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青閃と銀閃の灰都探訪  作者: 松脂松明
第1章下層貧民区画
16/102

歓迎

 どこまで行っても灰の都、代わり映えのしない景色。

 しかし門を潜った先の光景でもそれは変わらないが、一行は目を輝かせた。



「ここからが北西部……!」

「いやぁ思ったより、ずっと早く来れたねぇ……」



 珍しくイサが静かな感動を込めて言うと、レイシーも感慨深そうであった。

 一行が今潜った門は北北東寄りの門とでも言うべき場所に位置している。つまり外周部の半分以上を制覇したことになり、ここから先はレイシーも足を踏み入れたことがない。


 そう、ここから先は第一位の冒険者しか訪れたことのない場所である。



「荷物持ちのわたしでも、なんだか誇らしいです! おめでとうございます、レイシーさん、イサさん」

「何を言っておるかセイラ。お前とてここまで生きて来れたではないか。同輩の殆どがここの景色を見ずに死ぬのだ……胸を張れ!」

「背中叩かなければいい話なのに!」



 彼らはある種の達成感で酩酊に近い状態にあったが、一頻り騒ぎ終わると皆ピタリと顔が真顔へと戻った。



「さて……ここから、どうするか。本当にお目出度いことかどうかは我らが頭目の決めることよな。どうするのだ?」



 顔のシワを撫でながら言うカレルの言に、イサは更に頭を冷やした。



(カレルの経験は侮れない。ここで方針を完全に定めて置かなければ、後顧の憂いとなるな)



 示唆されたことを汲み取るイサの思考回路は実力主義の世界で生きていた恩恵だろう。カレルは片腕となり、元の戦闘技術をろくに発揮できない状態だが、それでも有能だと認めていた。



「……レイシー、今でも元の集まりとは連絡を取り合えていますか?」

「ううん? 第一位が帰ってこないから皆好き勝手に動いているよ。今は僕たちが一番乗りだけど、他のチームも大して変わらない場所まで来ているはずだよ」



 灰都が広いために、ここまで他の集団とは出くわしていない。

 だが確実に存在しているのは、各地の物資が証明している。こちらの糧食に手を付けていないあたりはまだモラルのある集団達でもある。



(それにしてもレイシー、好き勝手に動いていることは把握しているのか。相棒ながら相も変わらず腹の中が読めないやつですね)



 それをイサは咎めはしない。それはレイシーの勝手の範疇であるし、どうやって他所の状況を把握しているかも知らないから。

 そして何よりもそのぐらいの方が面白いからだ。レイシーはイサの部下ではない。あくまで対等の存在であり、いずれ己の力でレイシーを上回ると決めている。

 腹の中が読めないくらいでなければ、己の好敵手に相応しくないのだ。



「今後の方針としては……早さを重視しましょう。ここから先は未盗掘の建物も多いでしょうが、物資集積所になり得る場所以外は無視します」

「少し勿体なくないですか?」

「勿論、私も金は欲しいです。しかし一番乗りという称号は金では買えない。そして金は後でも稼げますからね………先程レイシーも一番乗りという表現を使いましたが、第一位が先にいる以上このままでは我々は永遠に二番手です」

「ははは! 最上位に対抗する気とは我らの頭目殿は剛毅だな!」



 それだけ一番乗りという称号は価値があるのだ。称賛の声は一人にしか向けられないことは、これまでの冒険者生活でイサもよく思い知っている。

 イサはこれまで多くの依頼をこなして来て、外における地位を獲得していた。だが『優秀な冒険者』『優れた戦闘者』としての評価であり、前人未到を覆した男という称号は一度たりとも得ていない。


 この灰都の中枢までたどり着けた第一号として、未来永劫語り継がれたい。

 しかしそれには条件が多すぎた。第一位と張り合うのはそれらをまとめて達成するのに必要な手段だった。



「当然です。第一位には我々の対抗馬になってもらいます。なぜなら証人がいなければ名誉は成り立たない。そして、これから始まるであろう下の争いに巻き込まれたくはありませんからね」

「下の争い?」

「ふぅん。お兄さんは人間同士で争いが起こると思ってるんだね?」



 セイラの疑問にレイシーは横から応えた。

 挑戦者が多い中で、先頭集団から遅れを取った者たちの発想などたかが知れている。足の引っ張りあいと漁夫の利狙い。



「というよりはもう始まっています。タークリン殿の時、私がまっさきに疑われたのも煽った者がいたはずです。意識してのことかはともかくとして」



 先駆者の足を引くことで、自分と同じ地平まで貶めたい。実に効率的なやり口ではある。イサとて剣士として優れている自負が無ければ同じことをやったであろう。



(使えるものは全て使う。だが、それは手に入れるためだ。この街で他者を抑えても名は手に入らない)



 卑劣も卑怯も大いに結構だが、それでは得られぬものもあるのだ。

 イサはここへ伝説を打ち立てに来たと言っても良い。



「実在すら疑われる第一位としのぎを削り! その果てに有史以来謎とともにあった灰都カルコサをしゃぶり尽くす! それを我々の目指す大目標とします!」

「小なる目標としては?」

「一刻も早く第一位に追いつくこと。せめて開始を同じにまで戻さなければ話にもならないですからね」



 その面のごとく貪欲こそがイサの本性だ。月すら喰らおうとする狼。だが狼は獣であり人の言う悪でも無い。

 欲望と自尊心、それは今や奇妙な爽やかさを同時に放っていた。


/


 幼い二つの星が近づいてくるのを感じる。

 稚気に塗れた二つの魂。

 

 一つは無垢。だがそれ故に大きな波乱をもたらすのだ。幼子の鳴き声が全てを呼び覚ます。

 一つは強欲。その欲は全てを求めるがために、多くのものを救う。


 一人では地底より来るこの善なる都を倒せない。

 相反する要素を持つもの達が祝福となり得る。


 その時をこそ頂点に立つ者は待っていた。



「その時こそ……あの鐘の音は止む。早く来ると良い。表面を平らげてこそ水底へと挑む権利が得られる……私もまた、一人では不足なのだ」



 この街の全てを知ったために、未知を悟った者はさらなる挑戦を欲している。

 憂鬱げな人影の胸元に光る千変万化の装飾。それは第一位たる証だった。

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