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青閃と銀閃の灰都探訪  作者: 松脂松明
第1章下層貧民区画
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仮の家

 拠点を作る。

 そう言えば簡単な要塞か、あるいは基地のようなものを思い浮かべることだろう。しかし、実際にイサ達が作るのは単なる物資集積所だ。

 あまりに広大過ぎる灰都を巡るにはどうしても途中で物資を補給する必要があるのだ。


 この灰都の元からある建築物は素晴らしい出来栄えだ。どういう理屈か、未だに上下水道は稼働しているほどで……飲み水に関しては問題が無い。水源に何か浮いていないかなど気にしなければ、ではあったが。


 置いておく物資の優先度として食料が第一。次いで医薬品の類。そして最後が予備の武器や矢だった。正直なところ食料さえあればいいのだが、念には念を入れてというところだ。


 ここで問題になるのはどこに置くか、という点にある。

 元の建造物を利用すればいいため、職人の真似事をする必要は無い。学者肌の者によれば外周部は下層の貧民街にあたるそうだが、そうとはとても思えない出来栄えの家屋ばかりだ。実際に各国にある貧民街とは雲泥の差がある。


 しかし、この街には魔物と呼ばれる怪物達が棲息している。人間と見れば容赦なく襲いかかってくる彼らが、保存食をどうするかとなると試してみなければ分からないが……それでも距離は取っておきたいところである。


 イサ達はこれまでの経験から、物資を置くエリアを吟味して物件探しに精を出すことにした。



/



「うん? ここも先客がいましたか……こう来ると私がここでは新参というのを思い知らされますな」


 イサが見出した家屋の中には既に堅焼きパンが山と置かれていた。

 小国に匹敵する広さに都市が広がる灰都カルコサといえども、巡回するかのように動く魔物達の進路から外れた場所を選べば他のチームと被ってしまうのだ。



「そもそもにして被ることを気にしなければならない、というのが予想外であろう。レイシーの言に従えば、協力することに遠からずなるつもりだったのだからな」



 石造りの部屋に野太い声が響く。

 彼はイサ達の新しい仲間である騎士カレルだった。


 タークリンによって片腕を失ったカレルは、イサを殺人鬼と疑ったことを恥じた。そして、応急処置を施したイサからの恩に報いるべく一行に加わることにしたのだ。

 騎士から冒険者への鞍替えは、騎士達に小さくない騒ぎを起こしたが「命を拾ってもらった恩を返すに、何の罪があろうか」と一蹴。最下位の冒険者にして新人となったのだ。



「そうだねぇ。本当なら上位のチームで協力し合うって構想だったんだ。それがまぁいざ始まったら皆で競争になっちゃって……全部あの人(第一位)が滅多に帰ってこないから悪いんだけど」

「はぁ……リーダー不在ってやつですか? 確かにわたしもイサさんやレイシーさんがいなかったら何をすればいいのか分かりませんね……」



 レイシーがイサを勧誘した時点では、5人の浄銀と2人の神青鉄で手を組むかのような話しだった。それぞれが徒党を組み、さらに一行同士で協力し合った時初めて次の階層へたどり着ける、という塩梅だ。



(それが蓋を開ければこのザマですか。まぁ私も協力する気がこれで失せたので人のことは言えませんね)



 計画を持ち上げるだけ持ち上げての単独行動。

 これまでを踏まえれば、第一位の冒険者はかなり性格に問題があるようだ。少なくとも誰かを率いる性質の人物ではないらしい。


 自分のことを棚どころか空の上まで放り上げてイサはそう判断した。

 しかし大まかにはその想像はそう的外れでもないはずだ。冒険者にせよ、他の団体にせよ高位に上がるほど癖のある人物が多い。さらに外の世界でも伝説というよりは想像上の存在扱いである第一位冒険者ともなれば、さもありなん。

 非実在鋼(アンオブタニウム)の称号は伊達ではない。



「我が言うのもなんではあるが、冒険者というのも協調性が無いな? そうした協力案は騎士達も功名心の張り合いで頓挫しているが」

「ただでさえ変わり者揃いの中で、こんな遺跡にまで来る連中ですからね。それでも……」

「それでも?」

「いや、なんでもありませんよ。ここから少し離れた場所を探しましょう」



 ……それでも、これまで“下層”すら突破した者がいないとはどういうことなのか?

 協力しあう、という発想は自然なものだ。我が強い集まりとは言え、長い歴史で試みられたことは一度や二度ではあるまい。


 そして後続を放置する第一位。



(まさか……わざとやっているのか?)



 必要なのは大規模な部隊よりも、少数精鋭のグループ体制。それを示唆されているようにイサには思えた。

 


/



 ここが良いか。満場一致で東の区画の物資集積所に選ばれた家屋は少し大きめだった。

 先程の他集団の集積所からはかなり離れており、揉め事は少ないだろう。


 何よりも一行の心を捉えたのは、床下に収納スペースがあるところだ。今の所、他者の物を掠め取る集団は出ていない。それは現時点では小集団の長が、イサのように高位の者に限られているからであり、これから先は分からない。

 本気で探されれば意味がない程度の用心だが、しておけば心が安らぐものだ。



「では、予定通り今日はここで夜を明かすことになります。各自、戦闘に撤退と事態を想定して準備しておいてください」



 手をパンと叩いたイサが締めくくる。

 拠点を定めても最低1日は様子を見なければならない。この街の怪物達は一定の行動を取り続け、鐘の音とともに消える。

 鐘の音は夜の始まりと朝の始まりの2回。昼と夜で住人が入れ替わり、行動も変化する。そしてどれほどこの都に詳しいものでも、全ての怪物の動きを観察したわけではないのだ。


 本当にここが何も訪れない家屋なのか? それを検証するのだ。



「不謹慎ですけど、こういうのって楽しいですね。仲間との冒険って感じがします!」

「油断しなければ楽しむのは悪いことではないぞセイラ。それと我とお主は下っ端であるゆえに見張りなどは率先して務めるのだ」

「いや、ちゃんと交代制にしますから……」



 イサはこのあたりはきっちりと負担を分け合うタイプの人間だ。

 階級そのものは大好きだが、それでモノを言うのは好きではないという実に面倒な性質をしていた。



(というか、それを認めれば私はレイシーの言うことを聞く羽目に……)



 ともあれ他者から見ても素直に美点と思えるところでもある。実際、セイラとカレルは感心しているようだった。



「それだけど、ボクは夜は外を見張ってるよ。屋根の上から、魔物さん達を観察しているから何かあれば知らせるね」

「ああ、お願いします。しかし面倒な役割を引き受けるとは珍しいですねレイシー?」

「夜と朝は好きなんだ」



 短く返事をしたレイシーは窓穴からひょいと飛び出していった。前言通り屋根の上に登る気なのだろうが随分と気の早いことだった。



「これって魚の干し物ですよね? 長く保つんですか?」

「タラであるな。上手く水分を抜いたものは数年持つと聞く。魔都は湿気が多いゆえに過信は禁物だが……それより、これは齧ると歯が折れるという堅焼きではないか?」



 セイラとカレルは妙に馬が合うようだ。

 豪奢な甲冑に身を包んだ巨漢の中年騎士と、頼りない新米そのままの女弓手が広げた物資を前に好き勝手に言い合っている。奇妙に心和む光景だ。



「突然内部に怪物が現れても不思議ではありません。武器を手放さず、不用意に寝ないようにしてくださいね」



 言いおいてイサは外に出て過ごすことにした。


/


 夜になった。

 通りが暗くなると巡回路ではない仮拠点の前にも怪物が歩いてくる。しかし、鐘の音による招集であるためか、扉の前で佇むイサを気にした様子もなく通り過ぎていくばかりだ。


 魚人を無理やり骨にしたような怪物が通り過ぎる度に、夕食の魚の干物を思い出してイサは微妙な顔になった。行列がしばらくすると終われば静かな時間が来る。


 イサはふと顔を上げた。

 空を見上げるなど久しくしていないと思い出したためだ。


 大きく丸い月が遥か遠くの城を飲み込んでいる。アレが実際に城かは分からないが、そうであると考えた方がしっくりと来るシルエットだ。


 魔物を操る鐘もあそこにあるのだろうか?

 そう思った時、イサは美しい者を見た。


 月光を浴びて輝く鎌。それを体にもたれ掛からせて、静かに座る細い姿。灰色の髪がこの日は銀のようにも見えた。


 イサは扉の上の出っ張りに手を伸ばして、崖を登攀するように家屋を登っていった。



「レイシー。ずっと見ている必要もないでしょう?」

「うん。でも好きだって言ったじゃない。夜の訪れと、月が帰る時はボクにも鐘の音が聞こえるからね。イサは……あの鐘はどんな形だと思う?」



 振り返らず言うレイシーの横にイサも腰掛けた。

 レイシーはどこか遠くを見ていた。それが物理的な距離か、精神的なものかは他人には分からない。



「そうだな……きっと金色で、身の丈ぐらいはあるでしょうね」

「そう? ボクは銀色だと思う。それでね、お母さんみたいな像が付いているんだ。だから、ああして鳴ると皆帰っていくんだ。……帰る家があるってどんな気分だろうね?」



 イサにとっても帰るということは遠い昔だ。家を追い出されてからは仮の宿ばかりだ。人間とは不思議なもので、何年借りようが自分の物でなければ帰る場所にはなり得なかった。



「私にも思い出すのは難しいですね。しかし、思い出そうとすると匂いを感じる気がしますね」

「匂い?」

「スープとか、芋を蒸した匂い。それに木の匂いが混ざったような……我ながら要領を得ませんね。父の顔も思い出せないのに、匂いだけは浮かびますね」

「ふぅん……じゃあ、あのお城にも匂いがあるのかな?」

「そう……かも、しれませんね」



 あの怪物たちの多くは恐らくは元人間だ。それを知るイサは言葉を濁らせる。あり得ない話ではなかった。

 しかしレイシーは果たして知っているのだろうか? 自分達が散々に蹴散らしてきたのが人だということを……


 結局、夜は何事もなく過ぎ去り拠点の一つは定まった。


 

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