不屈の約束
──王side──
「トルイの報告によりますと、勇者パーティの内の二人とトルイが突如出現した魔王と交戦、一人死亡、二人負傷に終わったようです」
ヴァイセは進が書斎で書物を漁っているところに訪れ、報告を済ませた。
「一人死亡!?」
進は報告を聞き流したが、すぐに言葉の意味を理解して大きな声を出した。
「いえ、その女は約束の指輪を装備していた為、現在シャリテの教会で蘇生中です」
「なるほどな、それにしても不思議だ。 勇者は死ななかったのか?」
魔王直々に戦場に現れたのだ。
勇者だってその場で殺せば不安要素は消えるのに。
「はい、トルイは『攻撃しなかったように見えた』と申しております」
「……どういう事だ?」
「はてさて」とヴァイセも匙を投げた。
不自然過ぎる。 どうにかして魔王の目的を明かさねば、何かまずいことが起こるだろう。
進はヴァイセに一番気になっていた事を尋ねた。
「各国の動向は?」
「まだ数日しか経っていない故、まだ暫定での話しかできませんが、エスプレアは特に動いていません。 カプチーナ皇国とドリポード共和国からイルガチェフェ公国と我が国への義援金の申し出、その他の国もイルガチェフェ公国へボランティア団体の派遣が申し出ているようです」
カプチーナはイデア大陸内エスプレアの南東に位置する島国。
ついこの百年で発展した新興列強と言ったところだ。
エスプレアが南下してくるのを非常に恐れており、かの国とは何度も領土問題で揉めている。
軍事力も、リュミエールやエスプレアには遠く及ばないものの、『東洋の番人』と呼ばれる程陸海ともに防衛戦に強い。
生産力もメキメキと伸ばしており、いずれリュミエールも無視できなくなるほど強くなるだろう。
ドリポードはエスプレア南東に位置するイデア大陸の半島にある国家だ。
世界初の民主主義を取り入れた国家で、政治については先進的ではあるが、その反動として徴兵制が廃止され、軍事力が衰退し続けている国家。
エスプレアの南東にある半島である為、侵略に晒されそうで、進的には今後の動向が気になる国家だ。
「なるほど、全て受け入れてくれ。 それとカプチーナには会談の申し入れを頼む」
「かしこまりました」
ヴァイセが部屋を出ていった後、進はカプチーナに関する書物を開いた。
対魔開戦論の第二段階は「粒幹維三国軍事同盟」だ。
これはエスプレア南東にあるカプチーナ、エスプレア南西にあるイルガチェフェ、エスプレア西にあるリュミエールでエスプレアを包囲する事で、エスプレアの攻撃的政策を未然に防ぐ働きをさせるという事が真の目的だ。
つまり、エスプレアから攻撃を受けない様にしながら協力して魔王対策を進める第一歩なのだ。
これなくして始まらないと、進は確信してカプチーナの歴史や情報を読み漁った。
「なるほどな……」
ペラペラという紙を捲る音が激しくかき鳴らされる。
ここに来てから速読を鍛える為になるだけ早く読む事を意識していて、その結果進は速読に慣れてきた。
カプチーナに対魔戦争への参加の口実があれば……。
進は激しくページを捲っていた手を止めた。
「カプチーナ国?」
カプチーナ国。 それはカプチーナが皇帝を据える前の国名だった。
そこに書かれていたのは、カプチーナの出来た経緯だった。
「『魔族の脅威から逃れる為にエデン大陸から移住してきた原住民』……!?」
しめた。 進はそう思った。
これならきっと計画は成功するだろう。
──勇者side──
「あ゛ァ゛あ゛あ゛ァ゛あ゛ァ゛あ゛あ゛あ゛ァ゛」
棺から出てきたクレアは、目を白黒させながら叫んだ。
声が枯れても叫んでのたうち回った。 よだれや汗も止めどなく垂らして、失禁までしている。
教会のシスター達が、五人がかりでクレアを抑え込むが、彼女は止まらなかった。
白装束のまま暴れ回る彼女の姿に、仲間達は目も当てられなかった。
真人の隣のリリーは、その様子をガラス越しの待機室で見ながら泣いていた。
ここはリュミエール王国・中央シャリテ教会の儀式室。
先の戦いで死亡してしまったクレアを蘇生する為、国からの戦死手当によって施術を頼んだ所だった。
真人はリリーの背中を擦りながら、早く彼女が落ち着く事を願った。
「どうしてあんなんに……」
「死から甦る為、一度離れた魂を無理矢理身体に入れ直すので、強い拒絶反応が起こるんです。 数時間で収まりますが、あまり繰り返すと廃人になってしまうと聞きました」
「そんな……」
「遥か昔の勇者様は、それが嫌で仲間達を生き返す事を止めたとも言われています。 まさか約束の指輪を嵌めてこれとは思いませんでした……」
「ア゛ア゛……ア゛ぁ゛ア゛あ゛あ゛ア゛」
彼女の発狂は終わらなかった。
暴れて周りの物を壊そうとし、泣いたり怒鳴ったりを繰り返した。
そうこうして、日が暮れる頃、彼女はいきなり疲れたように座りこんだ。
目には光がなく、本来美しいブロンド髪を乱れさせて、真っ青の唇でボソボソと何かを呟いている。
真人とリリーは駆け寄って、クレアを抱き締めた。
「ごめんね……ごめんね……怖かったね……辛かったね……」
リリーがぐしゃぐしゃになったブロンドの髪を優しく撫でる。
真人もクレアを抱きしめるリリーごと、力いっぱい抱き締めた。
「すまない……」
シスター達はそれを見て、神に祈りを捧げた。
今日、たまたま居合わせたシスター達はたとえ自分が傷つけられても、相手の幸せを願える慈愛に満ち溢れた者達だった。
その祈りが届いたのか、クレアの顔に血の気が戻り、リリーと真人の手を握り締めた。
「ごめん、マサト、リリー。 ただいま」
リリーと真人は顔を合わせた途端、涙を止める事が出来なくなってしまった。
「約束だ……もう絶対死ぬなよ」
「男だろ、泣くなよ」
クレアは真人の頭を撫で、リリーは背中を擦った。
それでも真人の涙は、夜まで止まることがなかった。
「あの……」
明くる日の朝、リリーは宿屋の部屋を出ようとする二人を呼び止めた。
「なんだ?」
「え?」
「あの、私達、戦場に送り込まれて、そこから何だかんだ仲良くなった感じですけど、お互いの事全然知らないじゃないですか」
「言われてみれば」
クレアはリリーの言葉に同意して頷いた。
真人も全くの同意である。
クレアの無事を喜んだが、言われてみれば、クレアの事は全然知らない。
かといって無関心でいられるほど他人な訳ではないのだが、言ってみれば他人と同じくらい彼女の事を何も知らない。
「今日は、皆で一緒にショッピングでもしながらお話しませんか?」
どうやらリリーは俗世に興味があるようだ。
今まで狭い世界で生きてきた故、王都の色々な施設に興味があるのだろう。
「お金は私の手当金があるからな。 あんなん大事に持ってたくないし、使っちゃおうか」
クレアはそう言って持ってきていた戦死手当金を袋から取り出した。
リリーは子供みたいに跳ねて喜んだ。
そんな光景が微笑ましくて、真人も微笑んでしまった。
「お、今お前、心から笑ってたな」
クレアが真人の顔をジロジロと見る。
距離が近く、クレアの整った顔立ちも相まって胸が高鳴る。
というのも真人は女子にこんな顔を近づけられて話しかけられた事がない。
いや、というより事務連絡以外ではそもそも話しかけられない。
「じゃ、行きましょー!」
「おー!」
クレアとリリーは、スキップしながら王都に消えていった。
真人はちょっと嬉しそうに、その後を追って走っていった。