追いかける
舌打ち一つ。
ここまで来ると敵も一筋縄ではいかない者が多い。
とはいえ、レイシーが語っていた通りにまだ余裕を残して戦える範疇だ。北西部を通り抜け、もう西側と言っていい区画にまで一行は足を踏み入れていた。
「来ますよ!カレルとセイラは伏せなさい!」
「ひぇっ!」
今までの区画にも難敵と呼ばれる敵はいた。だがそれはあくまでもその区画の中での強敵であり、元より強者であるイサには大したことがなかった。実際にそうとも知らずとっくに倒していた場合も多い。
しかし、このあたりから区画の難敵は少なくとも戦闘が成立する程度には強い。イサにとってもそうなのだから、荷物持ち2人にとっては致命的だ。
西区角には夜になるとカエルによく似た魔物が現れた。
普通のカエルと違うのは、人と対して変わらない大きさであること。そして、やたらに伸びる舌の表面に人面が浮かんでいることだ。
気味の悪い外見であり、さらにこの舌がこの魔物にとっては武器である。
凄まじい速度で射出される舌は、石材程度なら貫通してのける槍だ。加えてこの魔物は気味が悪いという点も武器だ。
「げっげっげっ」
「気色悪いわぁっ!」
舌に付いている顔面は飾りでは無いらしく、そこから口を利く。……といっても、会話は成立しないが。
そして表情を変化させる。食事の摂取もそこから。既存の生態系に真正面から喧嘩を売るような、まさに魔物だった。
カレルが懸命にバックソードを突きこむが、既にそこに舌は無い。カエルのような本体に収納されていたのだ。
「要は熟練の槍使いと同じですね。突く速度以上に引く速度が速い。とは言え……それだけですがね。レイシー、前へ。セイラ、5数えた後に弓を」
「はーい、お兄さん」
「はっ、はい!」
この敵は異様さに気を取られてしまいがちだが、その実弱点が多い。まず急所が最大の攻撃方法である舌に付いていること。
そして、カエルに似た体はあまり動いていないこと。
速さを活かせていない作りなのは勿論、複数を相手にするのに全く向いていないと断言できる。1対1ならばそれなりの強敵になり得るとイサも認めるが、こちらは一人ではない。
「すぅー、1・2・3・4・5っ!」
セイラの小弓から矢が放たれる。狙いはカエルのような体。
戦闘において足手まといとされていたセイラには、現在課題が与えられている。
『一度の戦いにおいて、必ず一度は攻撃すること』というものだ。
仕留めろとは言わない。大体、耐久力に優れている傾向の強い魔物には小さな矢では急所に当たってさえ致命傷にならない。
大事なことは仲間の邪魔にならないタイミングで撃つという点にある。
そこさえ守られているのであれば、セイラは足手まといから『いないよりは、マシ』という地位に上がれるのだ。
今日の戦いのように。
放たれた矢にカエル男は敏感に反応した。ハエを捕食する爬虫類のように、鞭めいた凄まじい速度で肉体に迫った矢を絡め取った。
「はいはーい、ご苦労さま」
「そこを見逃すほど、私と相棒は優しく無いですよ?」
「げこっ!?」
振るわれた後の鞭は、引き戻されるまでは無用の長物だ。
カエル男の速度からすれば、本来は全く問題にならないのだろうが……そこを狙うのはイサとレイシー。人間の戦士としてはトップランクに位置する者達だ。
鎌が唸る。刀が輝く。
双方向からハサミのように交差した一閃は、過たず舌を切り飛ばした。その表面の顔には嘆きが浮かんでいた。
/
息を荒げる。
大したことは毎回していない。定められた通りに一回、矢を放つだけ。だというのに、その一度で無様に体力を消費するのが私という冒険者だった。
「セイラ」
「はっ……はい!?」
狼面のリーダーと目が合う。
彼との力関係は仮面通りに、狼とリスのそれだ。叱責でも受けるのだろうかと身構える自分が情けないが、仕方もない。
「よくやりましたね。しっかり機会を逃さなかった、及第点です」
「あ、ああありがとうございます!」
緊張のあまり舌を二度ほど噛んだ。
全く何だってこんなことになっているのか?この一行に加わって随分と経つが、未だに事態について行けてない気がしてならない。
「ん~カエルはまぁまぁだけど、他の痩せぎすのおじさんとかは弱いよね。楽なのは良いけど、たまには歯ごたえが欲しくなっちゃう」
「……レイシーで歯ごたえがある域の敵だと、冒険者の9割はそこで通行止めになるでしょうがね。まぁ私はやってみせますが?」
異次元の会話をしているのが、自分たちのエースとリーダーだった。
少年なのか少女なのか分からない灰色の美童が言う、“痩せぎすのおじさん”とやらは下手な騎士などより余程強そうだったのだ。
ところが、この2人はそれをゴミでも払うかのように叩き潰して平然としていた。汗一つかいてなかったのをよく覚えている。
本来のわたしは最下位の石級冒険者。通称“石ころ”と呼ばれる使い捨ての道具だった。それが何の因果か高位冒険者の一党に加わって、この魔都の攻略速度を競う先頭集団で生活している。……未だに何かの冗談のような気がする。
わたしは入り口近くの魔物に蹂躙されたチームの生き残りだったはずだ。それがなぜこうなったのか……
「セイラよ。ぼーっとしておると、頭目殿達が行ってしまうぞ? 荷を背負って追いかけるとしよう」
「あ、はい。すいません、カレルさん」
唯一話しやすいのが美々しい甲冑に身を包んだ年嵩の騎士だ。同じ荷物持ちであり、同じ階級だ。とはいっても彼はイサさんへの恩を返すために騎士団から転向してきた名高い騎士であり、これまた本来は縁遠い人物のはずだ。
しかし懐の広い人物であるカレルというこの騎士は、何かと気にかけて助けてくれる。魔物と化した冒険者との戦闘で片腕を失っているが、残った片腕でわたしをサポートしてくれていた。
積極的に前に出ないのもそのためらしく、申し訳無い以上にありがたいことだった。
「でも……随分と長く入り口街に帰っていませんね。リーダー達はなにか焦っているんでしょうか?」
「競争であるからには焦るのは当然。だが……確かにこのところのレイシー殿は奇妙ではあるな。まぁ元より変わった仁ではあるが、我の目には些か不安定に見える」
「はぁ……あんなに強い人でも悩みとかあるんでしょうかね?」
とすれば、自分などは永遠に劣等感がついて回るのではないだろうか?
……冒険者の中では散々に言われているレイシーさんだが、わたしにはそれほど悪い人物には見えない。可愛いし。
案外に悪評などを気にしたりでもしているのだろうか?
「……イサさんは悩みとかあるように見えませんけどね」
「頭目殿はな。享楽的な性質というやつよ。自分の生き死にすらも笑って見届けるような……戦場に長くいる者から稀に出る類の戦士だ」
後ろにいる者の数少ない特権として、上役についてあれこれと噂しながら追いかける。
やたらに思い背嚢を背負って懸命に。
常に追いかけ続けるセイラは、自分の腕が少しずつ上っているのに気づくことは無いのかも知れない。