囲ぎりぎりで口喧嘩に発展しそうになる3人へ、甲冑姿が滑り込んでくる。再び影の一撃を受け止め、それを利用して離脱してきたコールマーだ。
「揉めてる場合か、あの影の速度からすれば後ろでも向いた瞬間には、その場でお陀仏だ。 どちらにせよ、小回りと力のバランスが取れているのはイサだけだ。我輩は大きすぎて間に合わん場合が出てくるだろう」
「支援役ですか。単独行動の多かった者に無茶を言いますね」
「できないのなら仕方がない。どこかで綻んで死ぬだけだ」
肩を竦めてコールマーは再び前進した。冒険者というのは見栄を売るところのある商売だが、コールマーは極めつけだった。辺境の蛮族であるかのように、己の死すらどうとも思っていない風情を感じさせる。
そんな男は嫌いではない。いいや、嫌いな人間など稀なイサは慣れない役で遊んで見ることにした。
「では行きましょう。サーレンさん、前衛を期待していますよ。レイシー、サーレンさんに何かあったら交代で私も前に出ます。それで良いでしょう?」
「ボクは元々どっちでもいいよ? ボク一人で事足りるかもしれないしねぇ」
「ふん。相変わらずいけ好かないガキだ。そして、いけ好かない新人だ」
会話が途切れた瞬間に三人はまさにかまいたちとなった。
生死を賭けた場において平時の蟠りは、脳の隅へと追いやられる。そして、3人共程度の差はあれど速さを長所に持つ。どう動くか読むのは容易い。
ただし問題は相手の影がどう出るか全く分からない形態をしているところにある。そこは無理矢理にこじ開けて読み取る他はない。
「レイシー。飛ばしますよ」
「はーい!」
イサは大鉈を奇妙な格好で構えた。鈍い打撃側にレイシーが羽のように着地すると、イサはそれを思いっきり振り上げた! 恐るべきはレイシーの異常な身体感覚にある。イサという砲台から放たれて凶刃が舞う。
本来、安易に飛び上がるのは戦闘において戒められるべきところだが、ここまでの速度であれば短所にはならない。
浄銀と神青鉄。高位冒険者の名に恥じない者たちが繰り広げる演舞。金を支払っても滅多に見れない英雄譚を前にして、真の英雄たる第一位は値踏みするような傍観を続けたままだった。