最初の門
次の冒険の舞台。新たな採掘地にして、生命を捨てる価値のある戦場……そう認識しているのはこの古の都で口を糊する者達だけなのだ。
魔都はただ門番を置いているに過ぎない。そこにいるのは魔都本来の住人にとっては、人間と呼べる地位には無いのだから。だから配置されている門番も本来ならば異国からの客人に対してではない。下等で下賤な貧民たちこそを防ぐために置かれている。
それはこの時代の者たちには知りえないことである。そして、門番にも知りえない。
外観としても、他の区画と変わりはない。通れる門ではあるが、門自体はここまでに幾つもあったのだ。灰の古びた石材が見事なアーチを描いているが、これほど多くの時間を経て尚健在なのは不思議なほどだ。
そう、今さらではあるが不思議である。
どの門も不可思議な障壁で次の区画への道を阻んでいた。
「そもそも、そこからして奇妙だったな。なぜ誰も彼もが最南端の門だけ通れると信じていたのか。答えは簡単なこと……誰かが既に確かめていた。どうだろうか頭目殿、我の推理は?」
「そうか……頭がいいですね、カレル。それならば納得も行く……ミロンとデメトリオですね?」
「まぁ我も誰も知らない実力者がいないとも限らぬが……一番怪しいのはその2人だろう?特にミロンは単独でもほぼ西まで行っていたとされる。実は南まで確かめていたとしてもおかしくはない。なにせその時も、今この時も、最も進んでいた者の動向を知る者などいない」
第一位非実在金属……その地位を持つ者について行ける者などいない。レイシーですら後塵を拝していたのだ。
彼が次のエリアまで達していない……そんなことをイサですら盲信していた。誰も確かめてなどいないのにだ。彼の実力を無意識に侮っていた、という気分がイサの胸からは消えない。
己の実力が高いと自負するあまり、人の限界まで定めていなかったか? 単独で魔都の中で生きていける戦士などこの世に存在しないと常識的に考えていた。この世の全てをまだ見ていないのにだ!
「デメトリオは……ウロボロス教団と関係がある。教会はこの都市の仕組みをある程度知っていたと見るのが普通か。カレルが省かれていたのはなぜです?」
「今こうして頭目殿の下にいる。それが答えでしょうね……国家への、あるいは教会への忠誠心が足りないと見なされていたのだ。騎士は騎士でも世俗騎士は求められていなかった……か」
カレルの最後の言葉は尻すぼみに消えた。
緑金の騎士もまた、この都市へと流れつくだけの理由を抱えていたのだろう。それを問おうと思う者は少なくともこの都市にはいまい。イサのように興味本位な人間こそが稀だった。
「ふふ、ふふふ……!」
「頭目殿?」
「行きましょうか、カレル。楽しみじゃありませんか! 誰も彼もが秘密ばかり! 全てを私と貴方達で食らう! この街を制して、教会もデメトリオもミロンも足下にひれ伏せさせる!」
足を進める。
不安げなセイラの横を通り過ぎる。レイシーは気味の悪い笑顔を浮かべている。ああ、それでこそだと嗤っている。多少丸くなったようだが本質は変わりはしない。
結局のところ生まれた性質からは決して逃れられない。それは自分だけではないのだ。そう暗い喜びに浸っている。
「お兄さんはきっと進めるさ。どんな時も正面から食べて、先への道を切り開いてくれるよね」
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物資の問題さえ乗り越えた現在はあっさりと到達した。元より最下層区にはイサとレイシーのコンビを突破できる魔物はいない。
門は他の場所となんら変わらなかった。
向こう側に階段が見える、古びながらも頑丈な石組みを残して屹立している。これまでに素通りするしかなかった東、北、西の門と変わらない。
違うのは屹立しているのが門だけではないということだ。剣に槍に斧……錆びかけた武器がそこら中に突き立っている。よく街路を見れば朽ちた武器もあることが分かる。
今まで誰も通れていない門。それが嘘ではないと信じさせてくれた。
「最後の難関……あるいはこれが始まりかしら? アナタは、どう思う?」
「貴方は確か……同じ浄銀の……」
門の前には幾つかの隊が揃っていた。
これもまた図ったように同時に到着したらしい面子は4組。
その中からカラスの面を付けた女が、妖艶な肢体をくねらせながらイサに話しかけてきた。
平時においてならお近づきになりたいと思わせるが、場所が場所だけに刃のような気配を発している。
「リンギよ。狼さんとはコレがはじめまして、ね? 前から話してみたかったけど、機会が無くてごめんなさいね」
「是非、こちらからよろしく願いたいですね。私が教会に振り回されている時には、随分と動き回ってくれていたようですし」
「あらあら、別にアナタに悪意があったわけじゃないわ。教会の秘密はどんなに小さなものでも巨万の富になり得るから……」
他愛のない会話をしながらもイサは周囲を観察していた。
面識こそ無くとも高位冒険者の情報はできる限り調べていた。
それを察したのか、リンギが笑う。
「周りが気になる?」
「コールマーとサーレンでしょう?浄銀 ばかり集まってしまいましたね……神青鉄はうちの子一人ですか。良くわからない人ですね」
「ボクはべっつにお兄さんの子じゃないけどなぁ……久しぶりだねリンギのお姉さん」
「……ええ、あまり会いたくないもの」
仮面で分からないが笑顔が引きつったのをイサは見た気がした。レイシーはそんな反応をこれが普通だと言わんばかりに、イサを見てニヤついている。
「そんなに問題児でも無いですよ。レイシーはその辺りの有象無象よりは信頼が置けます……予想通り、戦士や騎士の類はいませんね。ところで……なぜ門へと向かっていないのです?」
イサが到着する前に他の浄銀組は、南の門へと着いていたのだ。ならば当然出し抜いてこそ名声が高まるというもの。こんな場所で固まっているのはおかしい。
「……私達の傘下に入った冒険者。その一部が抜け駆けしたのよ。それぞれの組から数名ずつ……あらかじめ示し合わせて私達に付いていたのね。端的にいうと腐肉喰らいのクソどもだけど……どういう訳か、武器だけここに転がってるのよねぇ……」
「やられちゃったんでしょ?」
「問題は何にか。しかし、最後に何かが待ち受けているのは当然だろう。むしろいなかったり、ただの罠ならば興ざめするというもの」
「まぁまぁ……勢いで行くのも良いんだけど、あそこの人から何か聞けたらと思ってたのよ」
リンギのしなやかな指が斜め上を指した。そのさきを見てイサはビクリと肩を震わせた。
柱の上にボロの外套を纏った男が一人。悠然と腰掛けている。
驚くべきは、イサほどの戦士が言われるまでその存在に気付いていなかったということであろう。つまりその者はその気になればイサを影から屠れる存在ということになる。
そして、それほどの域にある戦士はこのカルコサでも数えるほどだ。
デメトリオは動かなかった以上……
「あれが……第一位! ミロン!」
存在すら怪しまれる冒険者の最高峰。最強と最優を兼ねながら一人で行動する奇人。そして名誉を築きながらも滅多に姿を表さず、それに拘泥しない人。
風で外套がはためいて、一瞬分厚い筋肉の鎧が垣間見えた。
その男は挨拶でもするように、自然な動作で冒険者達へと向いた。
「さぁ、最初の試練を始めよう。この戦いで立っていられるのなら次へと進もう」
その厳かな宣告に、イサは無意識に嫌悪を抱いた。
それがどういった嫌悪なのか。イサが気付く前に、ミロンは地上へと降り立った。それと同時に最後にして最初の関門が現れる。
ここから先に余裕など無い。それでも進みたいのなら……輝きを示すしかないのだ。