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青閃と銀閃の灰都探訪  作者: 松脂松明
第1章下層貧民区画
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太陽の断罪

「また外れですか……面倒なものです」

「ひぃひぃっ……全部喋ったんだ、もう良いだろ? 同じ冒険者の誼だ……見逃してくれよぉ…」



 足で踏みつけた冒険者の男は、その巨体に似合わない表情を浮かべている。……怯えたネズミのようだ。

 錆びたフルプレートメイルには腹部に大きなへこみが刻まれ、離れた場所に長剣が転がっている。どちらもイサの手によるもので、既に男からは戦闘能力が失われていると言っていい。

 特に鎧のへこみは侮れない怪我の元だ。そのまま動けば肋骨をおかしくしてしまうだろう……まぁそれも全身鎧を着たこの男が、倒れた状態から一人で立ち上がれるとしてだが。



「同じ? 同じと来ましたか。偽物とは言え……ああ、これただの下剤のようですね。素人判定ですが、特別な雰囲気は皆無です。コレで貴方が他のチームに何をしようとしていたか……さっき自分で話した通りでしょう?」



 イサは男の眼の前で薬瓶を揺らした。奇妙な青色をしているが、着色されたもので神秘の水薬には程遠い。

 狼の面が闇に浮かび上がり、死神の宣告のようだったがイサとてそこまで無情ではない。単なる脅しである。ただイサは生命を奪うことまではしなくとも、腕の一本を奪いそうな人間であるため男の恐怖も当然だった。



「えへへ……でっでもよぉ! お前らが上に行ったら俺たちは皆餓死になんだよぉ……分かるだろ? なっ? なっ?」

「……今日、貴方が罠にかけようとしたのは低位冒険者達の集まりです。高位に劣る実力に対抗するため数を集めて結成された……確かに一流ではない彼らならこの程度の仕掛けにもかかるかもしれませんね」



 しかしその集まりは生活を守るものであると同時に、変化へとついていこうとした努力のためだった。健気でかつ侮れない……尊敬できるとさえ言える。



「気が変わりました」

「がっ!?」



 喉元に叩きつけられる大鉈の先。ろくに刃もついていない武具がもたらす苦痛に、踏みつけられた冒険者は息を懸命に吸おうとするだけだ。今の一撃で声帯は潰されたのだから、他にしようもない。

 藻掻き暴れる巨漢の死力が、中肉中背のイサに容易く抑えられたままなのは異常な光景だ。



「貴方は面白くない。そして貴方は面白くなりそうな芽を摘もうとする……駄目ですねぇ、もう我慢出来ない」



 さらに捻るように鉈を突き出されて、男は既に痙攣を繰り返すことしかできない。他者の足を少しだけ引っ張ろうとしただけなのに……そう考えても声にはならない。

 些細な悪に、より凶悪な力が意趣返しをする。悪を潰す善よりも遥かに見慣れた世の習いだ。

 最後に小気味の良い音を立てると鎧の男は動かなくなった。



「はぁ……全く無駄骨です。やってくれますね、あのアリーシャナルとかいう尼僧。どうにか見物だけでもできると良いのですが……」



 アリーシャナルから流された実行犯の情報。それをイサは既に処理している。だが、芋づる式に得られる黒幕らしき者を探る度に、眼前の死体のような紛い物と出くわすばかりだ。

 事件の影にいる人間が極めて用心深いのもあるだろうが、同時にあの程度の情報をそれらしく整えて出したアリーシャナル。彼女にこそイサは敗北したといっていい。

 


「しかし、同時に真犯人が教会と縁のある人物と表明したようなもの。私では教会の敵にならぬと踏んでのことでしょうが……まぁ良いです。ここはおとなしく負けておきましょう」



 しかし、最後に笑うのは自分である。問題はいつが最後なのかということであり……見当もつかない。イサは楽しそうに笑って、死体から冒険者の証を引きちぎった。

 複雑な結び目を懸命に解いていくのも乙なものだが、わけても最高なのは一刀両断したときである。どちらに転ぼうとイサには面白い。



「願わくばこの男のようにつまらない最後であって欲しくは無いものです。……そういえば、名前はなんでしたかね貴方?」



/


 犯人探しをしていたイサが出遅れた以上は、順当に本命の出番となる。

 すなわち陰鬱そうな聖騎士デメトリオ。第一位冒険者ミロンと双璧を成す、魔都カルコサにおける最高戦力の一人である。


 その物憂げな顔と同様に、気乗りのしないような足取りでデメトリオは歩いていく。

 焦った様子すらないのも当然。デメトリオはそもそもイサとはスタート地点が異なる。なにせ黒幕と目される人物の情報を最初から持っている。


 ゆえにゆったりと歩こうが構わない。本人の力量に加えて、教会という組織の後ろ盾……そこまでを含めるのならばデメトリオはイサどころかミロンの上にすら位置しかねないのだ。



「教会は……入信者には最大限の調査を行う。それこそ秘術師候補から一時の小間使いまで、だ。ならば最初から身元を二重に持っていればいい……単純だが効果的だな……」



 鬱蒼とした森の趣でデメトリオは相手への賛辞を口にする。

 しかし、イサのような享楽もハルモアのような真摯さも無い。ただ事実を口にしているだけのようだ。



「……」



 対する相手……フード姿の男は徹底して無言。

 己の敵と好んで会話するような手合ではないらしく、ある意味非常に影働きらしいとも言えた。これが酒場で鬱屈していた者たちに親しげに声をかけていたとは誰も思うまい。その時のような明るい顔も今は消え失せて、険しい巌のようだ。



「一応聞いておくが……どこの勢力の差金だ。いずれ他の者が調べ上げることではあるから、答えなくとも構わん。だが答えれば人として墓を作ってやろう」

「……」

「そうか。表向きの身分は第5位冒険者……登録名はヴィス。秘術師候補としての名はサリオン……これより廃棄(・・)を開始する」

「……」



 デメトリオは長剣を鞘から引き抜く。黄土色のように鈍い黄の輝きがそこにはあった。しかし、仮にも人間を相手に廃棄とは凄まじい言い草である。しかも言葉通り、その顔には何の熱も浮かんでおらず……農夫が草を刈るのと同じであると言わんばかりの作業感を漂わせている。


 対するヴィス、あるいはサリオンは腰から二振りの短剣を取り出して、交差して構えた。

 相手の知名度からすれば恐ろしいまでの胆力である。少なくとも中堅の第5位冒険者では決してあり得ない姿だ。


 相手を人とも思わない男と、一切の感情を消し去った男の闘争が始まる。


/


 互いの性格がゆえか、その戦いには一切の声が無かった。

 そしてまた彼ららしいと言えばらしいことに……一瞬で決着はついた。


 デメトリオは初撃に何の変哲もない、縦の斬撃を選んだ。ただし剣速と踏み込みの速さが異常ではあったが……デメトリオからすれば普通のことである。

 それをサリオンは横へと退避して躱し、長剣の利がない超がつく接近戦へと持ち込もうと……したはずだった。



「……!」



 たった今振り抜いたはずの剣が、既に横薙ぎへと跳ね返ってくる。

 デメトリオの剣は何もかもが速い。切り替えすらも……


 それを辛うじて短剣で受け止めようとしたサリオンの手腕は褒められて良いものだった。……デメトリオの剣が普通の剣ならば!

 

 サリオンの交差した短剣は持ち主の胴体ごと切断された。

 その切れ味は尋常の武器ではない。デメトリオの力量を加味しても、二切れの鋼鉄ごと人体を両断してのけたのだ。


 デメトリオにとっては、それも当然である。

 教会からその力量を認められて、正式に貸与された長剣。現在では製作不可能な神秘で編まれている神秘の残り香の一つなのだ。



「さらばだ。太陽に抱かれて消えるといい。サリオンもヴィスも初めからいなかったのだ」



 不可思議なことに切られた男が燃え上がる。さらにその炎は周囲の石材には焦げ目すらつけないのだ。まさに神秘だった。

 

 この日幾人もの冒険者が街から消えたが、ヴィスだけは死亡ではなく行方不明と記されることとなる。

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