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青閃と銀閃の灰都探訪  作者: 松脂松明
第1章下層貧民区画
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地上を進む

 不合格、不適格、不都合――容赦なく採点される。

 眼下で繰り広げられていた(・・・・・)戦いを辛口ですらなく、淡々とその男は評価していく。



「なんで……」



 膝から下を失い、地面へと自然落下した男の上半身が恨めしそうに男を睨んでいた。動きやすそうな革鎧は敵の攻撃を前に何の役にも立たず、残った体に少し遅れてから血の雨が降り注いだ。残った足から血が吹き出るよりも落下の方が速かった。それは敵の放った攻撃の凄まじさを物語っていたが……敗北者の目線の先は敵ではなく、味方のはずの男だった。

 ゴールへたどり着くまさに最後の関門。強大な敵というお定まりの役者ではなく、自分たちを放っておいて高みの見物を決め込んでいた男こそ憎い。


 なぜ? その問いが何を意味しているかは、もし戦いを見ていたならば誰にも明らかだ。


 ――なぜ、助けてくれなかったのか?


 当然の疑問だった。

 倒れた男は見守る男の仲間ではない。話した回数も2度あったかどうか。なるほど、確かに助けてやる義理は無いだろう。

 だが、同じ冒険者なのだ。この状況に対して思うところがなにも無いなどとあり得ない。

 革鎧の男の周囲には幾つもの血溜まりが広がっている。それこそが彼の仲間の跡だ。他は肉片一つ残っていない。第一区画、すなわち魔都カルコサの最下層区から這い上がろうとするものを排除する門番によって、跡形もなく消し去られた。


 その間、この傍観者は何もしなかった。

 朽ちた柱石の上に、隠者よろしく腰掛けたまま。身じろぎすらしていない。その凪いだ湖面のような目でじっと見つめていた。


 それが狙いなら喜色ぐらい見せるだろう。あるいは破滅を見るのが好きな破綻者ならば愉悦があるだろう。新たな挑戦者を排除したいのなら、手ぐらい出す。漁夫の利を得たいなら、今こそ動くはずだろう?

 

 だが、その傍観者は最後まで……いいや、今でも傍観者だった。

 最後の男が息絶えようとしている現在ですら、ただじっと見つめていた。既に門番は元の位置へと戻った。彼らの死は状況に何らの影響を与えなかった。



「ミロ……ンっ、てめぇ……っ」



 地に伏した男は最後の力で、咎めるような声を出して、そのまま動かなくなった。

 完全に生命活動を停止して、傷口からあふれる血にも勢いが失せていく。



「……第4位冒険者、ラルフェス。単純に力不足」



 彼が冥府への旅立ちに聞いたのは、味も素っ気もない感想。魂というのがあるのならば、死後もへし折れるであろう淡々とした断定だった。



/


 そうしてイサ達は魔都へと再び入った。

 その日は瘴気が濃く、足下はわずかに湿気を帯びていた。おあつらえ向きに何かが起こりそうな雰囲気が全体に漂っている。


 ……この魔都でイサが気に入らない時があるとすれば、それはこうした前兆とも言える顔を覗かせる時だ。この都自体が観客であるかのように舞台が整えられて、劇的な展開を要求されている気分になるのだ。


 裏に小さなスパイクを装着したブーツで罪もない街路を蹴ってみるが、不快感は消えない。

 


「嫌な天気です。さっさと最後の拠点まで行ってしまいましょう」

「はい!」

「まぁ……ここからだから嫌でも数日かかるけどねぇ」



 歴史的瞬間に立ち会える者としての喜びを表すセイラと、それを混ぜっ返すレイシー。

 それらに対してイサは珍しく無言で返した。


 レイシーは動物的直感の持ち主だが、演出じみた魔都のあり方に疑問を感じたことはないのだろうか?

 イサは冒険の間、常にそれを感じている。魔都の仕組み自体もそうだが、物語のように仕立てられた流れが気にかかるのだ。

 

 イサがこの魔都に訪れるや、カルコサでも特殊な人物であるレイシーと出会って相棒となった。

 

 殺人鬼と化したタークリンを討ったのもイサだ。


 そして地下に潜む正体不明の者共とも邂逅し、今は最下層区を突破せんとする先頭集団の一人だ。


 まるで全てがイサという主役を待ち望んでいたかのように事態は流れていく。


 大きな流れが自身を木の枝のように流していく様を幻視するイサ。その脳裏に雷光のような考えが浮かんで消えた。今の所、最も手強い敵は地下にいた。確かにこの魔都であれば常識ハズレの存在がいてもおかしくはない。

 だがあのミミズのような魔人共、あれほどの手強さ……単体で見るならばイサの2段上といっていい……が、この先に溢れるほどいるとは考えにくい。


 イサは世界と同じくらい自分のことを信じている。己より上がいることは知っている。だが溢れるほどとなると話は別だった。



「大事なものにこそ強い護衛を付ける……何も不思議なことはない。当たり前の考えだ。であるならば……大事なのはどちらだ? 街の中央か? それとも地下なのか……?」

「頭目殿。 何を言っているかは分かりませんがね。昔から浮気性の男は何も得られない、と相場が決まっているものですよ」

「ああ……すいませんね、カレル。ですがそれならばほとんど分かっているようなものですよ」

「貴方には及びませんが我も騎士。あのミミズもどきの強さは衝撃的というものだ。それこそ世界が根底から揺るがされたように感じたものです」



 レイシーは分からないが、戦士であれば己の武に自負を持ちつつも、正確に力量を弁えている。どうやらカレルもイサと同様の違和感を覚えていたらしい。

 それを今まで打ち明けなかったのはカレルの方がイサよりも年長であり、それに相応しい貫禄を備えているためだろう。思わず口に出してしまっていたイサにはまだ若さが残っているためか。


 2人の疑問に答えはない。地下にも何かあるのだろうが……だからといって地上が重要でないことにはならないのだ。少なくとも魔都の怪物と関わりの深いと見られる鐘は、音からしても地上にあるのだ。

 気付けば立ち止まっていた2人をセイラとレイシーは手を振って待っている。



「呑気なものです」

「あれぐらいで良いのですよ。思うに頭目殿はまだ若いのに頭の回しすぎだ。そのくせ楽しむことが第一では足場が疎かになるだけですな」

「どうせわからないのだから……ですか。まぁ今後の楽しみとしましょうか。ところでカレルは一体何歳なんですか? 妙に含蓄がありますが……」

「40を超えたあたりまでは数えていたが、多分50は超えていないな」



 思っていたよりも若いのか老けているのか……イサは言葉を飲み込んで拠点へと向かった。

 それは“抜け駆け”をした冒険者の一団が出立した時刻と一致している。

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