晩餐
毎日、毎日がお祭りのようだ。
冒険者として底辺を生きてきた自分がここに来て、とんでもない舞台に上がってしまったものだとセイラはいつも思う。しかし、以前とは違いセイラはそこで考えを止めた。
理由がどんなものであれ、セイラは選ばれたのだ。それも、この街の中でも指折りの冒険者達によってだ。生活における危険度は高まったが、衣食住は以前とは比較にならないほどマトモになった。セイラはそれに吊られて、思考も真っ当に近づいている。
このあたりは凡人ならではの切り替えとも言える。落ち込んでいる時間も、上向いている時間も生活水準に連動するのだ。
入り口街の路地裏……とは言ってもならず者がたむろしているわけでもない。
なにせこの街は異常に広いのだ。入り口街だけでも下手な大都市並であり、それでいて人数はそれほどでもない。誰もいない一帯などそこら中にあり、何をするのも自由だ。
だからこうしてセイラのように訓練に励むこともできる。これをしている者は案外に多く、路地裏には結構な頻度でブサイクな手作り案山子を見ることができる。
「……はぁ。当たるようにはなってきたかぁ」
離れた位置の案山子には的のように丸が描かれている。
ど真ん中を射抜いている矢はほとんど無い。しかし外円部に命中したものは目立つ。少なくとも訓練の時間すら無かった時代に比べれば雲泥の差というものだ。
「カレルさぁん、そっちはどうです?」
「まぁまぁというやつだな。ともあれ、以前のようにはいかないが……まぁやらぬよりはマシだ」
同じ下級冒険者でも騎士カレルはセイラとは随分違う。美々しい甲冑に相応しい実力があるとされていたが、片手を失ってからはその戦闘力は半減している。それでも片手持ちのバックソードに切り替えて、現状に適応しつつある。
セイラが生き残って来れたのはカレルの守りがあったからだと言ってもいい。
緑金の騎士カレルは顔こそ険しいが、優しくセイラに接していた。そんなカレルを見るとセイラも『いい男だなぁ』と思うと同時に、この騎士は現在の自分をどう思っているのか聞きたくもなる。
デメトリオのように名前の挙がらぬ日はない、というような騎士でこそ無かったがれっきとした実力派の騎士であるカレルは、本来ならば競い合いの主演の一人でもおかしくはない。
しかし、それを正面から聞くのもためらわれてセイラはいつもの言葉を口にした。
「そろそろですねぇ、南の区画」
「そうだな」
応えは短いが優しかった。
ゴールが近づいてくる。その瞬間に立ち会えるのは幸運だが……2人のリーダー達からすればそここそがスタートなのだ。
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カレルはセイラという荷物持ちのことを高く評価していた。
セイラは戦闘者としてみれば未だに3流を抜けない。素人に毛が生えたようなものだった。
だが、その程度の力量で背嚢の重みに喘ぎながら主人達に何とか付いていこうとしていた。それは確かに自棄か無謀か分からぬようなものだが、カレルはそれも嫌いではなかった。
思えば見習いであった時分には、己も仲間もああいう顔をしていた気がする。まぁ良い先輩騎士に出会えた者だけだったが。
未熟であっても、若さという最高の才能がセイラにはまだある。それはカレルにはもう微笑んではくれない恩恵だ。
タークリンという哀れな暴走者によって腕を落とされて、今更下積みから再開することになった人生。だが、正直なところ両腕が揃っていても大して変わらなかったのではないかとカレルは最近思うのだ。
世界は無常で残酷だ。実力派の騎士などと呼ばれていたが、壮年に達した身には甲冑が重くなりだしていた。余程の鍛錬を重ねるか、特殊な才能でも無い限りは切った張ったの世界では若者のほうが有利なのだ。
今や己の頭目でもあるイサやその片腕であるレイシーなどに至っては、才能の塊にも程があって最早妬む気にも成れない。肉体の全盛期においてもカレルはあの境地に至ることなど無かった。
所詮、カレルはただの優れている程度の人間に過ぎなかった。他を圧倒する煌めきを持って生まれていない。
「しかし、それも悪くないと思う日が来るとはな……本当に年を食った」
「はい?」
「なんでもない。独り言だ」
ここから先は選ばれた者たちだけが見るはずの世界だ。しかし分を弁えれば英雄の卵達の活躍と、未熟な若人の成長を見守ることができるだろう。
いつも背負っている背嚢の下から覗く、セイラの下半身をついつい目で追いつつもカレルは集合場所へとのんびりと歩んでいった。
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イサが住居に定めている宿屋。その一階の食堂で4人は席についており、目の前の大量の料理と飲み物。どれもがこの街では非常に高価なものばかりであり、セイラは目を丸くする。
先行から戻ったイサとレイシー。荷物の仕入れと整理を終えたカレルとセイラが久しぶりに顔を合わせた。
役割が違う上に、未だ弱いと頭目2人が感じる下層南部の敵も支援役2人には強敵である。必然として、ここしばらくは顔を合わせない日が続いていた。
完全に離れた物理的な距離だが、不思議と連帯感は強まっていると一行は感じていた。
思うに人数が良かったのだろう。
実際的にはイサたちは雇われたがる者が少なかったという理由からの4人編成だが、人数が少なければ物資の必要量も減る。運ぶ量も消費される量も最小限で済むというわけだ。無論、戦闘員が二人で充分という大前提の上に成り立っている。
かなりの間抜けでも4人ならば顔も名前も把握できる。無理なく互いを信頼しあえる人数なのだ。
「さて、前祝いとはいきませんが……今日は私の奢りということで存分に飲み食いしてください。では、乾杯と行きましょう」
「「「「乾杯!」」」」
イサは次の行動で一気に南……次の階層まで達するつもりらしい。
用意された物資の量が通常の倍近いとなれば、無学のセイラにもそれがよく伝わった。
他の高位冒険者達のチームも、ほとんどイサ達と進行度は変わらないのだ。“一番乗り”の栄誉を狙うならタイミングはここが限界になる。
「ようやく競争らしい競争になってきました。ハルモアが脱落したままなのは残念でしたが……差し引いても楽しめるでしょう」
「頭目殿ではないが、騎士や傭兵の隊が先頭争いに参加していないのは気になるな。我々……まぁ我は元だが騎士は冒険者に対抗意識を持つ者が多いのだが……はて?」
酒の肴は料理以上に今後のことだ。とは言え、それは楽しみにしているイサと真面目なカレルに限定されており、セイラとレイシーは料理に舌鼓を打つ。
「果実水頼み放題だねぇ。お兄さん万々歳!」
「干し物じゃない果物まで……幾らするんだろ、コレ……」
現在の情勢では僻地にあるカルコサは交通の便が悪い。それも魔都と呼ばれるだけあって、道中の護衛を増やしている商人が多いのでその分だけ値段は跳ね上がっていく。
恐らくはこの食事代だけで木っ端冒険者の数年分が吹き飛ぶだろう。頼んだイサは平然としており、レイシーは悪いとも思わずに無作法に平らげていく。
「レイシーさんもイサさんぐらいお金持ちなんですか?」
「ボク? いや全然持ってないよ。たまに獲物を持ち帰ってるだけだし、お金はあるだけ使っちゃうから。この前の調査でも費用は全部お兄さん持ちだったよ」
「は、はぁ……」
イサとは別の意味でレイシーの金銭感覚はセイラには理解不能だ。
金を持っていないという意味では同じなのだが、いざとなればどうとでもなるという前提がレイシーにはあるのだ。
「お兄さんは外で名のしれた冒険者だったらしいから、うなるほど持ってるんでしょ。気にしない、気にしない」
「うーん、高級過ぎて味が分からない……」
おっかなびっくり魚介のスープにスプーンを差し込んでは戻すセイラ。
干物を戻す際に香辛料などをふんだんに使っているソレなど、もはや異界の料理だ。かつて堅パンをマメのスープで戻していた時分を思い出せば、天と地ほどの差がある。
とりあえず口に含んでみても漠然と美味いとしか分からない。
処刑前日に豪華になるという囚人の食事のような気分が味を上書きする。
イサ達と出会ってから、セイラの日々は夢のようだ。
ある日、目覚めたらマズイと評判の堅パンを齧っている自分がいるのではないか? そうした空想に耽るとき、セイラの気分は複雑なものとなる。
だが、どう考えてもその日々には戻りたくなかった。かつての仲間達の顔もすでに薄れてきていた。