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青閃と銀閃の灰都探訪  作者: 松脂松明
第1章下層貧民区画
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無限の蛇

 僧院のような雰囲気の教会関係者宿舎。そこでデメトリオは誅殺を終えたことを報告し、アリーシャナルへの手土産として異端者の荷にあった水薬の空瓶を渡した。

 空とは言え付着した残留物から研究班が何かを読み取るだろう。あの者の手腕次第ではこれから先へと繋がる可能性もあった。


 そんなデメトリオを前にアリーシャナルは羊皮紙を振ってみせる。

 仕草に反して相変わらずの茫洋とした顔と雰囲気だった。



「冒険者……という方々は変わっていますね。先日のイサ様とレイシー様が例外なのかと思っていましたが」

「それは?」

「リンギ、という浄銀(ミスリル)級冒険者からのお手紙です。異端者が繋がっていたのは外の商会だという旨が書かれています。ご丁寧に育成元の僧院の名も。真実だと分かればそこは上の手で破棄されるでしょう」

「我々でもそこまでは掴んでいないな。しかし、あっさりと施設全体を破棄か。剛毅なことだ」



 リンギという冒険者は外部との繋がりが強いらしい。

 いかにこの魔都の中で勢力を持っていようが、中だけでは教会を先回りすることなどできるわけはない。

 この注進は教会にも負けない組織力があるということ、恩を売り繋がりを作ること、そして冒険者を甘く見るなという幾つもの意味が込められている。


 しかしながら組織としては教会の方が圧倒的に上であろう。

 施設を破棄というのは建物のことを指しているわけではなく、属する者全員を指す。それは情報が漏れたことよりも、掟に背いたことに対する責任を取らせるほうを重視してのことだから凄まじい。



「世慣れた者であるほど冒険者などならず者に過ぎんと言う。だが、誇りを持っている者もいるというわけだ」

「未知を切り開く者たち……そう語れば教会(われわれ)彼ら(冒険者)も同じものだと言えるのでしょうが……どうしてこうも違いが出るのでしょうね?」



 未知を利用して己の利益に繋げるからだろう。冒険者が同じことをやろうとしても所詮は個人、組織としての組合は支部ごとに半独立しているに近いためこれも不可能。

 そもそも教会にとって神秘は未知ではない。単に未だ再現不能なだけである。



「確かに……雰囲気は違うな。彼らが未知を手に入れたとしても……それをどうするか、さほど思い悩むことはあるまい。危険ならば捨ててしまえばいいだけのこと。そこから来る違いかも知れん」



 アリーシャナルの語る違いとは人としてのあり方だ。

 冒険者達は個性が強く……そして前向きだ。使命を仰せつかり、従う身では望めぬ身軽さを持っている。



「案外に……彼らの方が上手く“水底”と折り合いをつけるかもしれませんね?」

「……聞かなかったことにしよう」



 デメトリオは静かに告げる。それは上への不服と見なされてもおかしくはない発言だ。

 デメトリオはアリーシャナルのこうしたところが苦手である。彼女は己の生命どころか、背教者の汚名すら恐れてはいない。

 曖昧な顔のままに、恐ろしいことを口にしてのける。


 もし、異端者ですらなく背教者と認定されたのなら……その末路を思うだけでデメトリオですら、ゾッとするのだ。

 そしてアリーシャナルはそれすらも取るに足らないことのように振る舞っていた。


 自分たちはあくまでも少しだけ訳知りなだけだ。選ばれた存在というわけではない。

 そう己の襟を正すデメトリオを、アリーシャナルの芒洋とした目が見ていた。


/

 宿の食堂で、イサは酒を飲んでいた。

 相席しているのはレイシーだけだ。セイラもカレルもどこかへ出かけている。このところあの二人も秘密が多いものだとイサは思う。

 酒の肴に最近の活動を喋っていると、レイシーは微妙に不機嫌となった。



「へぇ……最近見ないと思ってたらそんなことしてたんだ。というか何で呼ばれなかったのボク」

「貴方だと全員殺して終わりでしょう?」

「じゃあ、お兄さんはどうやって解決したのさ」

「解決しそうになかったので、ムカついて殺しました」

「ボクよりひどいじゃないか!」



 可愛らしい音をたてるレイシーの拳を手のひらで受け止める。

 イサにとっては実に心癒やされる穏やかな時間だ。というよりもこれまでが彼らしく無かったのだ。

 万事楽しむことを旨とする者が、手玉に取られて終わったのだから無理も無いかも知れないが……本当の理由はそこにはない。


 理由は空気だ。

 どういう訳か、紛い物退治から帰ってきたあたりから空気が変わったのだ。誰もが安心して次の冒険へと出向こうとしていた。

 冒険者への妨害行為という事件そのものが“既に終わったモノ”として扱われていた。


 恐らくはイサが踊らされている間、実際に教会が黒幕を排除したのだろうが……それをどうやって喧伝して浸透させたのか。そしてどうやって信じさせたのか。それらが全く分からないのだ。


 本当に終わったのかどうかを誰も確認しようともしていない。

 普通ならば教会の権力侮り難し、とでもなるのだろうが……イサにはどうにも納得がいかない。奇妙な力で隠蔽されたかのようにしか思えない。

 さて……次の来客はその疑問に応えてくれるだろうか。

 


「……隣、いいかね?」

「どうぞ。私の中に残った不安感を取り除いてくれるのなら、さらに良いのですがね」

「ありゃ、珍しい人が来た」



 やってきたのは聖騎士デメトリオ。

 レイシーは元より知り合いだろう。イサも教会を訪れた日に気配を感知しているため、全くの初対面というわけでもない。性格も影響して非常に気安く椅子を勧めた。

 


「ありがとう。それと君の期待に応えられんことを謝ろう。教会はこの手の情報操作を得意中の得意としているが、部門が違う私にはその類の事柄を知る権限が無いのだ」

「はぁ……仕えるところがある人は大変ですね。私は全部知ろうとして真っ先に消されそうで……勘当されてよかったのかもしれませんねぇ」

「それも君の父上の愛だったのかもしれんな。そして無論のこと、主の愛でもある。だから君は生き残り、この街に来たのだろうから」



 陰鬱そうな騎士が座って、盃に手を伸ばし始めると場の雰囲気は一気に落ち着いたものとなる。そして……大人の時間と言われるような場でレイシーがおとなしくしているはずもない。



「お坊さんがお酒飲んでいいの?」

「我々の戒律はそうしたところでは緩いのですよ、レイシー様」

「そういえば私も東洋混じりですし、結婚も特別厳しくはなさそうですね」

「お坊さんが人を殺して良いんだから、そのあたりは当たり前だよねー」



 煽りに煽るようなレイシーの言動だが、デメトリオは枯れ木のような顔を微笑ますだけだ。……思えば、教会は常にレイシーとイサに好意的と言ってよかった。

 イサは血縁的には教会の関係者とも言えるが……街で疫病神扱いされるレイシーの何を知っているというのか。



「……気に入らないな。ねぇ“ウロボロス”の人たちは何でボクのことを様付けするのさ?」

「さて……私には答えられませんね」

「そして、その割に放任主義なのですね」

「それも答えられませんね」



 レイシーの問にも、イサの問にもデメトリオは何も答えない。

 先程言っていたように喋る権限が無いのか、あるいは……知ること自体が許されていないのか。



(だとするのならば、なぜ(デメトリオ)はわざわざここに来た?)



 イサは思考する。

 さほど難しい問題ではない。要はこの男は自分たちがレイシーに対して何かを期待していることを思い出させるために来たのだ。そして、自分がそれに必ずしも賛同していないことを示すため。



「考えていたよりは堅物ではないのですね……少しだけ貴方が好きになりましたよ、デメトリオ殿。いずれ貴方も私がいただきましょう」

「……お兄さん?」

「ではこのあたりで退散するとしましょう」



 本当にそれだけのために来たのだろう。デメトリオは木椅子から立ち上がり、腰の太陽剣を微かに揺らした。

 その剣を物欲しそうに眺めつつ、イサは言った。



「飲み代は私のおごりでいいですよ。気分が良くなったのでね」

「ならばこちらも礼として……」



 イサに一つ耳打ちして、陰鬱の騎士は去っていく。

 街の有名人だというのに、誰も彼のことに気付かないままだった。

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