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厚着の王様〜異世界戦役異聞録〜  作者: 伏井出エル
伝説の始まり
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不穏の開始



──勇者side──


「かわいい!」


クレアとリリーは、王都水族館で烏賊の怪物・クラーケンを見て喜んでいた。

真人は烏賊の何が良いのかわからない


既に真人の手には沢山の荷物がぶら下がっていた。

王都で買ったマカロンやケーキ、それからドレス。

どうせ旅には持っていけないだろうが、本人達が楽しいならそれで良いのだろう。

物を買う事自体が楽しいのは、ヲタクの真人にも理解できる。


「さ、そろそろいきましょう!」


リリーの提案にクレアが乗り、喫茶店に場所を移した。


「ああ、楽しかった。 私孤児で、ツギ区のシャリテ寺院に引き取られていたから、こういうふうに遊んだ事がなくて……楽しいです」


喫茶店で注文したカフェオレをストローで吸いながらリリーが呟いた。


「そりゃ良かったよ。 私は王都に来たことがないからな。 新鮮だったな」


クレアも楽しそうなリリーを見て嬉しそうにしている。


「クレアは俺とお前が初めて会った場所出身なのか?」


「ああ。 マシロ区って名前だ。 そこにある武道場を代々継いできたワラフー家に生まれて、小さい頃から魔物と戦ってきた」


「すげぇな……」


二人の生い立ちは何とも重々しい物だった。

だが、それでも二人は明るい性格で、これからの旅も少し楽しみになってきた。


「あの、マサトさんはどちらから?」


「あー、コイツ記憶喪失なんだよね」


クレアがため息まじりに真人の事を突いた。


「勇者の癖にどこから来たのかもわからねぇからな……」


「そうなんですか……」


真人はそれに頷いて誤魔化すしかなかった。

とてもじゃないが、地球の日本から来ましたなんて言えない。


「えーと、旅の計画なんだけど、これが終わったら王宮で王と謁見して、そこから一度マシロ区に帰ろうと思う。 それでいい?」


クレアの提案は非常に合理的だった。

王都で買った物を整理して、改めて旅に出る形だ。

王から何か支給されれば、旅も楽になりそうだ。


「……まあ、取り敢えず今日は楽しむか!」


クレアは豪快な笑みを浮かべた。



──王side──


「カプチーナ皇国の皇帝・ナピアー=サイフォンです。 宜しく」


「リュミエール王国の王太子・シン=クラヌスです。 宜しく」


進はナピアーの差し出した握手に応じ、固く握りしめてから手を離した。

ナピアーは既に老齢で、その手には数々の苦労が皺となって浮き出ていた。


カプチーナ外務大臣にして、ナピアーの息子であるガベット=サイフォンが、ナピアーの着席を支えた。

立憲君主制の「君臨すれども統治せず」に基づき、ナピアーはこの会談を見守る役目にある。


つまり進がしなければならないのは、息子のガベットとの話し合いである。


「カプチーナ第50代外務大臣のガベット=サイフォンです。 宜しくお願いします」


「宜しく」


ガベットとも握手して、進もようやく席についた。


ここはカプチーナの大都市「ベイパー市」にある国営宿屋・サイフォンホテルのロビーだ。

ロビーに並べられた高そうな椅子の周りには、外務大臣フェルムと他の外交官達が待機している。


向こうのナピアーの座る椅子の横には、ガベットの兄であり、内閣総理大臣のオデット=サイフォンも控えている。


「本日お話したいと思っているのは、ついこの前起こった、魔族の『エチオ侵攻事件』についてです」


進はふぅ、と相手にわからぬ様息を漏らしてから、話し始めた。


「承知しております。 カプチーナも他人事とは行きません故」


「ええ。結果は辛うじての勝利。 我々の全力を持ってしても、死者一万、負傷者ニ万五千の大損害でした」


「たったの一晩で……」


ガベットの驚愕と共にリュミエール側の外交官達の顔が暗くなる。

あの壮絶な戦いで、リュミエール人もイルガチェフェ人も、家族や友人が死んだ者は多いだろう。


「魔族にはやはり霊剣無しでは効率良くダメージを与える事ができませんでした」


「聞くに、王国騎士団のアオフリティ団長様が大活躍したとか」


「はい。 イルガチェフェ側から譲られたもう一本の霊剣を振るい、魔族を退ける事ができました。 しかしもしそれがなかったとすれば」


ガベットもオデットも、真剣な眼差しでこちらを見つめている。

イルガチェフェが落とされていれば、魔族は魔界だけでなく、エデン大陸を支配してしまう。


となれば霊剣のうち二本が奴等の手に渡り、残りの一本を持つカプチーナは必然的に全世界を守る為に軍を送らなければならない。

しかし国土が狭く、慢性的な人手不足に悩んでいるカプチーナにそんな国力はない。


ただでさえエスプレアに恐怖しているのに、国を無防備にするのはカプチーナにとっても都合が悪い。



「そこで来月、リュミエール王国の王都で魔族対策の会議を行おうと思いまして。 カプチーナにはそこへの参加を願いたい」


それは、国家同士の対魔の連携を目的とした体制を作る為の会議である。


例えエスプレアが欠席しても、カプチーナさえ来れば大半の国家は参加せざるを得ないだろう。

なぜなら、カプチーナは高価な魔石に代わる市民のエネルギー源である聖水の、輸出世界一の原産国であるからだ。


拒否した国家には聖水の輸入がストップされる事は目に見えている。


リュミエールやエスプレアは聖水を自国で賄い、さらに輸出するほどあるが、その他の国は粒・江・幹のいずれかの国から買わざるを得ない。

エスプレアは融通してくれても、輸出第一位の幹から買えねば国力は落ちてしまうだろう。


カプチーナはエスプレアの南下を恐れている為、一刻も早いリュミエールとの同盟を渇望している。

それを利用して味方につけようと進は画策していた。


「勿論、参加させていただきます」


「それと」


ガベットは麦茶を一服すると、ついに自分から話し始めた。


「今後もまたいつエデン大陸に魔族が出現するかもわかりません。 我が国も貴国をお助けしたい。 ですので、軍事同盟を検討頂ければと思います」


「それはいいですね。 我々もエスプレアへの対抗策としてそれを考えておりまして」


ガベット達の顔が明るくなる。

だがこれだけでは済まされない。


「カプチーナは元々、エデン大陸で魔族の脅威に晒された民族なので、奴等の恐ろしさは良くわかってらっしゃると思っております。 そこで」


進はフェルムの目を一瞥し、その頷きを見てからガベットに向き直った。


「魔族に対抗する為、カプチーナの協力が不可欠です。 ので、同盟に関してより効果的に魔族と対抗する為、条件があります」


ガベットは固唾を呑んで進を見つめた。


「同盟の条件は三つ。 一つ目は勇者への優遇。 例えば、シャリテ教の教会を全国に設置したり、通貨をムッシェルにして決済を楽にしたり。 二つ目は貿易制裁への協力。 もしもエスプレアが南下したり、リュミエールへの挑発を行った際は、粒幹どちらも制裁をするということ。 そして三つ目は、リュミエール王国騎士団がイルガチェフェに駐留する事の確認です」


カプチーナはエスプレアに輸出制限をする事で、彼等の怒りを買う事に恐れていた。

しかし、そんな事では奴等の動きは止まらない。

条件として掲示する事で、カプチーナの逃げの一手をここで奪う。


「そんな! 我が国にも宗教や通貨があります。 エスプレアとの貿易でしか手に入らない物もある。 そんな事したらカプチーナ国内は混乱に巻き込まれてしまいます!」


ガベットは激昂しながら叫んだ。

当然だ。 教会設置には莫大な費用がかかる上、カプチーナ国民の大半はパラディ教の信者だ。

突然現れた異教に対し、国民はおそらく良く思わない。


「いえ、そうしましょう」


「兄上!?」


黙っていたオデットが、突如口を開いた。


「我々も既に通貨については限界を感じていました。 そこで金本位制で通過改革を執り行おうとしていたばかりでした。 そこでリュミエールの信用のある通貨を使用させていただけるなら、それは本望です」


「ですが」


進はオデットの滑らかな論調に警戒した。

案の定、逆説が入った。

これは何か来るぞ、と構える。


「リュミエールの兌換紙幣を使用するという事は、我が国の金銀をほぼ全てリュミエールが吸収する事になる。 それは少し不平等です。 ですから我々にも『ムッシェル』を刷る事のできる中央銀行の設営を承認していただきたい」


やはり見透かされていたか、と進は落胆した。


元々これは勇者の為と言うより、それを大義としたカプチーナの金銀を吸収する事だった。

それを使ってリュミエールの財政を建て直す事で、直接的な対魔戦争への準備とする為に。


見透かされている事はともかく、リュミエールという大国の圧力で、どうにかなるのではないかという考えの元でトラップを仕掛けたのだが、カプチーナがそれを踏み抜く事はなかった。


だが、カプチーナにもムッシェルを刷らせるとなると、ムッシェル自体の信用も落ちかねない。

カプチーナが無制限にムッシェルを刷り続けると、インフレがリュミエールにも波及しかねない。


「そうですね……ムッシェルを刷る事のできる中央銀行の設営は構わないのですが、その刷る枚数は、我が国の中央銀行が決定するというのはどうでしょう。 これなら貴国の金銀流出は防げます」


オデットは腕を組んで天井を見つめ、十数秒の間の後にこちらに視線を移した。


「なるほど……わかりました。 それでシャリテ教会の設置ですが、これについては検討の時間をいただきたい。 ただ、もし仮にする事になった場合はリュミエールの経済的支援は確約していただけるのでしょうか」


「勿論、お約束します」


まだリュミエールには余裕がある。

いや、正確には余裕なんて無いのだが、外交予算にはまだ余裕がある。

ギリギリと言ったところか。


オデットは頷いて、三つ目の条件について言及しはじめた。


「三つ目については、了解しています。 ただ、我々の領土問題についても確認いただきたい。 サカイ島は我々カプチーナの物ということを」


「ええ。 ではこちらにサインを頂きたい」


進は外交官を呼びつけて、持ってきた書類を掲示した。

そこには先程の三つの条件の内二つに、カプチーナの提案を盛りこんだ事柄が明記されている。


ナピアーが懐から国璽──国の表徴である印鑑──を取り出し、オデットに手渡す。

オデットは書類をよく読んで、その書類を机に置いてそれに万年筆でサインをしてから国璽を押し付けた。


「では同盟を締結致しましょう」


ガベットが持ってきた書類を進は読み、フェルムに手渡す。

フェルムもそれを読み、サインを書いて懐から取り出した国璽を押し付けた。

進はまだ国璽を管理する尚書と呼ばれる役職の人物とあった事がない為、外交権を手にしていなかった。

故にフェルムが代行で条約を締結した。


1424年、ベイパー協定及び粒幹軍事同盟締結。

アスレイはこの同盟を皮切りに、大きな変貌を余儀なくされる事になっていく。


そんな事を進は、知る由もなかった……。


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