潜伏兵と通信鳩
「通信班の状況も知りたいわね……大丈夫なの?」
森に潜伏中の女は、迷彩柄のヘルメットを外して、飛んできた鳩を肩に乗せた。その足首から通信文を取り出す傍ら、以前から少し気にかかっていたことを呟く。
腰にある開閉式のバインダーには、これまで届いた通信文が順に留められている。大量にある白い紙の列の隣に、淡い桜色の紙も数点。新しく来た紙に丁寧に目を通すと、バインダーの白い列にそれを追加した。その後、反対側に並んでいる未使用の紙を取り出して、細いペンを構える。淡い緑色の紙に黒いインクが細かい文字を連ねていく。
「……ちゃんと寝てるのかしら。時間が足りなければ量より質よ? 1年分の気合をこの1分に込める! ていうくらいの勢いで積み上げて、そしたら後の空いた時間で、ちゃんと寝ないと……」
とは言え。女はため息ひとつ。
時間が足りなくなっている原因のひとつが自分だったら何とかしなければならない。自己評価としては返信文を書くのが遅い上に要点が分かりづらいのだ。説明文は苦手なのだが、せめて速度だけでも改善したい気がする。
少しうな垂れる女の肩で、鳩が小さく、くるっくーと鳴いた。
女には、鳩の様子も少し気がかりだ。鳩語は分からないが、時々「運ぶべき文が大量にあるのに優先度が」云々と板挟みになっているような気配が漂ってくる。エサは持ってないので仕方なく頭を撫でるにとどめた。
「……定期連絡、もっと頻度を落とすように進言したら、みんな楽になるかしら……?」
女は淡い桜色の紙を取り出して、まじまじと読んだ後、両手でそれを折りたたんだ。仰向ける顔。目を閉じて、閉じ合わせた手の人差し指を唇に触れさせる。
無理はさせたくない。内実を把握している人もそうだが、何も知らない人は尚更つらいだろう。「何のためか」ーー納得のいく目的観がないと、なかなか人は動きづらいものだ。
そうして、きっと、言いたくても言うに言えない人も、またつらかろう。だから、何かを知りたいと思っていても、思うだけで催促はしないのだが。
「……勝って終わらせる」
戦が早く終われば。なんて思う。でも結果は重要だ。何でも良いから終わってほしいなんて、そんな投げやりな気分にはならない。
「自分にとっても、良かった」と。少しでも多くの人に感じてもらえるような。そんなハッピーエンドが、勝利の中にあるものと信じている。
「もちろん、君のそばで」
女は桜色の紙を元の位置に戻すと、周辺の様子を書きつけた淡緑色の紙を小さく丸めて鳩の足首に留めた。