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厚着の王様〜異世界戦役異聞録〜  作者: 伏井出エル
伝説の始まり
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沈黙の聖職者

第4話 沈黙の聖職者


「ここらで休むとしよう」


軍事拠点の病院を制圧し、そこに魔術師団を置いて前線を上げさせたクラヌス王は、誰もいなくなった近くの民家へ勝手に上がり込み、窓から暗くなった夜空を見上げ、指示した。


「畏まりました」


近衛兵や執事達が忙しく狭い民家の中を動き回る。


「トルイ、こっちに来なさい」


クラヌス王の声を聞いたトルイは、クラヌス王に近づいて跪いた。


「お呼びでしょうか、陛下」


「トルイ、もうすぐエチオが陥落する。 陥落が完了したら、君は聖騎士団に戻りなさい」


それは事実上の解雇だった。 納得のいかないトルイは思わず立ち上がってしまう。


「なぜ!?」


「落ち着け。 これはカルマ大神官からの熱烈なオファーあってだ。 彼は君を必要としている。 私もそろそろ君は過去と向き合うべきだと思っている」


トルイは俯き、唇を噛み締めた。


「もう、聖騎士には戻らないと決めたんです。 貴方に拾われ、王国騎士として生きていくと決めたんです」


「君が待っても、もうオルテンシア君は戻らない。 それに君だって、もうじき聖騎士団の仕事が増えるのはわかっているだろう。 もう戦争の時代じゃない。 人類が生存を賭けて魔族と戦わなければならない聖戦の時代なんだ」


「ですが」


トルイの振り向いた瞬間だった。

民家の屋根を突き破り大口を開けた青い怪物が、クラヌスの上に覆い被さった。


「陛下!」


突如として火花を上げて燃え盛る民家。

揺らめく炎で視界は阻まれたが、その怪物の上には、人影があった。


「陛下ァァ!!!」


トルイの叫びも虚しく、怪物はガムを噛むように顎を動かし、後に怪物の喉元が膨らんだ。

怪物はゆっくりと頭を民家の屋根から引き抜き、そのまま黒雲の狭間へ羽ばたいていった。



「……そして私は、陛下を護れなかった責任を取るため、短剣で腹を裂きました。 すぐ発見されて、魔法で治療されてしまいましたが」


「なるほど、魔族の仕業ですね」


ヴァイセは険しい顔つきで考え込んでいた。


「……つまり、これは魔族の奇襲攻撃及び実質的な宣戦布告と。 ですが我々は奴等と聖戦を行える準備はできていません。 物資も人も足りません」


「勇者を派遣しよう。 勇者の調査は済んだか?」


「いえ、まだ名前すらわかりません」


「そこからだ。 今使える人材はエスプレアとの開戦への材料となる。 魔族へ宣戦布告し、聖騎士団と戦わせる。 そしてエスプレアは確実にそこへの横槍を入れてくる。 それまでに各国と同盟を結べば、こちら側が正義となる。 閥族討伐は向こうの志気低下にも繋がる。 何とかこの作戦でいけないか?」


「なるほど、わかりました。 大神官様と相談して参ります。 勇者については招集いたします。」


「頼んだ。 後イルガチェフェに新政権は樹立したか?」


「はい、内閣中心の軍国主義国家のイルガチェフェ帝国から、王族中心のイルガチェフェ公国に」


「イルガチェフェ公国の人間と会食の用意を頼む」


「畏まりました、シン様」


「トルイ、事情はわかった。 今日はゆっくり休め」


「有り難きお言葉」


トルイが会釈するのを見届け、進もヴァイセも救護室を後にした。


「帰ったようだな」


進と入れ違いで入室してきたのは、白い袴に冠を被った背の高い白髪の男だった。


「カルマ大神官……」


大神官と呼ばれる男は、トルイを治療していた簡素なベッドの近くまで歩み寄り、その近くの椅子に腰掛けた。


「キリの件、本当に残念だった。 だが君は悪くない。 悪いのは魔族だよ」


クラヌス王と旧友であるカルマはやりきれない表情ながらもトルイを労った。


「すみません。 力不足を実感しました」


カルマはわざわざ一度立ち上がり、トルイの肩を叩く。


「気に病む必要はないさ。 君は気にしすぎなのだ。 周りの人は君の思っているほど君を責めてはいないのだよ」


「そんな…」


「君はオルテンシアの事、覚えているようだね」


カルマも、トルイが何故聖騎士団に戻らないのかを理解していた。 カルマ自身、オルテンシアを失脚させてしまったのを恥じていた。 知らぬ間に自らが撒いた種が、気付かぬ内に発芽し、それらは自分の大切にしていた花の養分を吸い上げ枯れさせてしまった。

聖騎士団団長の証である「断罪聖剣イノセンス」を勝手にトルイに継承させてしまった革新派一味を根こそぎ破門にしたが、それでもオルテンシアが帰ってくる事はなかった。


「オルテンシアは君を恨んではいない。 君の力を聖騎士団は必要としている。 イノセンスの力無しに魔族との闘いは行えないのだ」


「イノセンスが一般人でも魔王へ有力なダメージを与えられる代物だという事は承知しています。 ですがこれを継承させる気はありません。 またあの様な事を起こさない為に」


「だから聖騎士団に戻ってきてほしいのだ」


「それは……!」


トルイは口ごもりながら辛そうにカルマを見つめた。

未だオルテンシアへの罪悪感が、聖騎士団への復帰を阻んでいる。

背負わされた十字架の重みに、耐えられず抜けた聖騎士団に戻るとなると、やはり気が進まなかった。


「すみません……今日はゆっくり休みたいので、またの日にしていただけませんか」


トルイが唇を噛み締め、俯いたまま呟くと、カルマは「お疲れのところすまなかった」とだけ言い残して椅子から立ち上がった。

その背中は老齢ながら、未だ威厳を保っていた。




「ごめんくださーい」


クレアが寺院の大きな門を前に、大きな声で叫んだ。

すると寺院内が少しざわついてから、リリーが寺院の玄関の戸を開けて降りてきた。


「ようこそおいでくださいました。 私は旅の準備を既に終わらせましたので、大神官様にご挨拶だけ済ませます。 お二方もおいでになりませんか?」


真人が頷くと、リリーは上がるよう催促した。

戸を開け、奥の祭壇まで歩くと、そこにはシャリテ教の教祖であるカルマ大神官が振り返りこちらを優しい眼差しで見つめた。


「よく来た。 君達が勇者一行か」


「お初にお目にかかります。 クレア・ワラフー、ハジマリ市出身です。 コイツはカーノ・マサト。 精霊に選ばれし者です」


「よ、よろしくお願いします」


リリーの見守る中、玉座から立ち上がったカルマは真人を眺め、「なるほど」と呟いた。


「お主、異世界から来たのだな」


「!?」


カルマの発言に真人は驚愕の色を隠すことができなかった。

それもそのはずである。

彼は過去を見通す能力で、リュミエールの裁判権を行使してきた男なのだから。


「今、とある理由で私の指揮する聖騎士団は、魔王への切札を失っている。 君達を支援する事はできぬが、ゼルスの洗礼を受けた彼女なら君達の役に立てるはずだ。 ご武運を願うよ。 そして力不足ですまない」


「いえ、ありがとうございます、頑張ります」


クレアは真人の頭を掴んで共に一礼した。


「ところで、王宮には行ったかね?」


「いや、まだです」


真人が反射的に言葉を発した。


「ふむ……ならば行ってみるといい。 多少の支援はしてもらえるはずだ」


「ありがとうございます」


クレアはそう言って祭壇から、去り際の一礼を忘れずに去った。

真人もそれを追い、最後にリリーが今までお世話になりました、と長い長いお辞儀をした後、祭壇部屋の重い漆塗りの戸は閉じられた。


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