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青閃と銀閃の灰都探訪  作者: 松脂松明
第1章下層貧民区画
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浄銀の怪物達

 未だ混乱しているだろう入り口を置いて、先へと進む。それも足早にだ。


 狼面の殺人鬼を倒そうと狙うのはイサだけではない。この灰都の中だけの名声を欲する者、被害者の仲間たち……そうした者達が話を聞きつければ間違いなく殺人鬼へと向かう。

 荷物持ちであるセイラという少女がついていけるギリギリの速度を保っているのが、イサの理性の残り火といえた。


 目指すは真北の区画。

 元より実力はこの街のベテラン達と比較して遜色ない……一部分では上回ってさえいるイサだが、それでもたどり着けるかどうかの難事であるだろう。

 しかし仄かに喜色を滲ませたイサの足取りに迷いなし。避けるべきところは避け、戦うべき時は無駄のない動きで敵を排除していく。


 難事であろうと優先順位がある。それをイサは弁えていた。

 如何に厳しかろうが、目的が殺人鬼である以上は足を踏み入れたことのない領域への侵入は前座でしかない。


 果たすべき目的を見据えた時、人は強い。それはイサにも等しく恩恵を与えて、活力を漲らせていた。それは戦闘能力にも作用しており、後輩のセイラの周囲にまで刃圏を巡らせている。明らかなる足手まといであるはずのセイラが同行できたのも、このおかげといえた。


 人面の蜘蛛。犬の顔をした馬。山羊の角を持った猿……それらは平時であればイサの興味をそそったかもしれない。だが今回の演目における主題で無い以上は単なる障害物として排除されていく。この奇っ怪な怪物達が何なのか……いずれは知ることができるだろう。


/


 それは強行軍の中でのほんの僅かな間の会話だった。

 たき火がはぜる音が夜闇に響き、仄かな橙色の灯りがイサとセイラの顔を照らしていた。イサは家屋の壁にもたれ掛かり目を瞑っている。


 灰都における探索では休息が取れない。昼に闊歩する奇怪な怪物と同じように、夜は夜で更におぞましい形の怪物が歩き回っているのだ。

 そこで眠ればどうなるのか。はっきりと分かっている者は恐らくはこの世にいないであろう。



「あの……イサさん?」

「何ですか?」



 恐れから眠ることもできないセイラは恐る恐る、雇い主に声を投げた。即座に返ってくるところをみれば、イサもやはり完全に眠ってはいなかった。



「今……追っている人は……ヒトなんですよね?」

「追っている。という表現が正確かは分かりませんが、恐らくは。それがどうかしましたか?」

「怖くありませんか? それに……」



 殺せるんですか? と続く言葉は音にならなかったが、誰の耳にもそう聞こえただろう。セイラという下位冒険者は純粋に人が人を殺める可能性を恐れていた。あるいはそれを見聞きすることすらもだ。

 きわめて真っ当な感性と言えるだろう。当事者でなくとも、それは可能性だけでも恐ろしいことだからだ。同族殺しが成立する環境に身を置いているのならば、自身が対象となることもあり得ることを指している。



「やってみなければ、なんとも。ですがこれまでの経験からすれば問題なく殺せるでしょう。貴方が殺せるかどうかの覚悟を問うているのならば」



 その予測できていた返事にセイラはますます身を縮み込ませた。この街に集う者がそういう者達なのは今更である。それでもセイラが聞いたのはどちらも経験が無いからだ。殺される経験があったのならば、それこそこの場にはいないだろうが。


 冒険者、騎士、傭兵……それらの垣根自体が曖昧だ。

 騎士や傭兵はむしろ対人に長ける傾向が見られるだろう。

 冒険者でも賊の討伐や商隊の護衛の方が多いぐらいで、魔物退治は一部の高位冒険者の特権だ。この魔都を除けばであるが。

 

 そして、イサは採集や探索を趣味と割り切っていた。受ける仕事は専ら討伐であり、対象は問わない。穏やかに見えなくもない物腰と、確かな剣腕で評価を高めてきた。



「人を殺すのは相手が悪人であっても気が引けますか。……理解はできるのですが、私はついつい毎回思ってしまいますね。怪物や獣ならば殺してもいいのか? と、まぁ単にへそ曲がりなだけだと分かってはいますがね。どうにも……ではなく、どちらもしっくりこない」



 悪人だから殺して良いという論を否定する人の考えも分かる。

 怪物は殺しても良い。いや彼らはそう生まれついたのだから駄目だ。……どちらも分かる。


 どちらの考えも納得が行くものだと、イサはまじめに考えている。考えた上で思ってしまうのだ。


 ……その時の気分で決めよう。


 それが常に優先される。

 最下位冒険者はそんな雇用主兼仲間を心底呆れたように眺め始めていた。


/


 それからどう動いていたのか、イサは覚えていない。ひょっとしなくともセイラの方がまだよく記憶しているだろう。

 目標地点も倒すべき相手も定まった。理由という物語までしっかりと付いており、余計な気を引かれることすらない。


 こうなると過程はただの作業と化す。

 途中で幾らか手強い魔物もいた気がするが、それすら霞がかかったようにイサは覚えていないのだ。道中立ちはだかる敵は、全て機械的に処分した。立ちはだからない者は全て無視した。


 イサは何の感慨もなく外周部の北区画に到着した。


 灰都の外周部はいわば下層民の居住エリアであったとされているが、この北区画はそうは見えない。紫ではなく、通常の霧に似た白いもやが立ちこめているのもあるだろうが、彫像が幾つか立ち並び、噴水は未だに稼働していた。


 吹き上げられた水が落ちて、しぶきを起こす。それを雨として受け入れるかのように()は立っていた。


 イサと良く似た銀の狼面が俯きがちにたたずむ姿は、老犬といった方が似合いだろう。胸に光るのも浄銀の階級章。

 イサと決定的に異なるのは、その堂々たる体躯。被害に遭った騎士が言うように片手で大剣を振るうというのも、その体つきを見れば納得がいく。背丈だけを見てもイサより頭二つは抜けている。



「貴殿がタークリン殿ですか?」

「……」



 距離を取っての呼びかけに返事は無い。影法師のように巨漢の狼は立ち尽くし続けた。

 埒が開かない。

 そう判断したイサが十メートルほどの距離まで寄ったときにそれは起きた。



「おぅ……おう、おぅおおおぅおうおぅ!」



 突如として奇怪なうめき声を上げつつ、タークリンが大剣を背負うように構えた。

 それは洗練された動作だったが、それだけに嫌悪感を催す動きだ。狼面と顔の隙間から垂れる液体は涎だろう。

 どう見ても正気の状態とは思えないが、戦闘技術は問題なく機能している。まるでタークリンの意思などまるで無視されているかのように。



「少し盛り下がるが、これはこれで。セイラ! これからは貴方を守る余裕は無い! どこかに隠れているんですね!」



 僅かな気遣いだけで、技量の劣る仲間への配慮を終わりにしてイサは大鉈を構える。技量を活かして待ちかまえるようにするか。いいや、否だ。それでは詰まらない。



「オオォオオオオ!」



 どちらが獣か分からぬような咆哮と共にイサは自分から討って出る。

 

 タークリンのことは噂も聞いたことは無いが、互いに浄銀。第3位という位階は力任せの無頼漢がたどり着けるような境地にあらず。

 高位の領域では身体能力は前提。技量も兼ね備えていなければ話にもならないのだ。


 第3位同士の激突。世の基準に表せば、一地方の英雄同士のぶつかり合いである。闘技場ででも催せば金が取れるような戦いは、僅かな観客を前に開始された。



「ふふっ。ターなんとかさんが生きているとは思わなかったけど、二人とも綺麗な剣……これでお兄さんが魔物を知ることになるけど、それでも僕を連れていってくれるかな?」 



 そう、僅かな観客を前に。

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