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青閃と銀閃の灰都探訪  作者: 松脂松明
第1章下層貧民区画
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銀閃来る

              挿絵(By みてみん)

 小国にも匹敵する広さの円型の建造物が大陸にはあった。空舞う生き物たちが眼下に思いを馳せることがあれば、おや?と気にしたことだろう。だがその異常な気配に近付こうとはすまい。


 かつてそこは栄華を極めた国の首都だったという。

 しかし今や昔日の面影は無く、怪物怪人の闊歩する魔都と化していた。誰も理由は知らない。

 幸いにしてその後の勢力図の変化から、古の中心地は現在の僻地となっていた。どういうわけか魔物共は都からは出てこない。どこの国も情報だけを集めて静観を気取っている。


 偉大な国家がなぜ滅びたのか?…いいや、本当に滅んだのか?誰も知らない。


 それでもここを訪れる者は多くはないが、少なくも無かった。

 曰くこの街と城は一夜にしてこのような有様になったのだという。文字通り腐ろうとも古代の黄金郷の中心地…ならば、ここには唸るほどの宝が残されているはず。


 墓荒らしじみた冒険者達と彼らを相手に商売をする者達で、都は細やかな賑わいを取り戻していたのだ。


 そして、今日もまた一人……


/


「入りますよ」



 言葉遣いとは裏腹に、断定的な態度で男が自らの首にかかったアクセサリーを指さした。

 それを見た門衛は口笛を軽く吹いてから芝居がかった態度で通行を認めた。



「ようこそ、麗しの魔都カルコサへ。命知らずは大歓迎でござい」

「どうも、ありがとうございます」



 幾ら人手の足りない魔都といえども、普通はこうもあっさりとは入れない。それが叶うのは男が既に一端の名を持つ者だからだ。

 上から第3位……浄銀(ミスリル)の地位にある彼は大抵の街で誰何されずに行動できた。


 大陸とは違う国の血が混ざっているのだろう黒い髪を後ろで結っている。腰にはむき出しの無骨な剣……鉈のような得物と、白い布に包まった物を吊り下げている。

 上等な布で造られた黒い制服のような衣装は、見るからに一点物で見た目に似合わない性能を持っていると思えた。


 男の名前をイサという。


/



「意外と賑わっていますねぇ……」



 魔都の名に似つかわしくない光景を前にして、イサは目を細めた。

 並ぶ屋台は新しい鴨を歓迎しており、次々に声をかけてくる。

 それらの内で串焼きの肉を買って、齧りながらもイサは冷静に町並みを眺めた。


 普通の街と違って奇妙な点は、門のすぐ近くが最も活気があるところだろう。交通の便を考えれば少しはスペースが取れたほうが、売上も伸びるだろうに入り口近くにひしめき合っている。



「そして、奥の方ほど人が少ない……まるで逃げる準備のようですね」



 街の通りを見やると目眩を起こしそうになるのをイサは覚えた。

 この城都市は円形でありながら余りにも広い。直線の通りに見えて僅かに家屋が一軒一軒斜めにずれているのが注意深い人間ならば分かるだろう。

 鋭い感覚の持ち主はそれに目が行き、酔うような眩みとなるのだ。



「恐るべき建築の技。如何なる民がこのような都市を築いたのか……? 余程に練られた計画でなくてはこうはなるまい……」



 人は当座の完成に流されがちだ。

 この都市の建設にも多くの人間が関わったであろうに、それら一切を見事に統御して作り上げていた。古代の民の性が思いやられた。


 感心してばかりもいられない。ここで活動するのも早いほうが良い。

 そう思い、イサは建物を探す。ここにあるであろう組合……ならず者達をまとめ上げる所謂冒険者の窓口をだ。


/


 組合は割合あっさりと見つかった。

 遺跡の建物をそのまま利用して、木で店らしい外観を整えている。あっさりと見つけられたのには、表の賑わいとは裏腹にこの建物の前だけ人が少ないためでもあった。

 ……別に珍しいことでもないな。冒険者といえば聞こえは良いが、大半が悪く言えば暴力のエキスパート達だ。真っ当な人間ならば遠くから見て、噂を聞いて囃し立てるのが丁度いい距離感なのだ。

 イサは改めてそう思い、建物に足を踏み入れた。


 元の石造りの扉は元から無かったのか、あるいは崩れ去ったのか。比較的新しい木材で造られた簡素な扉を押し開いた。


 一歩足を踏み入れた瞬間から感じるのは、同業者達の粘っこい品定めの目だ。それはどの国でも同じことだが、ほんの少しだけ違いがあるようにも感じられる。だが、イサにはそれが何なのか理解できない。



「おお……来たかね……予定よりも早いな。歓迎するよイサ君」



 困惑するイサを救ったのはここの顔役と思しき老人だった。元は同業者なのだろう。背丈は高く、眼には油断ならない光が灯っていた。だが、寄る年波には勝てないと見えて腰は折れ曲がり体を小さく見せている。



「少しでも早く、噂の魔都を見たかったので。ご迷惑でしたか?」

「ははは。ここには命知らずを歓迎しない者はおらんよ。まぁ競争相手は別としてだが……」

「競争相手?」

「そう。そこから説明するのが手っ取り早かろうな。この組合には通常のそれとは違い、依頼などは滅多に来ない。好きな時、好きなように赴き、好きなように暴れると良い。まさに冒険だな」

「なるほど……金を稼ぐにも好きなように。だからこその競争相手という言葉ですか。しかし、それでは組合はどうやって利益を?」

「案外に目ざといなイサ君。それとも俗っぽいと言うべきかな? ……君たちのような暴れ者……ああ、気を悪くしたならばすまない。まぁ君たちは打ち倒すのは得意でも、金目の目利きが効かない者が多い。幾らかの手数料でそれを代行したりしたものが私の懐に入るというわけさ」



 さて……と老人が一息置いた。

 質素だが頑丈そうな台の上に箱を取り出して開くと、中には浄銀で造られた仮面が幾つか入っていた。それぞれが動物を模している。



「奇異に思うかもしれないが、この街で“冒険”を行うのならば必須の道具なのだ。しかし見ての通りのミスリル製。中々に値が張る……ので、ここでは洗礼を受けてもらうことになる。既に地位を築いた君でも同じだ」

「洗礼? 宗教的な勧誘はお断りですよ。これでも家は地元の神官でして……まぁ勘当された身ではありますが」

「そういったものではないよ。通過儀礼としての洗礼ということだ。与えられた課題をこなせるかどうかを試す。言わば……最初で最期の私からの依頼と思えばいい」



 総浄銀製となればそれだけで庶民ならば数年は食っていけるだろう。だからイサは当然の質問を一応言うことにした。



「持ち逃げする者も出るのでは?」

「出るな。故に洗礼を終えるまではこの街からは出られん。腕利き達が門の近くをうろついて、もし君が逃げ出そうとするならば地の果てまで追う」

「それはそれで楽しそうですね」



 奇妙な感想に老人は片眉をあげた。そして問う。



「君はこの街に何を求める? 純粋な好奇心を満たすためか? 単純に金銭を求めているか?未だ未踏の地を踏みしめる名誉を欲するか? それとも……飽くなき血と戦いを求めているか?」

「全部です」

「……何?」

「全部欲しいです。金も名誉も女も戦も未知も。全て全て欲しい。一つしか張れない命で全てを購いたいのです」



 その傲岸な言葉に老人は思わずといった顔で吹き出す。全くこんな馬鹿は久しぶりだ!



「ははははは! 良いだろう! 普通はどの仮面を選ぶかは当人の意志で決まるが、君の場合はこれこそが相応しい!」



 差し出されるのは牙をむき出しにした銀の狼の面。それを手に取りイサは躊躇なく顔に嵌める。より遠くをみるための肉食獣の仮面。



「さぁ貪欲な狼よ。行け。洗礼は簡単だ。“ここからすぐ東の区画を見て戻れ”! それだけだ! 欲の成就を願っている!」



/


 壮大な街の門から一つ東の区画。巨大な門からはさして離れていないというのに、近付くに連れて人通りは少なくなり……その区画の入り口の前まで来ると人は全くいなくなる。


 遠巻きに好奇と嫌悪がない混じった囁きが刺さって、非常に鬱陶しい。気持ちが悪くとも目で追わずにはいられない害虫を見るような目で魔都の新しい住人たちがイサを見ている。



(宝物は好きだが、取りに行かせるのは下賤の者。そんなところか)



 恐らくは先へと進み無事にイサが帰れば……住人たちは笑みを浮かべて寄ってくるだろう。分前を欲して、決して手は触れないように。

 そんな未来図をありありと思い浮かべると、イサの内には恐れを上回る反骨心が腹中にふつふつと湧き上がってくる。

 


(見ていろ……貴様らでは見れぬ光景を見て、そして己の思うようにしてくれる!)



 賢明な傍観者を内心で切り捨てると、次いで未知への興味が再燃してイサの足を進ませた。

 ……都全体への入り口とは違い、簡素な門で区切られている。目線の方向を変えれば遠くに王城らしきものが見える……ということは入り口近いこの区画は平民区が貧民街といったところなのだろう。


 視線を戻して歩みを再開させて、さぁいざ……と門を潜ったイサに困惑が襲ってきた。


/



「なんですか……これは……」



 居並ぶ冷たい石造りの建造物に変わったところはない。だが異常なのは初見でも見て取れる。

 空気が違う。先程までは何も無かったというのにここでは、もやのように曖昧な視界となる。心なしか世界が黒紫になったような気さえした。


 魔都。その二文字が改めて浮かぶ。

 ここは既にこの世とは呼べない場所。冥府……いや、もっとおぞましい世界と繋がってしまったとでも言うのか?


 疑問と恐怖が喉の奥を乾かすが、好奇心がそれに勝った。イサは慎重に歩を進める。やはり、というべきだが住人の類はいない。

 門の横であり、洗礼で行く区画ということもあり家と思しき建物の扉は既に破られていた。それでも何か手がかりが無いかとイサは律儀に家屋に入っては、ホコリを払い除けながら遺物を探す。


 3軒目の家を成果無しで出たところで、イサは気付いた。先程までは全く感じられなかった生物の気配。数は……3。

 ……どういうことか、イサは油断なく大鉈に手を伸ばしながらじりじりと進んだ。気配は近い。それを自分がこの距離まで感じ取れなかった?

 ありえないことだった。イサは剣士としては熟練の域。第3位階浄銀に恥じない……いや、戦闘能力のみを見るならばさらに上の第2位階に近いのだ。例え暗殺者や盗賊の類が相手でも、存在を知覚するだけならばかなりの距離があろうとも可能だ。



「突然湧いて出た……というのは無しですよ?」



 直線の通りの先、曲がり角に差し掛かった時には気配の主と遭遇した。

 

 突然の襲撃を躱せたのはイサの実力の証明だろう。それほどに素早い。そして人間ではありえない低い位置からの跳ね上がり。


 襲撃者は犬だった。より正確に言えば犬のような何かだった。



魔猟犬(バーゲスト)? いや違う……」



 名高い魔犬は3つの眼を持つ黒い大犬だ。

 眼前の相手の目は4つ。それも四肢は硬質化した黒で覆われていて、どちらかと言えば虫を思わせた。

 何にせよ尋常の生物ではない。間違ってもただの野犬で無いことだけは確かだ。相手を舐めて奇をてらわずに正攻法で対処する。



「初見の相手にはまず……打で応じるべし」



 手に持った鉈は切れ味が悪く、刃物としてみれば落第だ。だがそれ故にメイスのような打撃性を同時に備えている。

 特に毛皮で覆われた敵には刃を立てるのが難しい。ならば奥の手である白包の中身よりも鉈の方がこの場においては適していた。


 飛びかかる奇怪な犬に対して、イサは自身も前に出る。互いの速度が加わり一瞬の接触となるが、その一瞬でイサは魔犬の足を掬っていた。

 掬うといっても鈍い鉄塊で行われたそれは、硬質の皮膚を超えて骨に衝撃を与える。確実に機動力は削いだ。それを三度繰り返して、イサは改めて魔犬と向き直った。



「おいおい……」



 野生の生物は危機に敏感だ。手負いとなれば冷静に退く……犬や狼のように賢い獣ならば尚更だ。だが、魔犬達は折れ曲がった足で立ち上がり戦意を漲らせている。

 余りにも奇妙だ。何者かに仕える騎士のような、あるいは家族のために戦う男のような……人だけが持つ効率を無視した決意に似ている。


 いずれにせよ、この魔犬達は最小の攻撃で効率よくとはいかないようだ。これまでの経験から探るまでもない最適解をひねり出す。

 即ち……頭と心臓を潰して、残る部位も念入りに叩く。これも獣ではできない人の戦い方だ。


 熱中する職人のように敵を文字通り叩き潰す。そんなイサの姿を興味深げに見守る目があった。



「泥臭いのに、なんだろ? 綺麗な剣……いいなぁアレ」



 屋根の上から、幼さを残した声が甘く囁いていた。

 

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