表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
厚着の王様〜異世界戦役異聞録〜  作者: 伏井出エル
伝説の始まり
7/35

決死の作戦



──勇者side──


大空を羽ばたくドラゴンの背に乗せられた勇者一行は、地獄と化した地上を見下ろしていた。


魔法陣から繰り出される爆発があちこちで止まない。

沢山の魔王軍兵士や、前線を維持するリュミエール聖騎士団員達が凄まじい爆音と共に炎に飲み込まれていった。


前線には幾多も死体の山が出来上がっている。

魔族の力強い剣と、騎士の洗練された剣が交わり、そのどちらかが倒れていく。


そんな戦場を、日本で平和ボケした真人は初めて見た。

ろくに勉強もやらなかったせいで、こんな事が元の世界でも起こっていた事に興味もわかなかった。


日本でどれだけの人がこうならないように苦労しているのか、真人は推し量れなかった。


「直にだ、捕まれ! 行くぞマイケル!」


召喚士はマイケルと名付けられたドラゴンの背中に触れ、呪文を唱えた。

するとドラゴンは咆哮を上げながら、大きな火球を吐き出した。


火球は城の壁にぶつかり、爆発と粉塵の二つと共に大穴を開けた。

ドラゴンはそこから城に突入した。

凄まじい衝撃に耐えた真人達は、ドラゴンから飛び降りた。


どうやらドラゴンの攻撃は当りだったらしく、その辺に魔族だったであろう、焼き焦げた肉片が散らばっていた。


「急ぐんだ、連絡によると彼らはこの階の一個上だ」


真人達は走り出すトルイに続いた。




──イルガチェフェ軍side──


「クッソ……二階級特進か……悪くねぇ人生だった」

レイリーは苦しそうに血垂る胸を抑えながら、嘲笑気味に呟いた。


「諦めんなよレイリー! 引退して退職金貰わんで死ぬのかお前!」


一人で無数の魔族を斬り伏せながらレイリーを叱咤するクルトも、疲労に襲われていた。


「今だ! かかれ!」


そして遂に、突然の目眩に襲われよろけたところ、腕を魔族に噛みつかれてしまった。


「ぐわぁ!」


容赦な顎の力から加えられる激痛に耐えかね、剣を持っていた手を離して抑える。

すると今度はその手を他の魔族に掴まれてしまった。


「クルトォォォ!」


レイリーの叫びが廊下中に木霊する。

だが魔族はその勢いを止めない。


「すまない、レイリー、先行ってる」


クルトが諦めかけたその時、クルトに噛み付いていた魔族の頭の上半分が吹き飛んだ。


顎の力は緩み、魔族だった物体はその場に倒れ込んだ。

クルトの腕を掴んでいた魔族は慌ててその手を離し、剣を構えた。


「何者だ!」


そう脅えるように言った魔族が、答えが背後から聞こえたのに気付く事はなかった。

クルトは彼の姿を見ようとしたが、月光を背に受け、逆光で影となりシルエットしか見えなかった。


彼は倒れた魔族の横を通り過ぎ、ゆっくりとその姿を現した。


「リュミエール王国騎士団・団長のトルイ=アオフリティだ」


階段から湧き出る魔物を、クレアと真人が押さえ込む。

その間にリリーは回復魔法・クピアの呪文を唱え、レイリーの傷を直した。


「すみません、まだ経験不足でこれしか使えなくて」


「いや、十分だ、助かったよ」


レイリーはリリーに肩を借りながら立ち上がった。


──勇者side──


「ひぇぇぇぇえええ」


「情けないなぁ……。 そんなに強くない、数だけ多いんだから真面目に戦えよ! 紅蓮拳!」


クレアの右拳に炎が灯る。

クレアは一気に魔族と間合いを詰め、燃え盛る正拳突きを叩き込む。


魔族は炎上しながら吹き飛んで、壁に叩きつけられて灰となり跡形もなく崩れ落ちた。


「すっげぇ、何だ今の」


「魔法必殺だ、マサトもいずれできる」


「よし、俺だって!」


真人は立ち上がり、剣を構えて力いっぱい振るった。

すると身体が勝手に動き、流れる様な動きで魔族の大きな爪を受け止め、懐を滑るように切り裂いた。


「なん……だと……」


魔族はさっきまで怯えていた真人の巧みな動きに驚愕しながら、力無く倒れた。

同様に、クレアも唖然としながら真人を見た。


「これなら……行ける!」


真人は調子付いて剣を振るいだした。

その剣さばきは、まるで初めて剣を握ったとは思えない程の鮮やかさだった。


盾で魔族の振るう剣を受け流し、腕を斬り落とす。

急な事に戸惑ったその魔族を蹴り飛ばし、切りかかってきた別の魔族に騎士の剣を突き刺す。


返り血が手を染める。

引き抜いた剣で蹴り飛ばした魔族の首を跳ね、その勢いのまま回転斬りで周りの魔族の胴体を切り飛ばす。


「さすが勇者だな」


トルイが援護しようとしたその時、強烈な地響きと共に床に大穴が空いた。


その場の瓦礫や死体と共に落ちる三人。

その時、起き上がった彼等は目にした。

魔界を統べる王の姿を。


「何で……魔王が……」


煙でよく見えないが、そのシルエットはまさに魔王の物だった。


「フハハハ……ヨク キヅイタ ナ、ユウシャ ヨ。 ヤハリ ワレワレ ハ タタカウ ウンメイ ナノダ ナ」


禍々しい気を放つ大きな影は、邪悪な笑いを漏らしながら、こちらにジリジリと近寄った。


「戦うしかないのか……」


真人は騎士の剣、トルイはイノセンスをそれぞれ握り直した。


「行くぞ魔王!」


走り出した真人が振るった剣は、魔王にかすりもしなかった。


魔王に実態がないのか、或いは目にも止まらぬスピードで避けられたのか。

それはトルイですらわからなかった。


「こうなったら! 爆裂旋風脚!」


足に魔力の炎を着火したクレアが、一足飛びで魔王に近づき、渾身の回し蹴りを繰り出す。


だが魔王が手を向けると、そこに出来た障壁がクレアは吹き飛ばした。

壁に突っ込んだクレアは気を失った。


「聖なる力よ我の下に!……ホーリースラッシュ! なにっ!」


トルイがイノセンスに光を集中させていると、訳のわからぬまま彼は宙に打ち上げられた。


「ソノ ミ ヲ モッテ キョウフ ヲ アジワエ」


トルイの眼前には魔王の手に握られた闇のエネルギーがあった。


「トルイさん!」


真人が叫んだ時には闇のエネルギーは天井を木っ端微塵にしていた。

絶望に打ちひしがれていると、魔王の苦しむ声が聞こえてきた。


「ホウ……ニンゲン ニモ テダレ ガ イタカ……。 マダマダ チカラ ヲ タクワエタ ホウガ ヨイ カ」


一瞥すると魔王の腹に光の漏れる傷が見えた。

真人と魔王の間に、トルイが着地しイノセンスを構える。

魔王はそれを見て、指を鳴らして作り出した魔法陣の中に消えていった。


「くっ」

トルイは膝を付きながら脚を抑えた。

どうやら無理な動きで負傷してしまったようだ。


「……大丈夫ですか?」


「ああ、私の部下たちが命を懸けて戦ってるのに、捻ったぐらいで音を上げてはられんよ」


トルイは歯を食いしばった。

その時、天井の大穴からリリーの声が聞こえてきた。


「マサトさーん! トルイさーん! クレアちゃーん! もうこの城は保たないよ! 早く脱出しないと埋まっちゃう!」


「わかった! 今出る!」


真人はそう応えて壁の瓦礫に嵌ったクレアを引っ張り出しておぶって階段を駆け上がった。

背中に背負ったクレアは冷たくなっていた。


指輪をはめておいてよかった。

幸いな事に遺体はほぼ損傷していない。

すぐリュミエールに戻れば蘇生できるだろう。


「出るぞ!」


飛行船から伸ばされた橋を切り落とし、出発すると同時に城は音を立てて崩れ落ち始めた。


結局、前線に戻った霊剣二刀流のトルイの大活躍により、魔王軍は撤退を余儀なくされた。


魔族リュミエール共に大損害を出しながら、双方は共に何も得る事が出来なかった。


飛行船の中で真人は、死体の山を思い出しては吐いていた。

馬車で見た、爆発魔法でバラバラになった遺体が目に焼き付いて頭から離れない。


それは船酔いのような面も、確かにあったかもしれない。

だが、真人の目には焼き付いていたのだ。 地獄というものが。

戦いの高揚感で抑え込んでいた恐怖心がジワジワと真人を蝕んでいく。


手の震えが止まらない。

これが戦争なのか。 その残酷さを知って真人は恐ろしくなった。

と同時に、その時真人は決意した。

戦いを終わらせられる力を持ったのは俺だけ。

だから俺が魔王を倒し、世界を平和にするのだと。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ