鋭気を養う
レイシーはその輝きを見ていた。
浄銀の名に相応しい白銀の一閃は疑う余地なく、タークリンという新たな魔都の住人を両断していた。現時点ではレイシーにしか判断がつかないだろうが、あの一閃を受ければ鐘の音をもってしても再構築は不可能だ。
「……あはっ」
思わずという風に漏れる笑み。
他に見ていた者といえば荷物持ちのセイラがいるが、彼女の能力ではそもそもイサの一剣を目で追うこと自体ができない。
「……ボクの鎌と同じ」
イサの居合抜き自体、人間としては規格外の神業であったがそれはレイシーにはどうでもよいことだ。生来の強者であるレイシーには真似できない速さではない。
問題はイサの持っていた刀剣の性質だ。
あれは神秘の残り香である。わずか一瞬だけでレイシーはそう判断した。
魔都がその塊であるように、魔法などと言われるような力は実際にある。しかし長い年月の果てに大部分は失われ、現在では水薬を作る際に用いられる程度だ。
あるいは魔法など必要なくなるほどに人間の生活が安定してきたということなのかもしれない。
そうした神秘はここ灰都カルコサが現存しているように、遺物という形でわずかに残っている。イサの刀剣もその一つだ。これはレイシーが生まれつき持った感覚による確信といっていい。
レイシーの世界はひどく狭いが、それでもこれまでに3つほどしか見たことがない。……灰都が特殊な環境であるため、外よりもむしろ多いのかもしれないがイサの刀で4本目である。
第1位位階の冒険者ミロン。騎士デメトリオ。第二位冒険者、狂刃レイシー。それに続く4人目の男としてイサは名を上げるだろう。
なぜならば、神秘の残り香である武具は所有者を選ぶ。誰でも使えるというわけではない。遺物と同調できるような存在であることが求められていた。
「綺麗、綺麗! あははっ、なるほど! それはお兄さんにピッタリだ!」
レイシーは笑う。
先程見た妖刀の輝きは純粋で、無垢で、静謐で……そして何よりもおぞましかった。善意が狂った結果をもたらすように、始まりは正しいのに終わりが捻れている。
それがイサという男そのものであるようにレイシーは感じた。
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「さて、これで私の疑いは晴れた……ということで良いんですかね?」
「まぁ証拠不十分というところだな」
「素直に謝れないのですかね、騎士様は。善良な冒険者を捕まえて犯人呼ばわりして、監視までしてくれたという過去をもうお忘れになった?」
とりあえずタークリンの体を丹念にミンチにした後、イサは入り口街へと帰還した。証として狼面と浄銀の階級章を携えての帰りだったが、それでも人々の嫌悪の目は半ば残ったまま。
だというのに全く気にした様子もなく、イサは女騎士アンティアを口撃していた。理由は相も変わらず面白いからである。
「善良? タークリンとかいう冒険者も結局は殺したのだろう?」
「そうですね。……アレで死んでいると良いのですが」
「善良な者はそんなことはせんよ」
「確かに。こう考えると善良な戦士などいるわけもないですねぇ?」
閉口したアンティアの美貌をしばらく楽しんだ後、イサは酒盃に向き直った。
ここは組合の事務所兼酒場。つまりはいつもの冒険者組合である。殺人鬼呼ばわりされた後、真犯人の冒険者を撃ち殺し、さらには他勢力とも言える騎士を連れ込む。
こうしたところに、イサの性格の悪さがにじみ出ている。
「ともあれ、イサくんの容疑はほとんど晴れたと言っても良い。第3者を連れずに解決に向かったイサくんは些か軽率だったが……若いというのはそういうことかも知れんな」
「まだ疑われていますがね、店主?」
「それは仕方がなかろう。一種の有名税というものだよ、キミ。一度疑われたのならば、罪が消えても疑われたという過去が消えない。結果としていつかの機会に掘り起こして投げつけようという者が出てくる」
「単純に前言を撤回できないだけじゃないですかね? そのあたりは私も同じなのでなんとも言えませんが」
何か過去を見るような目つきの店主にイサはそれ以上は口出ししない。アンティアの嫌味を楽しみつつ安ワインで口を湿らせる。
些事に時間を取られたのは痛いとイサは思っている。そして、同時に中々面白かったとも。この先もこうした不穏事は歓迎だと思いつつ、今後の計画を頭に浮かべるイサだった。
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「凄かったですよ、イサさんとタークリンさんの戦い。タークリンさんのことは残念でしたけど……結局、タークリンさんはなんであんなことをしたんでしょう?イサさんは何も教えてくれなくて……」
焦げ茶の髪を後ろにまとめるようになった荷物持ちのセイラは、イサとは離れた席に座りながら今一人の主であるレイシーに話をする。
しかし、当のレイシーは隠れて事態を見ていた口であるためへぇー、とかうん。の生返事だ。
「魔都だからねぇ……何でも起きるさ。きっと悪いものでも聞こえたんじゃないかな」
セイラもレイシーに随分と慣れた。
確かに情に薄いところはあるようだが、最下級の世界に生きてきたセイラにとってはイサとレイシーはむしろ優しい部類に入る。
年下……かどうかは分からないが、見かけ上は幼いレイシーを敬うことに抵抗がないセイラだからこその付かず離れずの関係とも言える。
「キミも勝ち馬に乗れたのかもしれないね。お兄さんはこれから名を上げる人だ。そして、ボクらをこの灰都の中央まで導いてくれるよ」
「き、緊張します。あ、そうだコレ!」
そう言うとセイラは子供のように、大きな背嚢を机の上に載せた。
革製であり、四角く張られた内部には見かけよりも多く入る気がする。そして様々な道具が外に取り付けられていた。
中級の探索冒険者が用いるバックパックであり、中々に値が張る。最下位冒険者であるセイラがこれを購入できたのは、イサから給金が支払われたからだ。
鍛えられた期間の分も勘定に入っており、これまで軽んじられてきた女弓手をいたく感動させた。
「今後もお役に立てるよう、頂いたお給金で買ったんです!これでもう少し長く運べます!」
「……ねぇ、セイラ?」
「え?な、なんでしょう!?」
レイシーに初めて名を呼ばれたセイラは驚きとともに、顔を上げた。
事実としてレイシーが人の名を覚えるのは珍しい。なにせ今まで組んだ人間の名もろくに覚えていないような人物なのだ。
イサのカタナを見て以来レイシーがなぜか上機嫌だからこそ、覚えたのかも知れない。
「セイラは荷物を運んでお金を貰ってる。なのに、それでまたより苦労するための道具を買うの? なにか……おかしくないかい?」
セイラにとって得なのは、このままレイシーとイサにそこそこに使われる日々が続くことだ。一行の中で最も脆弱な身である以上、未踏の中央への道のりなど無いほうが安全だ。
探索行がほどほどに失敗して、安全な冒険が続くだけ続く方がセイラの利益になる。それが理屈だ。しかし焦げ茶の女冒険者がやっていることは全くの逆に働く。
「えぇっと……? 何か駄目だったでしょうか?」
「そういうわけじゃないけど……セイラはさ。この灰都を探索したい?」
「見れるなら見てみたいですが、それよりレイシーさん達のお役に立てれば良いかなと」
レイシーは奇妙なモノを見る目でセイラを見た。
イサが現れて以来、自身の周りに変わり者が増えている気がする。それこそが変化なのだ。あるいはこのまま、レイシーにも穏やかな仲間との時間が訪れるのかもしれない。
「変わってるよ、キミも。お兄さんもキミも、ボクの噂は知っているだろうに……ホント、変わってるよ」
「はぁ」
しかしレイシーは中央を目指すことをやめることが出来ない。
鐘は中央の中央とも言うべき区画にある。そのためには全て利用しなければ行けないのだ。レイシーは鐘の音に呼ばれてはいても、導かれはしないために。
噂が真実だと明かしたら、彼らはどう反応するだろうか? 疑問に思って遠くの相棒へと目をやると、男と目が合う。
片目を瞑って寄越す相棒。ひょっとしたら……彼らは自分のことを知っても何も変わらないのではないか? そんな悪い予感がするのだ。
先の道のりは長い。
明日からはまた地道な日々が始まる。