エピローグ①・世界の裏側で
ここはある世界のある大陸……その中央部。
華やかりし都に厳かにそびえ立つ大教会の一室である。
静けさの中で奇妙に響く声にはおよそ感情というモノが欠けていた。白皙の美貌を持ち、それでいて空虚な目をした女の声だった。
「――以上が事の顛末となります」
「ふん。ウロボロス教は滅びたか」
魔都カルコサの崩壊から、水底の主が倒れるまで。その仔細は口頭による報告だけでなく、鏡に映し出されていた。その鏡はひび割れて、どこかで見たような装飾が施されていた。イサが見たのならきっと驚いたであろう鏡であった。
「遠く離れた光景が見れるか……便利な遺物だ。これだけであの地に手を出した価値はあったか。デメトリオの損失を補うだけの働きを今後してもらわねばな……」
何もかもが希薄な女は直立し、恰幅のいい黒装束の男は椅子に腰掛けている。それだけで二人の身分差が見て取れる。この男こそが世界に大きな影響力を持つウロボロス教団の大司教であり、白の女は魔都にも存在したアリーシャナルという人物だった。
大司教は報告しているアリーシャナルに声もかけない。人形を相手に会話をする気がないのだ。アリーシャナル二体が死んだことに関しても何も言わない。
アリーシャナルは〈増強〉の聖盤を効率よく働かせるために、聖盤から作り出される生物。それぞれが役割によって能力に違いは出るものの、存在としては同一人物である。彼女達は重要な拠点には必ず配置されている。
それにしてもウロボロス教団の大司教が、ウロボロスの眷属である水底の主が倒れたことを喜びも悲しみもしないのはどういうわけなのか……
「いずれにせよ、これで神秘はまた一つ消えた。優位に立てるモノは我々のみが保有する。それこそが平和に繋がる神の道よ……あの地にいた遺物使い共も、手を差し向けて処分せねばな……」
彼らは神秘を道具としか見ていなかった。古代ウロボロス教の基盤をそのまま受け継ぐ形で利用したに過ぎない。現在の彼らが水薬を独占する集団として知られているのが証拠だ。ウロボロスの教えに従えば現在の生を不必要に長く保つのは好ましくない。
大司教は太った体で気合を入れて立ち上がった。カルコサとその地下が崩壊したのは喜ばしいことだ。神秘の独占に大きく近付いた。世界を彼らが席巻する日は遠くない。
「アリーシャナルの戦闘型をまた作る。発見された遺物使い達に刺客として送り込め。いいな?」
「はい。全ては神の御心がままに」
「そうだ。全てはっ……は?」
大司教は背中に熱を感じて振り返った。
白皙の女が赤色のまだら模様となっている。細く白い指が短刀を握って、それを大司教へと突き刺していた。
「なっ? な?」
大司教は痛みに叫ぶより、訳が分からないという顔をして阿呆のように疑問符を繰り返した。
あり得ない。あり得ないことだった。
仮にアリーシャナルの一個体が翻意を持ったとしても、“誰かを傷つける”という発想自体が伝達型のアリーシャナルには生まれないはずなのだ。見た目が幾ら人に近かろうが、彼女達は〈増強〉を最初に宿した聖人の劣化した複製に過ぎないのだから。もし、それが可能になるのならそれは……
「おっ!?」
「はい。全ては神の御心がままに」
「ぐぇぃ!?」
「はい。全ては神の御心がままに」
「ひぃ……ふぅ……フーっ!?」
「はい。全ては神の御心がままに」
連続する熱にしか感じない痛みに、大司教は倒れて仰向けになった。
いつの間にか、この教団本部にいるアリーシャナル達が全員揃っていた。全く同じ顔が完全に同じ表情で大司教を見下ろしている。そして、短刀を何度も突き立ててくる。
その光景を見て、大司教は魂まで削られるような恐怖を覚えた。狂気の果にみる光景としか思えない。まして被害者が自分であるなどと……きっとこれは夢に違いない。大司教はそう考えて、静かに目を閉じた。しかし、アリーシャナル達はその逃避こそを最も許さなかった。
即死に至らない箇所ばかりを刺されて、大司教には安眠など終ぞ許されなかった。
そして静かな唱和とともに、凄惨劇は終わりを告げた。
「「「「「はい。全ては神の御心がままに」」」」」