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青閃と銀閃の灰都探訪  作者: 松脂松明
第1章下層貧民区画
20/102

毒を求めて

 ハルモア、倒れる。

 その噂は瞬く間に入り口街へと広まり、新しい酒の肴になった。

 単純に有名人が失墜の兆しを喜ぶ者もいたが、やれ街の瘴気の害は本当だっただの、やれ未踏区域に足を踏み入れるべきでは無かった……そうした話題も多く聞こえてきた。


 ハルモアのチームが倒れたと聞いたイサもまた彼の病床を見舞うことにした。



「ハルモアが倒れたですって? ほう? ほう……」



 状況をかいつまんで聞かされたイサは、本人としては純粋に同朋の心配と、その状態から生還したハルモアの体力を讃えての行為だったのだが……終始笑顔であったため仲間達から『やっぱり性格悪いなコイツ』という目を向けられた。

 その推測も間違っているわけではない。高位冒険者が倒れたのを見舞うというシチュエーションを楽しんでいることは確かなのだから。


 そうした経緯で入り口街の医院にイサは一人で来ている。

 このあたりで一番室内が直線で構成された内装であり、色も白に変更されている。大陸西方諸島圏産の壁紙という文化らしく、ここの医者もそこの出身なのかもしれなかった。



「お邪魔しますよ。具合はどうですか、皆さん?」

「「「「うわっ……」」」」



 貴重な花と焼き菓子を手に満面の笑みを浮かべて、病室へと入ってくるイサ。狼面は上にずらして素顔を晒してだ。

 それを見たハルモア達4人は、目の前で苦虫を煎じて茶にされたような顔をした。ハルモア以外はイサとの面識は無いが、それでもそれぞれの目線でイサの人格がどういうものか察した。


 重ねていうがイサに悪意は無い。完全に善意だ。

 だが状況に対する遠慮や配慮が微塵も無く、他人の神経を逆撫でする。


 確かに同じ冒険者であるが、競争相手とも言える間柄だ。

 それが倒れて歩みが遅くなった相手を笑顔で見舞ってくる。他人から見れば煽りに来ているようにしか見えないだろう。


 イサとは逆にハルモア達は仮面を付けた。表情を悟られないためだが、清潔な寝台に獅子や猛牛の面が寝そべっている様子は大分奇妙だ。



「……何の用だ、イサ。こちらの無様を笑いにでも来たか?」

「え? なぜそうなるんです?」



 イサは全く分からないという顔をとりあえずした。

 ズレてはいるが、察しが悪いわけでもないイサは相手が不快感を覚えたらしいことには気付いたが、それはそれで楽しもうと気持ちを切り替えたのだ。


/


「症状は嘔吐と著しい倦怠感……脱力? これだけを見れば、流行病か何かかと疑うところですが……貴方の一党のことだ。違うでしょうね」



 とりあえず面会を許可されたことから考えても、既存の伝染病の類ではない。ハルモア達の構成は全員が一流。体調管理も万全だったはずである。

 発症したタイミングも接敵した瞬間と、余りにも都合が良すぎた。



「毒……ですかね? 優れた毒術師ならば、倒れる時間まで計算に入れられるとは聞きますが……そんなことができる薬師がこの街にいましたかな?」

「俺の知る限りではいないな。 しかし不快感の形からして毒というのは納得できる。高位冒険者ともあろうものが毒を盛られるなどと、軽蔑するか?」

「いいえ、全く。貴方のことだ。仕入先の吟味も毒味も万全だったのでしょう? ならば単純に相手が上手だということ。敗北ではありますが、仕方の無いことでしょう」



 治療記録をナイトテーブルの上へと放り投げて、イサは背もたれのない丸椅子に座り直した。イサもハルモアの実力は認めている。

 ハルモアがかかったのなら、自分もその罠に嵌まる可能性が高いというのは認めるべきだった。



「毒……毒か……。ふぅむ」

「こちらも今後のために情報がほしいですね。その時の様子と、治療の過程を出来るだけ思い出して話してくれませんか?」

「ああ!? 黙って聞いてれば澄ました顔でぬけぬけと……! 誰がお前みたいなぽっと出に……!」



 それは敗北の中身を語れという頼みだ。熱り立つ牛面を、ヤギの面が優しく制止させた。

 そこから流れる声は女のものだった。



「報酬は? こちらとしても無料なんてわけにはいかないわ。イサさんも事態が解決しないのは困るでしょう。なにせ誰かの企みなら狙われるのは高位のパーティだから、次がイサさん達の可能性も高い」

「おやおや、確かに。ですが背景が分からないままなら貴方方も復帰したところで、もう一度病院へと戻るだけでは?」

「ええ、そうね。でも私達はもうかかってしまった後なのよ、狼さん? こちらはゆっくりと療養することは決定済み。でもイサさん達は他との競争に勝ちたい。慌てなくてもいいのかしら?」



 困った、困った。そう頭で思いつつも、自分にやんわりと隔意をぶつけてくる山羊面がイサには面白くてならない。

 それだけで多少の譲歩は構わなくなるほどに。



「では金貨5枚で」

「10枚よ」

「……もういいユール、イサ。前金で5,役に立ったのなら5で良かろうよ。私は商売を継ぐのが嫌いで冒険者になったのだ。値切りは見たくない」



 リーダーであるハルモアの決定に、山羊の面の女は肩を竦めて引き下がった。

 体つきは平坦だが、均整の取れた体である。仕草が実に様になっているとイサは思う。



「イサよ。我々の治療記録などから何か分かるのか?」

「私じゃわかりはしませんよ。だから私以外の人に聞きに行こうかと……では、これで失礼しますよハルモア殿。私に負けるまで死なないようにしてください」


 

 いずれ死ぬのなら私の剣で死ね。

 その宣告をハルモアはどこか小気味よく感じた。


 イサは同業者を殺すのを躊躇いはしないだろうが、剣でそれをやるだろう。ハルモアとしても死に方はそちらの方が良い。



「私の勘だが……これは毒であって毒でない。そもそも殺意が込められていたのならば、私も気付いたはずだ。仕掛けた者が本当にいるのであれば、戦士を知っている者だな」

「貴方の己を全く疑わないところは好きですよ、ハルモア殿。しかしまぁ犯人が私だと思わないところは人が良すぎますがね」



/



「それで? そのまま医者の人にでも聞けば良かったんじゃない?」

「治療の過程を見て聞いた限りでは単に体調を整えさせただけのようです。情報源としては用済みですよ。後はその筋の専門家に聞こうかと……しかし、エラく金を食う調査です。今後のためとはいえ、全く……貴方は貴方で貯蓄は全く無いし」

「美味しいものに消えるからねぇ。で、ここに来たわけか」



 灰の都と称されるカルコサ。

 入り口街の殆どがかつての遺構を用いて、内装を変えた物だが例外もあった。

 その貴重な一つがこの大神殿である。


 周囲に馴染む気は一切ない白。ソレに反して内部は黒に覆われていることをイサは知っている。相も変わらずに薄気味悪い組織だというのが正直なところだ。


 かつては有り、今は失われた神秘。その最後の残り香が一つ水薬(ポーション)を製造しているのがこの施設の管理者、教会である。

 教会は全ての都市に置かれて畏怖されている。カルコサとてその例外ではないということだ。


 歩を進めるイサとレイシーを尼僧姿の女達が見守っている。

 皆一様に礼儀正しく、うわさ話をするでもなくただひたすらにジッと……



(……いや、違いますね。私より注目の度合いがレイシーに寄っている。良いですね。この組織にも人間味が残っていましたか。はてさて、何を知っているからレイシーを見るのか? まさかに美貌ゆえとは思えぬが……案外にそちらの方が面白いか)



 イサとしてはとてもおもしろい事態だった。そう、イサにも生まれというものはあるのだ。それは全ての者に共通する縛りなのかもしれない。

 その時声が聞こえた。落ち着いた声音だが、不思議と全方位から聞こえてくるような口調。特殊な訓練を受けた者だ。



「……お待ちしておりました。ようこそイサ様、レイシー様。この度は多大なご寄進をいただき、心から感謝申し上げます。我らが神もきっとお喜びのことと存じます」

「まぁ……これでも私も遺物管理官の家の出ですからね。時々は棚から出して埃を払っているわけですよ」

「ならば、堂役様とお呼びしたほうが?」

「止してください。勘当された身ですよ」



 声の主は女だ。

 整った顔立ち、白味がかった金髪。誰からも美しいと称されていい造形だが、不思議とそんな気分にはならない。雰囲気としての色気というものが全く存在しないのだ。

 目はこちらを見ているが、どこも見ていない。存在感は希薄。ともすれば目の前にいるかどうかさえ怪しくなる。



「ではそのように……改めましてイサ様。此度のお礼として、私アリーシャナルが当院をご案内したしましょう」



 

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