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青閃と銀閃の灰都探訪  作者: 松脂松明
第1章下層貧民区画
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足に絡みつく

 入り口街には酒場も多くある。

 類は友を呼ぶとも言うが、それぞれの店で固定客を抱えて賑わっている。冒険者が多く集まる店。実戦派の騎士が集う店や傭兵くずれや荒くれ者が集う店……といった塩梅だ。

 イサなどは冒険者組合に併設された酒場の固定客になる。組合長が店主を兼任している冒険者組合はおかしいのかもしれないが、固定客は上等な冒険者が多い。


 そんな店々の中に“完全に腐ってはいないが、素行がそれほどよろしくもない”という何とも半端な連中が集う店があった。

 


「さぁて、今のところ本命は第一位、ミロン!対抗馬は〈聖騎士長〉デメトリオ!次がイサとサーレンだ!」



 陽気な男が声を張り上げると、足元に置かれている器に硬貨が幾らか飛び交った。誰が次の時代の扉を開くのか? それを対象にした賭博である。

 彼らからすればどれも雲の上の住人だが、それでも噂などから差を付けている。現在の期待は、そのまま現実での評価とリンクしており、有り体に言えば面白くない。大穴というものが存在しないからだ。



「ミロンに賭けてもなぁ……金が返ってくるだけだよな。返ってくるだけマシだけど」

「手堅くデメトリオかね? 騎士様は横の繋がりも強いって聞くし、あいつらにゃ面子もあるだろ。しかしなんで聖騎士長なんだ。別に団作ってるわけでもないだろうに」

「イサのところは?」

「有りだろ。一人なら確率低いがレイシーもいる」

「2枚看板とは珍しいよな。冒険者は癖が強くて自分より名が知れそうなやつと組むのなんか稀だろうに。アレな関係なんかね、ヒヒヒ」



 加えて言えば一朝一夕で勝敗が付くものでもないために、ささやかな盛り上がりだった。しかし、酒の肴の話としては悪くないもので皆好き勝手に噂をしてから硬貨を少しだけ放り投げている。


 その店の隅に、何組かの探索者達がいた。同じ境遇の仲間たちのはずが、なぜだか輪に入りきれない連中だ。



「……面白くねぇな」



 酒場の中の話題を耳にした男が静かに呟いた。

 面白くない。単純で幼稚とも言えるが、それはそのまま多くの者の気持ちを代弁していた。その呟きが耳に入る距離にいた者たち全員が動きを止めたことがそれを証明していた。


 酒もろくに進まずに、木製のカップの中にはなみなみと溜まったままだ。それは彼らの不満によく似ていた。


 未踏へと足を進める速度を競う。その競技への参加資格を持つものは一流と呼ばれる者達に限られる。

 第一位を皮切りに、多くのチームがこれまでの限界域である北の区画を抜けて、次の“層”にたどり着くのが誰かを競っている。

 名前が上がるのはどれも浄銀が頭目を務める集団。次いで実力派の聖騎士や上位騎士の集団だ。ならず者や傭兵の名が上がったことは一度もない。



「大体よ、次の場所への道のりが確立しちまったら……このあたりの遺物は……」

「言われるまでもねぇ。価値なんて消え失せて買い叩かれる。商人へのルートだけじゃなく、学者先生へのルートだって怪しくなるさ」



 彼らに全く実力が無いわけではない。浅い階層にも魔物が出る以上はそれなりに戦えなければならない。

 最下級の者達と同様に彼らの主な収入源は、外周区にある遺物の収集と売却。


 世間の人々は新しいモノをこそ愛する。

 辺境にあるため流通量が限られていたのもあるが、灰都の品物に需要があったのは未知の最先端を行っていたからだ。

 さらなる未知の探求を辞めることで、それなりに安全な区域の発掘品に高値をつけさせる。それはここで活動を行う者たちが、長い時間をかけて作った秩序だ。


 それが破壊されていく。その結果起こるのは淘汰だ。先へ行く意志があるものこそが居場所を得て、そうでないものは叩き落とされる。まさに競争。



「くそっ!どうにかして止めねぇと……」

「止めるって……どうやるんだよ」



 自分たちは先に行けないと、木っ端者達は見切っている。だから先駆者の足を引っ張る。

 傍目には醜いが、実に合理的とも言えるだろう。


 しかし、それもまた難易度が高い。

 相手は精神も肉体も自分よりも上の者がほとんどだ。無情なことに全てにおいて上を行かれているからこその格差だった。

 生半可なことをしたところで意味はない。いつものように周りから噂を広めたところで、相手の足が実際に止まなければ意味がない。



「いっそのこと……やっちまうか?」



 その言葉の意味するところは直接的な排除。実力者よりも有象無象の方が数は多い。その数に任せて、上を目指そうとする者たちが入り口街に戻って来ようとするあたりで袋叩きにする。

 聞いた者達の目は一瞬だがギラギラと輝いた。



「……で? 誰が最初に襲いかかるんだよ? お前は当然最前線に加わるんだよな?」



 しかし実力者を血袋に変える光景から来る興奮に、冷水を浴びせかける者もいた。

 言い出しっぺの男は途端に意気消沈して、椅子に座り直す。


 以前とは違い、“真面目な”連中は徒党を組んでいる。影に隠れて隙を突いて……首尾よく頭目格を殺せたとしよう。そうなってもその成果を上げた者は死ぬのがオチである。

 数によっての攻撃が有効であったとしても、実際の戦争がそうであるように矢面に立つ者はほとんど死ぬ。誰がそんな貧乏くじを引きたがる?

 そもそも数で押せば勝てるという事自体、実際に体験したことでもなかった。



 うなだれる男達。その目の前に美しい瓶が置かれる。安い木材の机には不釣り合いな装飾瓶に青と赤が調和しているような輝きが入っていた。



「なぁ君たち……こんなものがあるんだがね? なに、少し値は張るが投資と思えばいい。使い方は簡単で足は付き難い。今の状況にうってつけじゃあないか」



/


 それは北西区画で始まった。

 そこにいたチームは浄銀の冒険者ハルモアが率いる隊だった。



「イサどころかサーレンにも遅れを取ってるからな……ここらで巻き返さねぇと」

「まぁ……私達みたいなちゃんとしたチームじゃないみたいだから、勝負はここからでしょ。イサは面識が無いから良くわからないけど、サーレンは急ごしらえの集まり。そろそろ息切れする頻度が高くなる頃よ」

「ハルモアさん。イサってどんなやつでした? あまりいい噂は聞かないですが」



 ハルモアは顎の傷跡に手をやって記憶を辿りながら応えた。

 その風体は歴戦の勇士にして老練の男……という印象で、本人としては後者でありたいと考えている。



「さて……人柄で言えばあまり良くは無さそうだった。しかし、剣士としての実力は疑う余地も無いというところか。目の前に立った瞬間に首筋に走る感覚は本物だ。統率者としてはよく分からんが、あのレイシーを従わせているのだ。ただものではないと思ったほうが良かろうさ」

「……珍しく、高評価ね。かなり買ってる?」

「というよりは、警戒している。さっきも言ったように性格が良くは無さそうではあったしな。分からんことの方が多い以上は、警戒しておくに越したことは無い。……これからは人同士の争いも増えるはずだしな」



 世界がどうなるかは不明だが、この街は変わる。誰かが“次の階層”へとたどり着き、その話が世界へと広まった時に。

 


「はぁ……俺、人同士殺し合うってあんまり好きじゃないんですがね……」



 ハルモアのチームは冒険者で構成されたごく標準的な編成だった。但し、ハルモアを除いた他3名も第4位と極めて高水準だ。

 


「お前がそう言うから人ではない連中と会ってしまったぞ。……人面蛙(フロッグマン)か。油断だけはするなよ」

「俺のせい!?」

「はいはい。リーダーの冗談よ」

「……来る」



 淀み無く戦闘態勢に移る4人。

 ハルモアは打撃武器を兼ねた盾を構えて、突進の構えを見せた。見せようとした。



「ゲェェェェェッ!?」

「なんだ! どうした!?」



 突如としてチームの一員である弓手が美しい顔を歪ませて嘔吐した。

 戦闘を開始する直前、連携を売りにしたハルモアの隊としてはあり得ない。

 同時にもう2人もフロッグマンの接近と同時に蹲ってしまった。



「なんだ……一体!?」



 訳が分からない。この大事な時期に疫病でも起こったと言うのか。

 ハルモアは一人で奮戦。懸命に脱出を図った後、病臥した。

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