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青閃と銀閃の灰都探訪  作者: 松脂松明
第1章下層貧民区画
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新たな犠牲者

 鐘の音に導かれて、夜明けとともに中央へと戻っていく。

 皮肉なことだが現時点で、もっとも奥深くまで行っている冒険者は自分だろうという確信がある。だが、これから夜までは身動きも取れない時間が続くのだ。

 誰も知らないだろうこの街の仕組みを目にしていく。目にするだけだ、理解はできない。そして仮に人間へと戻れる日が来たとして……以前と同じ冒険者に戻れるだろうか? 否だ。もう戻れはしない。


 恐ろしくて先に進めないだろう。敵を倒せるかも怪しい。

 いやソレ以上に自分は……死ぬことができるのか?


 デメトリオ、ミロン……いやこの際レイシーでもいい! 誰か俺を……!



/



 大人しくしておけ、そう言われてから一月がたった。

 人の熱意はそう長く持続しない。イサを白眼視する者達もすっかり飽き始めた……殺人鬼の被害者が身内にいるものを除いてだが。


 ひたすらに荷物持ちを鍛えて、自分は実力を維持するための鍛錬の日々に自分自身も飽きていた。レイシーは動かない自分に興味は無いのか、見る日も稀だった。



「そんな中、貴方はよく飽きませんね」

「当然だ。貴様のような危険分子を放置していくようでは、騎士の誓いにもとるというもの。確かに今までは大人しくしていたようだが、目を離した隙に……ということも大いにあり得る。いやそちらの方が卑劣漢らしい」



 絵に描いたような女騎士がずばずばと物を言ってくる。金の髪に緑の瞳……豊かな四肢を白銀の輝きに包んだ姿が実に映えている。

 女騎士自体はさほどに珍しくはないが、美しさを兼ねているとなれば途端に珍しい部類に入る。さらに腕前自体も高位冒険者と同等となればほぼ絶滅危惧種だろう。

 それら諸々の要素を差し置いても、私は彼女を大いに気に入っていた。

 影から言うのではなく正面から疑ってくる様子は、はっきりとしない状況下では清涼剤のように好ましくさえ思えたのだ。



「アンティア殿。タークリンとはどういった冒険者だったのですか?」

「なぜ、それをわたしに聞く? 同じ浄銀の冒険者ならば貴様の方が詳しかろう」

「私は同業者にあまり注意を払って来なかったのですよ。他人ですからね」

「騎士の生まれであるわたしは尚更知らん。だが貴様ほど悪評を聞いた覚えも無いな」



 アンティアが美しい顔で鼻を鳴らした時、くたびれて地面に突っ伏していたセイラが顔を上げた。先程まで石を担がされていた疲労から少しは立ち直ったらしい。



「遠目で見ただけなんだけど……タークリンさんは乱暴そうな怖い見た目の人でしたね。でも実はいい人だとも噂には聞いた覚えがあるような……」



 相変わらず半端な敬語で焦げ茶の射手は述べる。その言葉を聞いてアンティアがにやりと笑った。それ見たことか、と。



「同じ容疑者でも貴様とは真逆のようだな。貴様は礼儀正しいようでいて内面が腐っている」

「よく見てますね。感心しますよ」



 悪口にあっさりと返されてアンティアが口をぱくぱくと開いて間抜けを晒す。

 こちらとしては特にやり返した気もない。内面が腐っているという点では大体は事実なのだから反論する余地は無いのだ。

 人として真っ当なら冒険者などやってはいない。しかし、半端に真っ当でないという立ち位置は間違いなく美味しいものであり、この上なく自分の性分にあっているのだ。

 如何に享楽的でも時折我に帰ることもある。だが、曖昧な立ち位置を変えようとは思ったことは一度もない。


 ならず者であってならず者でない。戦士であって戦士でない。正義とも悪ともつかない……冒険者とはそうしたものである。

 それはつまり善事も悪事も程よくつまめるということだった。善は基本的には損であるし、悪は破滅と栄華の天秤が極端に過ぎる。


 そこから先の思考を妨げるように事態は動く。

 冒険へと出かける出入り口、西の門が騒がしくなった。



「おやおや……」



 それは起こるべくして起こったことだろう。

 

 誰が何と言おうと、冒険者へと牙を剥いた殺人鬼が自分ではないと私はよく知っていた。なぜなら自分ではないのだから当然だ。

 そしてこの街の住人は自分を犯人扱いしている真っ最中。ならば新たな被害者が出ることは私にだけは確かなことなのだ。



/



 野次馬達はその凄惨な光景に、口に手を当てていた。

 ある者は単なるポーズ。ある者は衝撃で。ある者は感心から。


 門を血とともに潜って帰ってきたのは一人の騎士だった。それも高い実力と地位を兼ね備えたものだったのだろう。装飾の施された緑金の甲冑は綺羅びやかなもので、おいそれと手に入る物ではない。


 だから、それが彼の不運となった。


 前回犠牲にあった冒険者も高位。かの殺人鬼は北に近い区画にいる。つまりはある程度の実力が無ければ出会うことすら無いのだ。

 レイシーですら単身では北を少し過ぎる程度が限界ということからも、それは事実だった。


 止血のつもりであろうサーコートを腕に巻き付けて、フラフラと騎士は歩いてくる。助けを求める活力すらも失われている。

 先の例えで言うならばイサは感心する側だった。腕を失った状態で北からここまで戻ってこれる騎士の生命力は常人を遥かに超えていることだけは疑いないのだから。


 物語の中では腹に穴が開いたりだとか、体の一部を失っても戦い生き残る者が多く見られる。理由はそれが実際には困難だからである。


 甲冑を血で濡らし、即席の止血帯は乾いた血液をポロポロと剥がれ落としている。


 霞のかかった目で周囲を見渡していた騎士は、安堵から崩れ落ちた。それを抱きとめたのは皮肉にも疑われていたイサだった。

 他の誰も駆けつける素振りさえ無かった。


 イサは高価な水薬を騎士の口に躊躇なく垂らし入れた。現代に残った僅かな神秘の残滓である回復液は、最上位のものとなれば瀕死からすらすくい上げるという。



「……喋れますか? 誰にやられたのです?」



 しかし、イサが完全なる善意で動いていたかとなると話は違う。まず第一に己の疑念を晴らして自由を回復するため。そして、この凄まじい騎士と話してみたかったのだ。どちらも自分のためだ、とイサは言うだろう。


 だが……いやだから彼は気付かない。イサ以外に一財産である水薬を消費までして騎士を救おうと思った者は誰もいなかったのだ。



「……狼の、面。我はお前を……疑っていた。すま、ない。……狼の銀面に、大剣を(・・・)片手に持つ、剣士だった……」



 状態にしては明瞭な言葉遣いで騎士は謝罪と、真犯人の姿を告げた。それができたのは誇りからか……言い終わると男の首が垂れ下がった。



「カレル!」



 少し遅れて女騎士が駆けつけて男に声をかけたが返事はない。



「これは驚いた……この御仁、持ち直すとは。心配するなアンティア殿。息はある」



 疑っていた男が告げる言葉にアンティアは何も返せない。

 しかし、アンティアの態度などイサはどうでもよかった。


 素晴らしい。騎士の奇跡的とさえ言える体力と運。イサは話が聞けるだけの時間が稼げればいいとだけ思って水薬を使ったのだ。だが被害にあった騎士は大抵の者ならば死ぬ状況で助かって見せた。大した男だった。

 そしてそれを下した男が敵として待ち構えている。どちらも見事。ゆえに私のものだ。イサは狼の面で笑みを隠した。



「セイラ。荷を纏めて準備です」

「は? ええっとあの、イサさん…………?」



 女騎士よりも遅れてきた荷物持ちは突然の言に、全くついて行けない。だがイサにとってはやりたいことは明瞭だった。



「さて、たまには敵討ちというのも悪くないですね。同じ狼の面を持ち帰り、我が名声の華としてくれましょう」

 

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